開戦
魔物による襲撃まで時間が無い中で、魔族の目的が見えてきたのは良かった。
「急いで自由都市に戻って、今の話をした方がいいんじゃないかしら?」
今までの話から自由都市へ帰るのが一番だと判断したリンがみんなに提案する。しかし、それは無理なんだよね。
「ちょっと待って。そうもいかないよ。獣人たちをこのままにしておけないよ」
「ノゾ、ム様!?」
「何言ってるの!? あなた、アイツらに命狙われたんでしょ? なのに、助けるって言うの?」
獣人たちを見捨てないと言う僕の言葉に、セシリアが一番最初に反応する。まぁ、見捨てるって言ってたしね。リンもバカじゃないと言わんばかりに反論するので、ちゃんと理由を話すことにする。
「僕も見捨てる方向だったんたけど、改めて話してみて、事情が変わったんだよ」
「事情って何よ?」
「獣人たちが何らかのスキルで操られているっぽいんだよね」
「…それが?」
リンは僕の言いたい事が分かったみたいだけど、納得までは出来ないらしい。せめてもの抵抗で分からないフリをするのが精一杯みたい。
「僕たちを嵌めたり、襲ったりしたのが本心じゃない可能性があるって事。そうなると、このまま見捨てるのは、ちょっと…ね」
あれが本心なら容赦なく見捨てられたんだけどね。さすがに、操られているかもしれない人を容赦なく切り捨てるほど、冷徹にはなれないかな。
「じゃあ、アイツらの為に、私たちはこれから魔物の群と戦わないといけないのね」
「そうだけど、それだけでもないよ? だって、ここまで周到に準備を進めてきたヤツだ。すでに島の北側では魔物の侵攻が始まっているだろうしね。いや、もしかしたら最初から島の半分以上は魔物で埋め尽くされていた可能性も…」
「それじゃあ、この島に上陸した時点で、私たちに島を出る選択肢は無かったって訳ね」
呆れたと言わんばかりのため息とともにそんな事を口にするリン。僕に噛みついたのも、僕の口から自分を納得させる理由を言ってもらいたかったと言う甘えだと思う。
「望君。あと1時間ほどしかないけど、どうするの?」
話が途切れるのを見計らっていたアイラさんが話に入ってきた。
「ひとまず、ここだと迎え撃つには適さないので、船まで戻りましょう。海からも魔物が来るとは思いますが、ここにいるよりかはマシですしね」
「彼らは?」
アイラさんが獣人たちに視線を向けながら問う。
「一緒に船まで運びましょう。氷魔法で地面を凍らせて、その上を引きずれば運ぶのにそこまで苦労しないと思いますし」
「分かったわ。早速、行動に移りましょう」
アイラさんの号令で船を泊めてある海岸へと移動を開始する。時間がないので、獣人たちを運ぶのには船長たちの手も借りた。おかげで、魔物の侵攻が始まる前には海岸への移動は完了した。
「ノゾム君、魔物の侵攻に対して、何かしなくていいの?」
獣人の集落から、船を泊めている海岸まで移動し終えたところで、サキが対策をしなくていいのか訊いてきた。
ちなみに、今いる海岸は島の南西辺りで、転移陣があるとされている南と西の両方とも結構な距離がある。普通の人なら歩きで3~4日ぐらいはかかるんじゃないだろうか? まぁ、あくまで普通の人基準なんで、魔物や高ステータスの冒険者はその限りではないんだけどね。
「今からやれる事は、特に無いんじゃないかな?」
「ノゾム?」
リンは僕の雰囲気が変わったのをいち早く察知して、戸惑い始める。
魔物の侵攻を相手にするにあたって、どう対処するのかは初めから決めていた。それは…
「僕1人で戦うから、みんなは海側からの魔物に対する対応と船長たちや獣人の護衛ね」
そう。僕1人で戦う事。僕なら分裂スキルで人数を増やせるし、魔法陣を利用した超広域殲滅魔法がある。…魔法に関しては、災害クラスの自然破壊を気にしなければと言う条件が付くけど。
それに、海側からの魔物がどれぐらいなのか分からないのである程度、人員を割かないといけない。サハギンレベルだけなら新人組だけで何とかなるかもだけど、それ以上が出てこられると対処出来なくなる。だからリンたちも残ってもらう。
最悪、僕が魔物の侵攻を止めるので力を使い果たした時、転移陣の破壊を頼みたいのだ。
そう言った理由をリンたちに説明するも、みんなは納得するはずもなく、僕にくってかかってきた。
「そんなの認めるはずないじゃない!!」
「あたしたちは、ノゾム君が傷ついていくのを黙って見ているのが、我慢できると思う?」
「ノゾム様にとって、私たちは邪魔者ですか?」
「主様、1人でどうにか出来ると考えているのは、傲慢じゃないかしら?」
「……………」
「ノゾム様…」
リン、サキ、セシリア、イリスさん、アイラさん、ルージュの順に僕の考えに反対の意を示す。
「それでも僕は、みんなの生存確率が高い方法を選ばせてもらうよ。例えそれが、みんなの望まない手段だったとしても…」
「ノゾム、何を言っているの?」
この案がみんなに理解されないのは最初から分かっていた。だから、僕はあらかじめ決めていた言葉を声にする。
「みんなに命令する。この海岸にいる船長たちの安全が確保されるまでの警護をしてもらう」
『なっ!?』
みんなが僕の言葉を聞いて絶句している。それもそうだろう。まさか、僕が奴隷契約の命令まで使うとは想像も出来なかったはずだ。
「それじゃあ、ここは任せたよ」
「ちょっと待ちなさいよノゾム! ノゾムーーー!!」
この場から離れていく僕の背中に向かってリンが叫ぶ。だけど、振り向かずにこの場から立ち去る。全ては、みんなを守る為。
「とりあえず、時間もないしサクサク準備を進めないと…」
みんなと別れ、1人で獣人の集落がある場所まで戻ってきていた。この場所に戻ってきた理由は、ここを戦場の拠点にするためだ。
僕は、この集落から海までを結ぶ高い壁を作るため、西と南東に向かってストーンウォールを発動させる。高さ20メートル、厚さ10メートルで作成する。
「あ゛~、流石に疲れる」
簡易的な万里の長城みたいなのを作り終え、一息つく。消費魔力は…約7000万か。結構使ったな。まぁ、強度もかなりあげたから仕方がないか。
だけど、これだけで準備が終わった訳じゃない。次に武器生成スキルを使い、7本の武器を創る。いや、武器って言うよりは魔力の塊に近いものかな? 武器としても使えるけど、本質は魔力の塊かな?
更に作った武器の持ち手として、分裂体を7体創る。僕が制御出来る限界人数だけど仕方がない。この分裂体に先ほどの武器を持たせ、各地に散らせる。
この時点で、消費魔力は1億を突破。壁に7000、武器に700、分裂体1人に500使っている。さらに、再生スキルも使っているから、実際はもっと使っている。正直、ここまで消費するのは久々だ。
「あとは、魔物がここに集まるのを待つだけ…か」
準備を終えた僕に出来ることは待つ事だけだった。まぁ、ただ待っているのもあれなんで、分裂体の状況を確認しながら静かに待つ。
「っ!! 来たか」
日付が変わったであろう瞬間、夥しい数の魔物が索敵スキルに引っかかった。もちろん、僕がいる集落周辺ではなく、各地に散った分裂体の方だ。
「あわよくば、転移陣を壊せないかと思ったけど、無理かな?」
分裂体には、魔物の数が大したことがなければ、魔法陣を壊す方向に動かそうと思ったけど、これはステータスに制限がある分裂体には無理そうだな。
と、言うのも、各地に散った分裂体の中でも南の転移陣に一番近い場所に向かっていた個体だけど、転移陣がギリギリ索敵の範囲内に収まる所にいるのだけど、転移陣から次々と魔物が出現しているのだ。すでに転移陣周辺は魔物でひしめき合っている状態なのに、未だ魔物の出現が収まる様子はない。
「しょうがない。転移陣の破壊は諦め、当初の予定通りに分裂体を動かすか」
僕はため息をつきながら、目的地に着いた個体を次の行動へと移らせていった。
ありがとうございます。
ようやく開戦しました。
本作初の大規模戦闘となります。
至らない点ばかりになるとは思いますが、宜しくお願いしますm(__)m