話し合い
「緊張してる?」
「そう、ですね」
獣人たちの集落が近づくにつれて動きが堅くなるセシリアに声をかける。返ってきた彼女の声は、普段よりも緊張しているのが容易に分かるほどだった。
「まぁ、緊張するなって言うのは無理な話だよね」
「………」
彼女からの返事は無いけど、話は聞いているみたいだ。その証拠に、頭の上にある耳はピンと立っている。まさに聞き耳を立てるだ。
「だからさ、これからセシリアが話す相手は食べ物だと思えばいい。なんだったら、魔物でもいい」
「…え?」
「セシリアの緊張の原因は、相手がいるからでしょ? なら、その相手を別の物だと思い込んでしまえばいい。そうすれば、緊張する事もないんじゃないかな?」
元の世界でよく言われている、『観客は野菜だと思えばいい』をセシリアに教えてあげる。当の本人は、言っている意味が分からないのか、キョトンとしている。
「そんな訳で、あまり思い詰めなくていいんじゃないかな? どうせ、話が通じなければ切り捨てるんだしさ」
「はい…」
う~ん。まだちょっと固いなぁ。僕としてはセシリアの話が上手くいこうがいくまいがどちらでも構わない。
今の獣人たちを見た僕個人の意見だと、失敗すると思う。ってか、失敗してほしい。それぐらいには腹を立てている。セシリアが共に戦いたいと言わなければ、僕は獣人たちを見捨てていただろう。
さてはて、獣人たちはセシリアの言葉で変われるかな? でなければ、待っている運命は滅びの道だけだよ?
「お待たせしました。ようやく、うちの意見が纏まりました」
「遅かったじゃないか。こちらは、最初に行うはずだった歓迎会の準備を終えて、ずっと待っていたんだぞ?」
「すみま、せん」
獣人の長の言葉にセシリアが頭を下げて謝る。
謝る必要なんて無いのに。そもそも、これから魔物が攻めてくるのに、何で宴会の準備をしているんだろうね?
「いやいや! 始祖様が頭を下げる事ではありません! ただ、子供たちは眠ってしまったので、明日、もう一度歓迎会をしても構いませんか?」
…ちょっと本気でこの場から去りたくなったんだけど? こいつ、これから魔物が攻めてくるのに何言ってるの? それにあんたの言い分の中には、帝国兵が攻めてくる可能性もあったはずだけど? もしかして、全てこちらに丸投げするつもりか?
獣人の長のこれからの事をいっさい考えていない発言に、堪忍袋の緒が切れそうな僕は、その怒りを押し殺しながら、セシリアの様子を伺う。
「…………」
セシリアも、獣人の長の発言に唖然とした様子だ。
「どうですか、始祖様?」
セシリアが唖然としているのを気にもせず、自分の提案に対する返事を求める長。
「そん、な事より」
「そんな事ではありませんよ! 始祖様が、この地に帰ってこられた事を、大々的に示す為の宴です!」
セシリアの言葉を最後まで聞かずに反論する長。こいつ、こんなに人の話を聞かない奴だっけ?
ふと、違和感を覚えたが確かめる術が無いために放置することに。
「わ、私は…」
「ん?」
「私は、始祖なんて人じゃないです!! 私の名前はセシリア! あなたたちの言う、始祖とは別人です!! 勝手に赤の他人を押し付けないで下さい!!」
驚いた! セシリアが大きな声を出したこともだけど、何よりも言葉をつっかえる事なく言えた事にだ。
「始祖…様?」
長はいきなりの事に驚き戸惑っている。周囲を見ると、この場にいる獣人全てが目を丸くして驚いている。
「だから違うと言ってるんです! 私はセシリアです! あなた方が言う始祖は、使い勝手がいいだけの存在じゃない!! 私は物じゃない! 私は、今ここで生きている人間です!! 過去の亡霊を私に重ねないで!!」
「なんだと!!」
「始祖様であろうと、言っていい事と悪い事があるぞ!!」
セシリアの言葉に周囲の獣人たちが怒り出す。まぁ、それもそうだろう。自分たちが崇拝している人物を便利グッツ扱いした上に、あまつさえ亡霊とまで言い切ったんだ。ここまで言われて怒らないはずがない。
「けど、本当の事じゃないですか! 今だって、魔物が攻めてくるって言っているのに、その準備もしないで何をしているんですか!! もしかして、いるはずもない始祖とか言う亡霊に、どうにかしてもらおうとか考えているんですか?」
「そんな事ない! 現に我らの始祖様は目の前にいるではないか! それに、始祖様のお力の前では、我らなど邪魔でしかない」
「私は、始祖ではない…と言っているんです、けどね。それに、私たちは、あな、たたちを助ける…気はないです、よ?」
「………」
『なっ!!』
セシリアの『獣人を助けない』発言に対して僕は何も言わない。獣人をどうするかはセシリアに任せているからね。ただ、獣人たちは始祖様の助けない宣言に驚きを隠せない。
「私たちは、それを伝えに来ただ、けです」
セシリアの口調がいつものものに戻った。どうやら、高ぶっていた気分が落ち着いたからみたいだ。
セシリアは、伝える事は伝えたとばかりにこの場を立ち去ろうとする。
「待て! 始祖様が俺たちを助ける気がないと言うのであれば、こちらとしても、こちらで宿を提供しているヒト共をどう扱えばいいのか考えねばならんのですが…」
長の言葉にこの場から立ち去ろうとしていたセシリアの足が止まる。
「それ、は船長さんたちの安全…を守りたければ、あなたたちの安、全を私たちで確保しろっ…て事ですか?」
「そんな始祖様を脅すようなマネ、俺たちには出来ませんよ」
長はとてもいやらしい笑みを浮かべながら答える。
「けど…」
「なら、彼らを連れて帰るので、呼んできてください」
長の脅しにも聞こえる言葉に悔しそうな表情を浮かべるセシリア。そこに割り込むように発言する僕。
「自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「分かってますよ。そもそも僕は、すでにあなたたちがどうなろうと、知ったこっちゃないんですよ。セシリアがあなたたちと共に戦いたいと言うから。それで話し合いをさせる為に、彼女をここへ連れて来たんですけどね」
しかし、その話し合いが始まる前に、セシリアは対話する事を諦めてしまったようだけどね。あの様子じゃ仕方がないけどね。こちらの話を全く聞かないんだもん。
「そんな訳で、話し合いどころか、勝手に自分たちで始祖と呼び、信仰の対象にしようとしていたセシリアに対して、あろう事か脅すようなあんたたちに、彼女が話し合いを放棄してこの場を去ろうとした時点で、僕たちはこの集落に用は無くなったんですよ」
「そうか。じゃあ、こちらも別のプランで行く事にしよう」
『!?』
長の雰囲気が急に変わったのに、僕とセシリアは驚きと共に警戒レベルを一気に引き上げ、戦闘態勢にいつでも移れるように構える。
「始祖様には、害を加えたくなかったんだがな…。力ずくでもこちら側になってもらうぞ?」
長の言葉を皮切りに他の獣人たちが僕らに襲いかかってきた。
最初に僕らの元に到達したのは狼や犬の獣人だ。持ち前の瞬発力を生かし、攪乱するように僕らにヒットアンドウェイで、決して長時間僕たちの前に立たないようにしている。しかし、そんなのは無意味だ。
「!? お前たちどうしたっ!?」
獣人の長がいきなり叫ぶ。それもそのはず。何故なら、襲いかかってきた獣人の大半がいきなり意識を失ったからだ。その理由は…
「あんたたちの脳みそは獣以下か? 僕に敵対して、意識を保っていた獣人がどれほどいた? それとも何か対策でも立てていたのか?」
僕の威圧スキルで気絶したからだ。一応、いきなり襲いかかってきた理由を訊きたいので、殺さずに制圧させてもらった。意識があるのが幾人かいるけど、威圧に耐えるので精一杯っぽく動けるものはいないみたいだ。
「セシリア。気絶している連中を拘束してくれ。意識のある連中は動けないとは思うけど、油断だけはしないでね」
「分かりま、した」
僕の指示を受け、彼女は獣人たちを拘束していく。その間、長には襲った理由を喋ってもらう事にしよう。
「さて、殺さなかったのはあんたに訊きたい事があるからだ。あんたの言うこちら側ってなんだ? 獣人側って事か?」
「…それは違う。俺たちは、ラスト様の命で動いているんだ」
「は? 今、ラストって言ったか?」
長の口から出た名前に思わず聞き返してしまった。
「ラスト様と言ったぞ? それが?」
おいおい、いったいどうなっている? 獣人を襲う計画はラストってヤツが行っているはず、なのに何で襲われる側にいるはずの獣人がそいつの下に付いている?
「そのラストってヤツは、この島を魔物で襲う計画を立てているヤツと、同じ名前なんだけど?」
僕は魔物の侵攻を企てたヤツと同じ名前だと長に告げると、長の口から衝撃の答えが返ってきた。
「そうだ。同一人物だからな」
本当に、いったい何がどうなっているんだ?
ありがとうございます。
次話から本格的な戦闘開始のはず…? きっと…。信じていれば…。(本当は、今回からの予定だった)