中盤~その頃の彼女たち~
-リンスレット-
ノゾムが私たちの制止の声を無視してこの場を去ってからもう半日が経とうとしていた。その間、私たちはノゾムの後を未だに追えずに、最初に上陸した海岸にいる。
それもこれも全て、何でもかんでも1人で抱え込んだノゾム《あのバカ》のせいだ。
一緒に旅をするようになってから知った事だけど、ノゾムは自分の事になると他人に頼らないで溜め込むと言う事に。
例えば、ゴブリンの巣へ単身で乗り込んだ時とか。それに南の森で再会して以降は、1人でこそこそと何かしているし。
今回も、私たちを頼ることはせず、1人で行ってしまった。
本当なら付いて行きたかったけど、奴隷として命令されて、この島の獣人たちと私たちをこの島まで乗せてくれた船乗りたちの護衛をしなければいけなくなった。
「それにしても、迂闊だったわ。まさか、ノゾムが命令を使ってまで、私たちをここに縛りつけるなんて…」
「リンさん。またそれですか?」
「だって、ムカつくじゃない! 私たちはノゾムから頼りにされていないのよ?」
「それはそうだけど…って、この会話、もう何度目?」
サキはそう言いながら、視線を海へと戻す。視線の先には、大量のサハギンが私たちへと押し寄せるのをセシリア、ルージュ、新人組から3人の計5人で相手にしているの。
彼女たちに任せて、自分たちが楽しているわけではない。
日付が変わった辺りから、魔物の侵攻が始まったらしく、海からも絶えずサハギンが押し寄せ始めた。
最初は、全員で対応していたのだけど、いくら倒しても途絶える事の無い魔物に、こちらの体力が尽きる危険が出てきたので、3交代で魔物に対応する事にした。
今は、セシリアの組が戦う番で私の組とサキの組は休憩の時間。まぁ、休憩と言っても獣人たちと船乗りたちの護衛をしなくてはならないので、完全に休めるわけではないけどね。
「それにしても、さっきの凄い魔力はノゾム君のだったよね?」
「ええ」
視線はサハギンと戦うセシリアたちへと向けたまま、サキが先ほど感じた魔法の事を訊いてきた。私も視線は前に向けたまま受け答えをする。
「もしかして、グラドドラゴンや海上で使った魔法陣のヤツ?」
「それ以外考えられないわね」
「それじゃあ、向こうはもう終わりかな? 結局、ノゾム君1人で終わらせちゃったって事?」
「どうかしらね? そもそも、どの程度の規模でアレを発動出来たのかも分からないわ。だって、魔法陣を準備する時間なんて無かったのよ?」
「そう言われれば…」
「それよりも、そろそろ交代の時間じゃないかしら?」
「あっ、本当だ。準備しない…と?」
現状では答えが出ない話題よりも、目の前のサハギンたちの方が重大だ。
サキは私に時間の事を言われると、イリスさんや新人たちを呼びに行こうとするけど、突然獣人たちの集落がある方角を見つめ始める。
「サキ?」
私はそんなサキを不思議に思い、声をかける。
「…リンさん。不味いよ」
「どうしたの?」
サキは真剣な表情で答える。
「集落があった方角から魔物の気配が近づいてくる」
「っ!?」
サキの言葉から、嫌な想像が頭を過ぎる。
「リンさん、しっかり! まだ、ノゾム君がやられたとは限らないよ。これだけ広い島たから、ノゾム君の目をかいくぐって来ただよ」
「そ、そうね。ノゾムが簡単にやられるはずないわよね」
しかし、もしかしてと言う考えが消えない。
ノゾムが1人で出て行ってすぐに地鳴りがあった。多分、帝国兵とやりあった時のように壁を作っていたんだと思う。
だからなのか、今まで集落側から魔物が来ることはなかった。
それが破られたと言う事は…。
「それよりもリンさん。ノゾム君の心配も分かるけど、今は集落側からの魔物にどう対応するかだよ」
「…ごめんなさい。まずは、魔物の種類が分からないと対応のしようがないわ。サキ、判る?」
サキの一言を受け、私は思考を切り替える。そして、対策を練るために相手の詳細を求める。
「ちょっと待って。…これは、ケルベロス?」
「待って! ケルベロスなんて大物がどうしているのよ!? まさか、魔国の島から引っ張ってきたの?」
「かもしれないね。まぁ、向こうは転移陣なんて、距離を無視出来る品物があるんだし、ケルベロスがこの島にいても不思議でないでしょ」
サキが近付いてくる魔物を気配から予想する。その魔物に驚きはするももの、転移陣の事を言われると、ここにいるのも受け入れられた。
「とりあえず、戦っていない新人たちをサハギンへとあてて、セシリアとルージュを呼び戻しましょう」
「分かった!」
サキは私が提案した事をすぐさま行動に移す。
「みんな、集まったわね。集まってもらった理由について、サキから聞いたかしら?」
セシリア、イリス、アイラ、ルージュの4人は首を横に振る。なので、集まってもらった理由、集落側から魔物が接近している事、接近している魔物が上位種の魔物である事を伝える。
「だから、アイラとルージュはこっちの相手は厳しいだろうから、サハギンの方を指揮してもらいたいの」
レベル的にケルベロスのような上位種を相手取るのが厳しい2人に提案するも、2人は首を横に振る。
「私は、従魔と連携すれば、遅れはとらないと思いますので、こちらに組み込んでいただきたいのですが…」
「私も固有スキルと皆の協力があれば戦えると思うわよ? それに…」
「それに?」
「…何でもないわ」
「?」
アイラの飲み込んだ言葉がなんだったのか、気にはなるけど、今はそれを聞き出す時ではない。
思考を切り替え、2人の言い分を加味した上で、2人がこっちで戦えるのかもう一度考えてみる。
ルージュの従魔には子供とは言え、ドラゴンがいる。さらに、魔力を奪われたとはいえ悪魔もいる。長時間サハギンを相手にしてた事で、ホールとフェリエルも大分レベルアップしたと思う。
アイラの固有スキルは魔力関連を封じる子とが出来る。ケルベロスの代表的な攻撃に炎があるけど、それを無効化出来るなら、こちらとしてもかなり戦いやすくなる。
「分かったわ。でも、無理に前に出ないで、私たちの傍にいてね」
「ええ」
「分かりました!」
「じゃあ、フェルにそっちの指揮は任せるって伝えてきて」
「私が行ってくるわ。ついでに回復もしてくるわ」
「お願い」
新人組への伝言をイリスが引き受けてくれた。イリスが戻ってくるまでの間に連携の確認をする。そうこうしているうちに、イリスも戻ってきて話に加わる。
「セシリア、1㎞切ったら魔物の数と共に教えて。魔法の準備をするから」
「分かり…ました」
セシリアに指示を出した私は、自身の使える魔法の中からどれを使用するか考える。
ん~、前方には森。そうなると炎は避けないと。水も樹が邪魔で威力が落ちるだろうから止めようかな。そうなると、土、風、闇か。…ここは風でいこうかしら。ついでに目の前の樹を斬り倒して後続への障害物にしちゃおうっと。
「来ま、した。数30、です」
「了解」
セシリアが敵との距離を教えてくれる。もう少し近づけば、私のスキルでも察知できるようになるから、後は自分のタイミングで魔法を発動させるだけ。
「………今! 『スラッシュファング』!!」
私の魔法が目の前の森に到達する直前に、森からケルベロスたちが飛び出てくる。
『ギャン!?』
ベストなタイミングで放たれた魔法がケルベルスたちを襲う。それが開戦の合図となり、サキとルージュ、そして従魔たちが飛び出していく。
ありがとうございます。