猶予
さて、エルフでも再現できず、文献でしか知らないという転移陣を、どうして魔族が再現できたのかはさて置き。
「もう1つ気になる事があるんですが、あなたは何故こちらの質問に、素直に答えてくれるんですか?」
そう。この兵士、こちらの問いに一切黙秘しないのだ。それどころか、嘘偽りなく答えている始末。
なお、リンが魔眼で確認しているので、嘘じゃないのは確実だ。
正直、情報を聞き出すのはもっと時間がかかると思っていたので、この状況に戸惑いを覚えつつある。
「帝国は力こそが全て。だと言うのは知っているか?」
僕の質問に対して、帝国の在り方を話し始める兵士。この流れで無関係な話はしないだろうと思い、兵士の質問に応える。
「えぇ。有名ですからね」
「だからだ。弱い俺は、強いお前たちに抗ってはいけないんだ」
う~ん。生き延びる為の術と言うか、なんと言うか…。弱肉強食と言えばいいのかな? とにかく、強きに従うって事かな? そうなると、誰も逃げださなかったのも、強者に命令されたからなのか? だけどそうなると、サキが言ってた正気じゃないの説明がつかなくなる。
「じゃあ、あなたたちが先ほどの戦闘で、誰1人逃げなかったのは、強い人にそう命令されたからと言うことですか?」
「何を言っている。戦いで逃げるなんて有り得ないだろ?」
ん? 今、なんか違和感が…。
一瞬だけど、兵士から妙な感じがした。僕はそれを確かめる為に質問から会話に切り替え、話を続ける。
「いやいや、普通は適わないと分かった時点で、現地にいない仲間に現状を伝える為に人を向かわせるものですよね?」
「勿論だ。情報は大事だからな」
「なら、誰1人そうしなかったのは何故です?」
「敵に背を向けることなど出来るわけないだろう」
まただ。さっき感じた違和感だ。それに、情報が大事とか言ってるのに、敵に背は見せれないとか支離滅裂な事を言ってるのも気になる。
「あんた、自分が言っている事が変だって気付いてるか?」
「俺、何か変な事でも言ったか?」
自分で口にしている言葉のおかしさに気付いていない?
「だって、情報が大事なら戦闘中でも、情報を伝えるために戦場から撤退しないといけない。しかし、あんたは情報が大事と言いながらも、敵に背は向けられないと言っている。これをおかしいと言わないで、何をおかしいと言うんですか」
「俺がいつそんな事を言ったんだ? そもそも敵と対峙したら、撤退など有り得ない。」
そうか! 違和感の正体が分かった! 違和感を感じた瞬間だけ、兵士の目が正気じゃなくなってるんだ!
そして、違和感を感じる瞬間は、『戦場から離れる事』に対する対応の時だけ。
つまりこの兵士…、いや、もしかしたらこの集落に来た3000人の帝国兵全員が、暗示か何かで戦場から離れる事が出来ないように仕向けられていたんじゃかいかな?
「…そうですか。では、別の質問なんですが、誰の命令でこの島に来ることになったか聞いてますか?」
暗示云々はどうしようもないので、今は情報の引き出しに専念する。
「俺たち一般兵には、聞かされる事ではないから、知らないな」
「じゃあ、獣人たちの使い道は知ってますか?」
「王国との戦争に備えての捨て駒だ。向こうはエルフを引っ張り出してくるだろうから、こっちは獣人で対応するらしい」
この2つの質問の答えは予想通りだ。ただ、王国はエルフを引っ張り出す事は、まず有り得ない。その計画を潰したのは僕だしね。
「なら、今まで襲った集落の数と捕らえた獣人はどれぐらいですか?」
「20ほどの集落で1000人ほどだ」
…この他に大きい集落が5つの人数を合わせると6000人か。やっぱり、島の大きさに比べて住んでいる人数が少ないなぁ。
とりあえず、これ以上は聞く事はないかな? それよりも、これ以上獣人が帝国に送られるのを阻止する為に、早く転移陣を破壊しに行かないと。
「これから転移陣を破壊する為に行動するから、案内してもらいますよ」
「そんな事をしていていいのか?」
「どうしてです?」
転移陣の元まで案内させようとしたら、兵士は意味深な事を口にする。
「明日にはこの島を魔物が埋め尽くす事になっている」
『なっ!?』
兵士の一言に、僕たちは驚愕する。幾ら事前に情報を得ていたとは言え、まさか明日だとは思わなかった。そうなら尚更早く行動しないと!
「その魔物の侵攻はいったいいつから始まるのかしら?」
「アイラさん?」
魔物の侵攻の元を断つために行動開始しようとした僕を他所に、アイラさんは兵士へと質問をする。
「日が変わったらだ。その為に、俺たちはここの襲撃し終えたら、今日の内に撤退する予定だったんだ」
「日付が変わったらだって!!」
僕は兵士から出てきた言葉につい言葉を荒げてしまう。
なぜなら、現在の時刻はそろそろ日が落ちきるところだ。そして、現在の日の入りは19時ぐらいだ。つまり、魔物の侵攻が始まるまでの猶予は残り5時間ほどと言う事になる。
「ノゾム、間に合う?」
「……無理…かな?」
リンの問いに主語が抜けていたけど、彼女の「間に合う?」は魔法陣の破壊がだと言うのは、今の流れで判る為、僕は声を絞り出すように答える。
2ヶ所ぐらいなら問題なかっただろうけど、4ヶ所ある上に場所が島の端々と言うのがネックだ。それに、相手側の重要拠点を守護する者もいるだろう。まぁ、魔族だろうけど。そんな戦闘に移動を4ヶ所もとなると、とてもじゃないけど間に合わない。僕並とは言わないけど、かなり高いステータスを持つリンに手伝ってもらう事も考えたけど、そもそもリンじゃ移動速度が足りず、ここから近い1ヶ所が限界だろう。それでもしないよりはマシだろう。
「この話をガルムさんに話してくるよ。リンたちは、フェルたちが連れてくる生き残りの対応と、今の話をしてあげて」
話を切り上げ、再びガルムさんの元へと急ぐ。
「その話は本当か!?」
兵士から聞き出した話をガルムさんに伝えると、彼も驚愕する。
「信じれないかもしれないですけど、うちの仲間がスキルで確認したので間違いないです」
「…そうか」
ガルムさんは大きくため息をつく。
「僕たちはこれから少しでも魔物の侵攻を減らす為にも魔法陣を破壊しに行こうと思います」
「…すまないが、それは待ってくれないか」
「どうしました?」
伝える事を伝えたので、リンたちの元へと戻ろうとしたところを呼び止められる。
…何だろう、嫌な予感がする。
「魔法陣を破壊に行かないで、帝国兵から俺たちを守ってくれないか?」
「訳を聞いても?」
案の定、嫌な予感が当たった。一応、話を聞いてみる。
「帝国兵の襲撃がこれ以上ない保証はない。もしかしたら、撤退前にここの兵士を回収しに来るかもしれない。この島に来た帝国兵が全て攻めてきたら、俺たちだけでは対処できない。だから残ってほしいんだ」
「つまり、この集落を守るためだけに、この島を魔物で溢れさせてもよろしいんですね?」
ガルムさんの言いたい事は理解できる。だけど、魔物の侵攻より優先されるものではないと思う。なので、その事を突きつける。
「いくら魔物の侵攻と言っても、そんなに数を揃えられるとは思えない。10000がいいところだろう。だが、帝国兵は残り17000もいるんだ。どちらが脅威か比べるまでもないだろう」
「それの魔物の数はあくまでも予想。いや、希望的観測ですよね? そんな事よりも元を潰せば、魔物の脅威は大幅に減らせますよ?」
「そうは言うが、お前たちがいない間に、帝国兵が攻めてくるかもしれないじゃないか」
「………」
これは、さっきの戦いで力を示し過ぎたかもしれない。ガルムさんは完全に僕たち頼りになってしまっている。そうなると、次に出てくる言葉は…
「だから表向きは、始祖様に任せておけば問題ないと集落のみんなには伝え、実際はお前たちに守ってもらえば集落からの反感もないだろう。 そうだ! いっその事、始祖様だけを集落の守りでおいてもらって、他のお前たちで転移陣とやらを破壊しに行けばいいんだ!」
始祖様を集落に繋ぎ留める為の方便。
予想通りの展開に僕はガルムさんに気付かれないようにため息をつく。
「…話になりませんね。僕たちは獣人たちを助けには来ましたけど、ここだけを特別視する事は出来ません。なので、より獣人全体の脅威となる方の優先的に対応します。ここには、情報を提供しにしただけです」
「なら! お前たちが連れて来たヒト族たちを、この集落から追い出す事にしよう」
…面倒な事になったな。ガルムさんは暗に、船長たちの安全と引き換えに集落を守れと言ってきた。これは僕1人では決められないな。
「すみませんが、一度仲間と話し合ってきます」
それだけ言って、ガルムさんの返事を聞かずにこの場を後にする。
ありがとうございます。