終盤~劣勢~
―ノゾム―
目の前にいる魔人から初めて対峙した時以上のプレッシャーを浴びて汗が頬を伝う。
何か、オーラみたいなのが視認るんだけど、あれが闘気スキルなのか? 普通に考えれば、身体強化系のスキルだと思うんだけど…。
「頭はよく回るようだけど、実力の方はどうかしら?」
彼女は、そう問いかけてくると同時に駆け出す。
「くっ!」
「遅い!」
「がはっ!!」
彼女が僕の懐に潜り込んできたので、僕は防御の為に腕をクロスさせるけど、彼女はそこからさらに僕の背後へと回り込む。そして、挨拶代わりと言わんばかりの一撃が僕の背中に叩き込まれる。
強力ではあるものの、どこか本気ではない一撃を無防備な背中にくらった僕は、10mほと吹き飛ばされ、地面を転がる。追撃は無い事から、彼女が手を抜いていることは嫌でも分かる。
ぐぅっ。回り込まれた事に、反応出来なかった…。あれは縮地か? 只でさえ、目で追うのもやっとの速度なのに、瞬間的とは言え、知覚出来なくなるのは厄介だな。
対策としては、足を止めない事。あとはこちらから攻め続ける事ぐらいか? あぁもう! ステータスで自分以上の相手と戦う経験が少なすぎて、碌な対策も立てれやしない。
「…どうやら頭だけじゃなく、実力もかなりあるようね? 並のヒト族なら私の拳が体を貫いていたはずよ? あなた、SSSランクの冒険者ね?」
今後どのように立ち回るか思案している僕に対し、自分の拳と僕を交互に見て不思議そうにしていた彼女は、確信を持って僕に問いかける。
いや~、ステータス的にはそれぐらいあるけど、まだSSランクなんですよねぇ。正直に教えてはあげないけど。
ようやく立ち上がった僕は、彼女の質問を無視し、今度はこちらから仕掛ける為に彼女へと弾丸のように飛び出す。
アイテムボックスから取り出した剣を右手で持つけど、構えることなくだらんとした状態のままで接近を試みる。剣を構えないのは、下手に構えることで、こちらの次手に対する情報を相手に与える事になるのを防ぐためでもある。
「答える余裕もないのかしら? ずいぶん必死ね? …いいわ。アナタの気が済むまで踊ってあ げ る♪」
返答がないのを余裕がないと勝手に解釈した彼女は愉快に嗤う。それは、先ほどまで言いように踊らされていたストレスの解消先を見つけたかのように。
自分に向かって剣を携え一直線に突っ込んでくる僕に対し、彼女がとった行動は、自身の手の爪を伸ばす事だった。
そんな爪、まとめて斬ってやる!!
1m程まで伸びた爪を確実に斬る為、僕は炎の魔法剣を使い、威力を底上げした横薙を彼女へと叩き込む。
ガキン!!
「なっ!?」
炎を纏った横薙の一撃は、僕の想像していた未来とは全く違う結果に終わった。
僕自身、この一撃で彼女を仕留められるとは、これっぽっちも思っていなかった。だけど、彼女の爪ぐらいは斬れる、もしくは爪の破壊を嫌い、避けるものだと思っていた。
しかし、彼女は爪で僕の一撃を受けきった。受け流したとかではなく、正面からしっかりと受け止められた。
爪は剣の一撃を受けても傷一つ付いた様子もない。つまり、彼女の爪は僕の剣並の硬度があることになる。
…この剣、ドラゴンの牙で出来てるんだけどなぁ。
「あはっ♪ こんな美人に何の躊躇いもないこの一撃。しかも、炎の魔法剣まで。私が火傷したらどうするのよ?」
僕の攻撃を受けてなお、この言葉。最初から受けきれて当然と思っていたな?
「…確かに、絶世の美人である事は認めるけど、内から出ているプレッシャーのせいで、手加減なんてとてもじゃないけど、出来ないよ」
爪に傷一つ付けれなかった悔しさを表に出さず、彼女の軽口に付き合う。
「言ってくれるじゃない? 私を求める男は、はいて捨てるほどいるのに」
「そいつらは、あんたの外面に釣られただけじゃないんですかね?」
彼女と会話をしながら剣に力を込めるもビクともしない。
おかしい? 筋力値は僕の方が高いはずなのに、何故押し切れない? まさか、これが闘気のスキル効果なのか?
「私の爪に傷を付けられないのが、そんなに不思議かしら?」
「………」
今考えていたのは別のことだけど、確かにそれも気になっている。爪術スキルにそんな効果があるとは思えないし…。
そんな事を考えていた為に黙っていたのを図星だと勘違いした彼女が、機嫌が良さそうに教えてくれた。
「特別に教えてあげる♪ 剣にも負けない強度の秘密は、私の色欲の効果よ」
っ!! そうか。色欲スキルの能力、身体改造の力で爪を強化したのか。そうなると、急に爪が伸びたのもこの能力のおかげなのかな?
「随分と使い勝手の良さそうなスキルですね? てっきり、異性を誑かすだけのスキルかと思ってました…よっ!!」
斬れる気配のない爪を相手にしていてもしょうがないので、攻撃を再開する。
「それって、帝国兵や獣人の事かしら? あれは、人手が必要だったから誘惑しただけよ?」
上段からの振り下ろし、下段からの逆袈裟、横薙、刺突…。流れを断ち切る事なく、次々に繰り出す斬撃を涼しい顔をしながら捌く彼女に、内心で舌打ちをする。
僕の攻撃を捌きながら話す彼女曰く、色欲スキルで誘惑した生物は、一生彼女の虜から抜け出せないらしい。なので、その後の面倒を見るのが手間なので、普段はスキルの力を使っての誘惑はしないそうだ。
「…ねぇ? 私、そろそろ飽きてきたから、終わりにしていいかしら?」
数分? 数十分? もしかしたら、数十秒? 必死に攻め続けたせいで、時間感覚が狂ったと自覚し始めたあたりで、彼女は落胆した表情で僕に問いかけてきた。
ゾクッ!!
次の瞬間、ヤバいと直感が警鐘を最大音量で鳴り響かせる。
脳内の警鐘が間違いでないと証明するかのように、ほんの僅かな連撃の隙間を縫って、彼女の爪が僕の心臓へと吸い込まれるように伸びてくる。
身体硬化! いや、それだけじゃ貫かれる? 龍の鱗も発動させるか? …多分、鱗ごと貫かれるような気がする。
体も反応出来ないタイミングだから避けるのも無理。このままじゃ、心臓を一突きでゲームオーバー。そんな未来を回避するには…
「『龍の逆鱗』!!」
彼女が描いたシナリオから抜け出すために、切り札を発動させ、引き上げた身体能力をもってして、無理矢理体を動かす。
「ぐっ!?」
必死の回避の結果は、僕の脇を抉り取ると言うものだった。だけど何とか死神の鎌から逃れる事には成功した。
「へぇ? だけど、まぐれは続かないわよ?」
紙一重の回避を偶然と切って捨てた彼女は、再度僕の命を刈り取る為の爪が振るわれる。
しかし、龍の逆鱗によって引き上げられた身体能力のおかげで、今度は余裕をもって避けれる。それどころか、反撃まで出来る。
「嘘!?」
僕が反撃してきた事に驚きの声をあげる彼女。その声に意識を向ける事無く僕は体を動かす。
ここを逃したら二度と彼女を倒すチャンスはない。
切り札のよる急な身体能力の上昇に驚くあまり隙が生まれる。その隙を最後のチャンスだと思い、僕は怒涛の勢いで攻める。
途切れる事無く繰り出し続ける剣撃。要所で相手の意表を突く蹴りや拳による体術。並列思考を駆使しての魔法。持ってるカード全てを使い、押し切ろうとする。
彼女の方も、僕の急激なパワーアップに動揺したせいで動きに精彩がなく、徐々に傷を増やしていく。
このままならいける。
「くっ! い、いい加減にしろ!!!!」
「ぐはっ!?」
僕の蹴りを避けもせずに一度受け、受けた反動を利用した彼女の回し蹴りによって、吹き飛ばされてしまう。
一瞬にも満たない勝てると思ってしまった思考。そこから生まれてしまった隙なのか、はたまた彼女の意地なのか。原因は分からない。はっきりしているのは、反撃を許してしまった事。つまり…
「雑魚が、あまり調子に乗ってんじゃないわよ!!」
絶世の美女とは思えない形相で僕を睨みつけてくる彼女。そして、そんな彼女の体は、徐々に膨れ上がっていく。折れそうな手足、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいるそんな彼女の蠱惑の身体が、より戦闘に適した筋肉質な身体へと変わっていく。
色欲スキルによる身体改造
すぐに彼女の変身の原因に当たりを付ける。
格下だと思っていた敵からの予想外の反撃に、彼女は隠していた牙を曝す事にしたのだった。
「私をこの姿にしたんだ。楽に死ねると思わない事ね」
そこにいたのは、絶世の美女ではなく、1匹の獣だった。ただし、その獣は人間のように2つの足で立っている。さらに、聞こえてくる声も違っていた。今までの心に響く甘い音色ではなく、低く昏い声。
沈みかけていた太陽が黒い雲によって隠れてしまう。
まるで彼女がその姿を晒すのを嫌っているかのように。
黒い雲からは雷鳴が鳴り響いている。
まるで彼女の声をかき消す為のように。
これから獣躙が始まる。
ありがとうございました。




