カスピ海-1
カスピ海 4月19日 2213時
カスピ海はロシア、イラン、カザフスタン、アゼルバイジャン、トルクメニスタンに挟まれた"湖"である。しかし、ここは石油や天然ガス資源の発見により沿岸各国は"湖"ではなく"海"であると主張し領海と排他的経済水域を設定。5か国で「分割」してしまい、今では海上油田・ガス田が林立している。
アゼルバイジャン沿岸警備隊のアンドレイ・ウルモフ大尉はAK-74を肩にかけて小さな警備艇を操作していた。これには30ミリ機関砲が一門装備されているだけで、しかもかなり老朽化していた。警備艇を浮かべているのは他の国の領域も同じで、ロシアが最大で最高性能のものを使っている。今のところ、各国は自分たちの"領海"から出ていくような事はせずにお互いを監視しあっているだけだ。どうせあと3時間もしたら交代の警備艇が来る。そうしたら丸2日は非番になるためウォッカでも飲むか、とウルモフは考えていた。緊張状態は続いているものの、軍の警備艇以外にも各国のキャビア漁船は往来している。時々、漁船が他国の海域に入り込みそうになるため、警備艇はそんな彼らを呼び戻しに行くのが主な役割でそれはどの国も変わりはなかった。先週も、ロシア海軍に捕まったチョウザメ漁師をウルモフが身元引受をしなければならないことになったばかりだ。
「何か変わりはありませんか?」
部下のイワン・チェコフ軍曹がコーヒーを持ってきた。
「ありがとう、軍曹。いつもと同じ。欠伸が出そうだが・・・・気を緩める訳にはいかない」
「まあ、間違っても戦争には・・・・ん?」
「どうした軍曹?」
「何かこっちに来るような気がします。空からです」
「何も見えないぞ」
「気のせいだったかもしれません」
「念のため外に出てみよう」
ウルモフはカップを持ったまま哨戒艇の操舵室の扉を開けた。
彼らに向かっているのはミラージュF-1だった。爆弾、ミサイルを搭載したフル武装だ。この戦闘機には一つだけおかしな部分があった。国籍を表す、ラウンデルが無いのだ。
「どういう事だ?領海侵犯なんぞしていないぞ」
ウルモフは怪訝な顔で頭上を通過する戦闘機を眺めた。アフターバーナーの明かりがよく見える。
「軍曹、こちらの位置は?」
「アゼルバイジャン領海内です、大尉」
「ふむ。どういうことだ?GUARD(国際緊急周波数)で呼びかけてみよう」