未来は判らない
新章開始です。
「ノゾム君、平気?」
獣人たちの住む島から大陸へと戻る途中の船旅の中、ボーッと海を眺めていた僕を心配してか、サキが声をかけてきた。
「僕の方は問題ないよ。それよりも、リンやルーの方が心配だよ」
「…妹が生きていたと思ったら、魔人になっていた。一方、自分を道具のようにしか見ていなかったとはいえ、父親が自分の知らないうちに死んでいた、か」
あの後、フリーシアさんの話が終わったあとに、リンは僕たちだけに、妹を含めた一族のことを話してくれた。
「リンやルーも心配なんだけど、僕は国王の死因も気になるんだよね」
なにせ後釜として国王になったのが、あの吉田なんだからな。あいつの事だから前国王を殺害したとしても不思議じゃない。
王国内部にいる魔人の存在といい、吉田の国王といい、これは吉田が魔人の駒になったとみて問題ないかな?
あの時の、改心するかもと言う思いと、同郷の者に対する僅かな慈悲が、ルージュの父親を死なせる一端となり、今回の戦争へと繋がったんだとすれば、僕にも責任はある。
「…ノゾム君が何を考えているか当てようか?」
「ん?」
サキがいきなりそんな事を口にする。いきなりの事で碌な反応を出来ない僕を気にせず、彼女は言葉を続ける。
「あの勇者たちを、あの場で見逃したのが今回の件に繋がった。だから、もしかしたら、ルーの父親は僕が殺したようなものだ。ってところかな?」
「………………」
100%とまではいかないが、考えていた事の90%ほどを言い当てられた僕は目を見開き、口を半開きにした状態のまま、サキを見つめる。
「確かに、命を奪わなかった事に関して言えば、甘いと言える。けど、それがノゾム君の優しさだとあたしは思うよ?」
「…………」
「それに、ただ見逃すんじゃなく、ちゃんと罰も与えていた。なら、その後の彼らの行動にノゾム君が責任を感じる必要はないよ」
「けど!」
僕が反論しようと開けた口に、サキの人差し指が押し当てられる。
「ノゾム君は優しさから、それでも責任を感じちゃうんだよね?」
「……」
諭すような優しいサキの口調に僕は無言で頷くしか出来ながった。
「だからさ、ルー本人に訊いてみたら?」
「…訊いたからって、本心で話してくれるとは、限らないじゃんか」
ちょっと拗ねたような受け答えをしてしまう。そんな僕を見て、サキはクスクスと小さく笑いながら、自分の首に付いている物を見せつけてくる。
「あたしたちは、ノゾム君の奴隷だよ? ご主人様の命令には逆らえないんだよ?」
「あっ…」
サキに言われてその事を思い出す。普段から奴隷扱いなんてしないから、ついつい忘れがちなんだよね。
「……………」
そんな事を考えていると、サキがジーッと見つめている事に気が付く。サキの目は何かを訴えているように見えてならない。
「…いや、命令なんか使わなくても、ルーが本心を話してくれると信じるよ」
「うん♪」
僕の答えにサキが笑顔になる。どうやら、今の言葉がサキの望む答えだったらしい。
甲板でサキと別れた僕は、ルージュの部屋の前にやってきた。
ここに来た理由は、ルージュと話し合う為だ。
コン、コン、コン。
ドアをノックする。
「…どちら様でしょうか?」
「ノゾムだけど、少しいいかな?」
「はい。お入り下さい」
さほど間も置かずに部屋の主から反応があった。
僕が名乗ると、ルージュはドアを開け中に招き入れてくれた。
船の中にある客室は全て、ベッドと小さいテーブル、そして椅子が2つあるだけの質素な造りとなっている。
僕は椅子に座り、ルージュはベッドへと腰を下ろした。
「ノゾム様の話は、お父様の事についてですよね?」
「うん」
僕が話し始める前に、ルージュは僕が部屋を訪ねた理由を言い当てた。
まぁこのタイミングじゃ、それしかないのは誰でも分かるか。
「お父様が亡くなったのは、ノゾム様のせいではありません。どうか気になさらないで下さい」
「っ!!?」
ズバリと心の内を言い当てられ、息を飲むことしか出来ない。
「やっぱりですか。ノゾム様? 私の予想だったのですが、お父様はそう遠くない未来に、亡くなっていたと思うのです。それは、私がノゾム様たちをこの世界に召喚するしない関わらず」
「…理由を、訊いてもいいかな?」
「ここ数年のお父様は、民を省みない政治をしていました。それは年々酷くなる一方でした。あのままであれば、遅かれ早かれ反乱と言う形でお父様は討たれていたでしょう」
1年前、この世界に来た時の城下町の様子におかしい所は無いように見えていた。が、水面下ではそうではなかったようだ。
「だけど」
それでも、ルージュの言っている事は、『たられば《if》』の話であって、今とは関係ない。
そう、伝えようと口を開くも、それもルージュの言葉にかき消される。
「それに、ノゾム様が勇者様たちを見逃した事がお父様を死なせた原因と言い張るのなら、その責は私にもあります」
「何でルージュにも責任があるのさ! ルージュはあの場にはいなかったじゃないか!」
ルージュの言っている事が理解できない。
南の森で吉田たちと戦ったのは僕だ。その頃、王国にいたルージュに責任があるはずがない。もしかして、止められなかったからとか言い出すつもりか?
ルージュの言葉の意味を考えるも答えは出ない。
彼女は、僕の癇癪に近い言葉に対し、少し寂しげな表情でその答えを言葉にしてくれた。
「だって、ノゾム様たちをこの世界に呼び寄せたのは私なんですよ?」
「っ!」
ルージュの言葉は、後頭部を思いっきり殴られたような衝撃を僕に与えた。
そうだ。僕があの時の行動をしたからと、言えば言うだけ、後悔すればするだけ、ルージュを責める事に繋がる。なのに、僕は自分の罪悪感から逃れたいと言う理由だけで自分を責めた。それがルージュを苦しめる事だと気づかないで。
「…ごめん。僕は甘えていたみたいだ」
「いいんです。ただ怖がらないで下さい」
「何を?」
「選択する事をです」
「選択?」
「未来の事なんて、誰にも分からないんです。今の選択を、未来で後悔するかもしれません。だけど、その選択をしたからこそ得たモノもあるはずなんです。そこから目を背けて、後悔しかしなければ、いつか選ぶ事すら出来なくなってしまいます」
「…………」
「だから、お願いです。反省や後悔しても構いませんが、過去に捕らわれ続けないで下さい。ちゃんと前を向いて歩き続けて下さい」
フェルたち使用人組を除けば、僕たちの中では一番年下であるはずのルージュがとても大人びて見えてしまい、何も言葉が出てこない。
「…ルーが、僕より年上のように思えたよ」
「こう見えても、元王族ですよ? そこら辺の一般人よりは、濃い人生を送ってきましたので」
何とか絞り出した言葉を訊いたルージュは、クスクスと笑いながら答える。
なんとなく軽くなった場の空気を真面目な方向に戻し、これからの事をルージュに訊いておく。
「大陸に戻ったら、二手に分かれる予定だ。僕は王国へ向かう。同郷の人間として、アイツらに会わないと。ルーはどうする?」
「もう一組はどうするんですか?」
「今のところは帝国へ行ってもらう予定になるのかな? 停戦を呼びかける為の自由都市の使者として。詳しくは、セイドリックさん次第だろうけどね」
「…もう少し、考えさせてもらえませんか?」
ルージュの答えは保留だった。
「分かった」
これ以上はここにいてもルージュの邪魔になりそうなので、僕は席を立ち部屋の外へと向かう。
「あっ。ルーの言葉通り、前を向いて歩き続けるよ。それと、ありがとう」
ドアを開け、体を半分ほど部屋の外に出したところで立ち止まり、振り返りもせずルージュにお礼を告げる。
振り向かないのは、面と向かってお礼を言うのが恥ずかしいからだ。
「いえ。ノゾム様のお力になれたようで、良かったです」
振り向かない僕に対し、ルージュはその背中に優しい口調で言葉を返してきた。
なんとなくなんだけど、僕が振り向かない理由もバレていそうな気がする。
僕はそれ以上、口を開く事なく足早にこの場を後にした。
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