終盤~因縁の相手~
―サキ―
「リンさん大丈夫かな?」
同族から得た情報の方向をノゾム君と一緒に駆けている。
その道中で、その同族の所に残ったリンさんの事が気になったあたしは、気が付けばそんな事を口にしていた。
「リンの心配は必要ないよ。彼女が負ける想像が出来ない。むしろ、尋問をやり過ぎないかの方が心配かな?」
あたしの無意識の言葉に、ノゾム君はそう言って苦笑いを浮かべる。多分、リンさんが尋問をしている姿を思い浮かべたからそうなったのだと思う。
「あはは~。確かにそうだね」
「それよりも、サキはあの魔族たちとは顔見知り?」
「ううん。あたしは知らない。けど、あたしは顔が知れ渡っているから、向こうが一方的に知ってたんじゃないかな?」
「あぁ、有名税ね。僕も元の世界ではあったなぁ」
そう言ったノゾム君はどこか遠い所を見る目をしていた。
……珍しい。ノゾム君が自分から元の世界の話をするなんて…。
「ノゾム君?」
「あ、あぁ。ごめん、ごめん。とにかく、知り合いじゃないならいいんだ」
遠い目をしたままのノゾム君に声をかけたら、ひとまずはこちらに帰ってきてくれた。
「知り合いだったら?」
「サキが自分の手で過去にケリをつけたいかなって?」
「っ!?」
その言葉に、あたしはドキッとしてしまう。
「…どうして、そう思ったの?」
あたしの考えを当てられた動揺をなるべく悟らせないよう、平常心を心がける。
「僕だったらそうするから、かな?」
「…ぷ! あはははは。自分がそうだからだって!」
「え~。そんなに笑うところ?」
ノゾム君がちょっと拗ねたような表情になる。けど、そのおかげ気負っていた心が軽くなった。ありがとう、ノゾム君。
その後は、拗ねたノゾム君を宥めつつ、ひたすた走り続けた。
魔物に関しては、こちらの方には配置していないらしく、先程までとはうってかわって、その姿を見なくなりつつあった。
「ねぇ、サキ?」
「な、何?」
「魔人って、どれだけ強いの?」
「さ、さぁ? あたしは一度も直接会う機会なんてなかったから」
「や~、納得。これはこの世界の人たちの大半は適わないよ。異世界人を召喚するのも頷ける」
ノゾム君が納得顔で何度も頷く。
何故、こんな会話をしているのか、それはあたしたちはこの件の黒幕らしき人物がいる場所に到着したから。
いや、既に対峙していると言っていい距離だ。
本当なら相手に気付かれずに近づきたかったんだけど、この場所が見晴らしが良すぎるため、あたしたちの接近にはかなり早い段階で気付かれていた。
だけど、向こうは攻撃を仕掛けて来なかった。結果、あたしたちはこうして対峙している訳だ。
まぁ、そのせいで相手の実力が痛いほど伝わってくる。ノゾム君も相手の実力を肌で感じ、苦笑いしている。
「あんたら! ラスト様の前でこそこそとお喋りとはいい度胸じゃない!!」
あたしたちが自分たちそっちのけで話しているのが気に食わなかったらしく、フィーリーたちはキャンキャンと吠え始める。
「黙りなさい」
フィーリーたちの五月蠅い遠吠えを黙らせたのは意外な人物だった。
「し、しかしラスト様!」
黙らせたのはノゾム君でもあたしでもない、まさかのラストと呼ばれる親玉だった。
「二度は言わないわ」
「も、申し訳ございません」
釘を刺された事で再び吠えようとしていたフィーリーたちは口を閉ざす以外の選択肢が存在しなかった。
「サキ、君の知り合いたちは任せていいかな?」
「ノゾム君?」
向こうがゴタゴタしている間にノゾム君がまた小声で話しかけてくる。
「どうせ、最終的には戦うんだ。だったら、向こうが油断している今の内に、場所移動しておこうかなって」
「…もしかして、あたし邪魔?」
「邪魔じゃなく、相手の能力を考えるに周囲に人がいない方がいいと思うんだ」
そう言えば、ラストってやつには、催眠系のスキル持ちの疑いがあったっけ。
「…分かった。気を付けてね」
「そっちもね。『エアハンマー』!」
話し合いが終わると同時にノゾム君が動く。魔法で親玉を吹き飛ばしす。
「おや? どこまで飛ばすつもりかしら?」
親玉は、特に抵抗をする様子もなく、風に身を任せ、流れのままに飛んでいく。ノゾム君はそれを追いかける形でこの場からいなくなる。
「ラスト様!? っこのぉ!!」
「行かせない! 火よ敵を燃やせ!『ファイアボール』!」
「っくぅ!!」
ノゾム君の後を追おうとしていたフィーリーたちを魔法で足止めする。彼女たちの足が止まった隙にノゾム君とフィーリーたちとの間に立ちふさがる形を位置取る。
「まだ他にも仲間がいたの? ラスト様の目をもかいくぐるなんて、凄いじゃないの?」
フィーリーたちは、今の魔法を第三者のものと思ってるみたい。
「今のは、あたしの魔法だよ」
「はぁ? 『忌み子』のあんたが、どうやって魔法を使うって言うのよ!」
「信じないなら、別に構わない。それよりもここは通さないから」
最初から信じるとは思ってない。と言うか、あたしの予想通りの反応で、少し笑いそうになった。
「『忌み子』が言うじゃない? 以前は逃げるしか能がなかった癖に、ねぇ? まぁ、あの男がラスト様に殺されるのは、あたしたちが追わなくても変わらない事実だし? 良かったわね、これで晴れて奴隷から解放されるわよ? その後は昔のように可愛がってあ・げ・る」
見え透いた挑発は無視をして、アイテムボックスから、指先のない手袋を取り出し装着する。それから刀を構える。
別にそんな事しなくてもきっちり相手にしてあげるからさ。
自分の思い通りの反応を得られないと判断したフィーリーは舌打ちを一つして、取り巻きたちに指示を出す。
「チッ! どうやら、本気で楯突く気のようね。あんたら、あの思い上がった『忌み子』に現実を教えて上げなさい」
『はい!』
フィーリーの指示により、取り巻きたち4人による魔法攻撃が始まった。
相変わらず、魔法の腕は確かだね。全員が無詠唱か。だけど、使った魔法がファイアボールやアクアバレットの初級魔法じゃ、あたしには無意味だよ。
迫り来る数々の魔法の軌道を確認。そして斬る順番を決め、その順番通り斬るために刀と身体を動かす。
「バカ…な。魔法を斬った?」
すべての魔法を刀一本で斬ったあたしを見て、フィーリーは信じられないといった表情になった。
「こんなの準備運動にもならないよ」
驚いているフィーリーたちへと、吐き捨てるように言い放つ。
実際、刀に魔力を纏わせただけだからね。本当に準備運動にもならなかった。
「『忌み子』が言ってくれるじゃないの。なら、これならどう!」
こめかみに青筋を浮かべるフィーリーの言葉に反応して、取り巻きたちが次の攻撃に移った。
「…アシッドレインとマッドプール?」
何となく地面の感触の僅かな変化や頭上の変化でこれからくる魔法に当たりをつける。
ん~、発動前に距離を詰めようにも、他の2人がそれに備えてるか。なら、正面から防ぐとしよう。
あたしはアイテムボックスから幾つかの鉱石を取り出す。そして、戦闘前に装備した手袋に魔力とイメージを込める。すると手袋に描かれている魔法陣が輝き始める。その輝きは取り出した鉱石へと移る。
そうして内に取り巻きたちの魔法が発動し、あたしの予想通りアシッドレインとマッドプールがあたしを襲う。
「いくら魔法が斬れると言っても、範囲系の魔法までは無理でしょ? これであんたも終わりよ! アーハハハハハ、は…は?」
フィーリーの高笑いが止まったのは、あたしがアシッドレインの雨に晒されても、膝をついていない事に気が付いたからだ。取り巻きたちもフィーリーと同様に驚いている。
「がっ?」
「ぐがっ!!」
あまりにも隙だらけだったので、取り巻き2人を刀で亡き者にする。
「え?」
「刀が…浮いてる?」
「くっ!」
残りの取り巻きも片付けようとしたけど、距離をとられられてしまう。
「何よ! そのあんたの頭の上にあるのは! それに、何で刀が浮いているのよ!!」
フィーリーが叫ぶ。自分の理解できない事に対する恐怖を紛らわそうとするかのように。
彼女の言う通り、あたしの頭上には傘のような形をした鉱石が浮いている。これは、さっき取り出した鉱石を錬金術で変形させたもの。浮いているのはスキルの魔力操作と並列思考のおかげだ。取り巻き2人を殺った刀も、錬金術を用いて即興で造ったものを魔力操作で動かしているだけだ。
ちなみに錬金術とは、素材を魔力で別の物に作り替えるモノだ。
「よっと!」
マッドプールからは空歩を使って簡単に脱出する。
「あたしが言ったところであんたは信じないでしょ?」
なので、親切に教えてあげるつもりはない。代わりと言ってはなんだけど、縮地で一気に距離を詰め取り巻きたちの懐に潜り込む。
「なっ!?」
「この!」
「居合い弐閃」
懐に潜り込まれた事に驚く取り巻き2人を居合い斬りで斬り伏せる。取り巻き2人は、あたしに斬られた事に気付く事もなく、驚いた表情のまま絶命した。
「ひっ!?」
取り巻きを全て倒されたフィーリーは恐怖の声を上げる。
「さて、あんたに幾つか訊きたい事があるんだけど?」
あたしは、錬金術で造った物を元の鉱石へと戻し、フィーリーへと近づく。
「な、なによ!」
「魔族は魔人の奴隷だと思っていたんだけど、それって嘘だったの?」
ノゾム君に聞いた話だけど、改めて自分で訊きたかった事だ。
「そんなはずあるはずないじゃない。奴隷のように扱われているのは、ごく少数よ」
「その人たちは、今どこにいるの?」
「もういないんじゃない? 『忌み子』って言う便利な駒がいなくなったから、そこに回っていた危険な仕事が全部そっちに回ってくるようになったからね」
「え?」
流石にこの答えは予想外で固まってしまう。フィーリーはあたしのそんな状況などお構いなしに話し続ける。
「まぁ、ヒトどもと共存しようと考えている異端児どもがどうなろうと私たちには関係ないわ」
「…何それ? 同じ魔族なのに、関係ないって事はないんじゃないの?」
「はぁ? あんな奴らと私たちを同じ魔族で括らないでよ」
あたしの言葉に心底嫌そうな顔をするフィーリー。
「そんな考え方だから、魔族は未だにヒト族の敵なんでしょ?」
「別にそれていいじゃない? どうせ、私たちに滅ぼされるだけなんだし?」
戯言を言う彼女にため息が漏れる。
まぁ、訊きたい事は訊けたからもういいか。
「わ、私を殺すっていうの! 私を殺すと、ラスト様が黙ってなよわよ!」
あたしが刀に手をかけると、フィーリーは慌てだす。
「そんな心配はないから平気。ノゾム君は負けないから」
「そん…な」
フィーリーの意味のない脅しを聞き流し、彼女の首を刎ねる。
「あっ! 1つ訊き忘れた」
ノゾム君が吹き飛ばした女が本当に魔人なのかどうかを確認し忘れた。
ありがとうございます。