救出作戦-1
アゼルバイジャン サンガチャルイ基地 6月10日 0813時
「この画像は何です?」
寝ぼけ眼のスタンリーはアゼルバイジャン陸軍の情報将校が持ってきた、画像を受け取って言った。全部で30枚以上はある。彼は、昨日の深夜から味方の偵察部隊が撮影したグルジア国内の写真の分析を行っていたのだ。冷めたコーヒーが半分くらい入ったマグカップが近くにあり、机には吐き出したガムを包んだ油紙がそのまま散らばり、灰皿には山のように吸い殻が積もっている。
「"ドローン・フライヤー"というPMCの部隊が飛ばしたグローバルホークが撮ったものです。この北側のエプロンと・・・ここにMiG-23の列線とSu-25の列線。それから、格納庫から大型輸送機らしき尾翼が見えます。更に、南側の広いエプロンにはTu-160が2機確認できます。この飛行場は旧ソ連時代のもので、崩壊後は放棄されていたものですが、突然、飛行機の離発着や車両の出入りが増加したのを確認したそうです」
「何故、先に私に見せるのです?カーメネフ将軍には・・・・」
「将軍からあなたに確認してもらうよう指示されました、ミスター・スタンリー。この輸送機の尾翼をよく見て下さい」
その言葉に、スタンリーは完全に目覚めた。これは、もしかすると・・・・。
「これは・・・・形からして、An-124じゃないな。それに、あれだともっと大きいはずだ。縮尺を考えると、Il-76にしては大きい。と、いうことは・・・・」
「ええ。奴らに強奪されたあなた方の輸送機の可能性がとても高いです。おまけに、ここを叩いておけば、奴らの攻撃能力を低下させることにもつながります」
「なるほど。救出作戦と敵地攻撃作戦を同時に行う、ということですか」
「そうです。更に、幾つかの連中の基地に捕虜として連行された我が軍の兵士や、一般市民もいるとの情報もあります。そういった人々がこの基地に拘束されている可能性もあります。そこで、今回は救出作戦を行おうと考えています」
「しかし、そこに捕虜がいるとの情報はどこから手に入れたのですか?」
「HUMINTです。我々だって馬鹿ではありません。幾つかの中央カフカス連合の支配地域に諜報員を配置しています。確かに、表立った情報収集は無人機で覗き見したり、敵の基地を攻撃した時に得られる書類や物的証拠、通信傍受でしたが、実際には諜報員を潜入させて、敵の動きを監視させています」
情報将校は一旦、言葉を切って、スタンリーの表情を見た。当のPMC司令官は真剣な表情で、無人機と偵察部隊が撮影した写真を見比べている。特に、C-17のものと思しき尾翼の影をじっくり見ているようだった。
「そこでは明らかに奴らの傭兵ではない、外国人やアゼルバイジャン人の捕虜と思しき姿が何度も確認されています。そこで、司令官は彼らを救出する決断をしました。そうすれば、奴らについて、何かしらこっちにとって有利な情報を得ることができるかもしれない、という考えのようです」
「当の諜報員はどこにいるのです?」
「詳しくはお話できませんが、丁度、今回の情報を得た場所の近く、ということは間違い無さそうです」
「なるほど」
「それから、この6枚目と7枚目を見てください。これは、現場の諜報員が撮影したものですが、このヘリから降ろされている人間が7人、それから彼らに銃を向けていると思しき人間が10人います。これは、恐らくは捕虜を連れてきた、という事には間違い無さそうです。更にはこの写真です。トラックから捕虜を降ろしていると考えられますが、このうちの数人は、背丈から見て、どう考えても15歳未満の子供と見てもいいでしょう」
「子供まで誘拐したのか。外道め。洗脳して少年兵にするつもりだな。アフリカの反政府組織がよくやるように」
「身代金が要求されていないことを考えると、それと見て間違いないですね」
「では、早速、作戦計画を練りましょう」
アゼルバイジャン サンガチャルイ基地 6月10日 1013時
朝食を終えた傭兵たちがブリーフィング・ルームに入ってきた。これだけ急な作戦計画が行われるのは初めての事だったため、今日は何やら重要な作戦が行われるようだ、という噂が流れ、かなりざわついていた。やがて、基地司令官のミハイル・カーメネフが副官を伴って入ってきた。
「諸君、聞いてくれ。これより作戦概要を伝える。では、ハリコフ中尉。始めてくれ」
ハリコフはスクリーンにグルジアとアゼルバイジャンの地図を映しだした。
「今回は、このグルジアにある航空基地を急襲します。ここからは北へ140km程のところです。ここには我軍や傭兵部隊の捕虜、更には連行された市民が数多く拘束されているとの情報があります。そこで、空爆は滑走路上とレーダー施設、対空兵器に限定します。それらを破壊したら地上部隊を投入して制圧、拘束されている人間をヘリで脱出させます。くれぐれも格納庫や建物を攻撃しないようにして下さい」
エプロンで待機していた戦闘機やヘリの列線にパイロットたちが近づいていった。佐藤は自分のF-15CにAIM-120とAIM-9Xがそれぞれ4発ずつ搭載されて、機関砲弾が弾倉一杯まで装填されているのを確認した。外から見たところ、機体には異常は無さそうだ。隣に駐機しているF-16をジェイソン・ヒラタが点検している。
「ジェイ、機体の調子はどうだ?」
まだエンジンが始動していないので、普通に会話をすることができるが、すぐにそれもできなくなるだろう。
「バッチリだ。いつでも奴らをぶっ飛ばせる」
F-16はAMRAAM、サイドワインダー、AGM-88Eが2発ずつと燃料タンクを3本、スナイパーXRターゲティングポッド、HTSを搭載した防空網制圧装備になっている。
パトリック・コガワの愛機であるF/A-18Cは様々な装備が搭載されていた。サイドワインダーとAMRAAMが2発ずつ、翼端と機体側面のランチャーに取り付けられ、主翼パイロンと機体下パイロンには、燃料タンクが3つ、AGM-154が4発とAGM-65が4発ぶら下がっている。
コルチャックとカジンスキーのロシア製戦闘機はR-27とR-73を組み合わせた、完全なる制空仕様になっていた。ふと、滑走路に目を向けると、傭兵部隊のミラージュ2000、トーネードIDS、ハリアーなど様々な戦闘機が離陸していく。誘導路では空挺隊員を載せたC-130が移動している。
「ハワードの奴、どうしているかな?何もしていないからデブついてるかもな」
カジンスキーが最終点検のためにMiG-29の上を歩きながら冗談めかして言う。
「もしくは、ガリガリに痩せていたりな。まあ、連れて帰って来れたらうまいものをたっぷり食べさせてやろうぜ」
そう言うコルチャックは既にSu-27のコックピットに収まり、エンジンや電源、燃料系統のスイッチをいじり始めた。




