電撃戦
グルジア・アルメニア国境地帯 6月1日 0031時
アルメニア国境警備隊はいつにも増してグルジアとの国境地帯に駐屯する警備隊員の人員を増やし、いつもは普通のジープだけを置いているのに加えて、機関銃を搭載した装輪装甲車を配置した。だが、武器弾薬もヘリも車両も人員も不足し、満足いく状態では無かった。アルメニア政府は石油やガスの出る隣国と違い、PMCも傭兵も雇う事ができず、かと言って国防を疎かにできないため仕方なく軍から一時的に人員を回してもらっている状態だった。召集はかけたものの、一般国民として暮らしてきた彼らにまともに任務をこなせるはずも無く、結局は数少ない職業軍人が出張らなければならなかった。
ボリス・グリチェンコ大佐は不満たらたらだった。副官の中尉、軍曹以下たったの5人で徴募兵を指揮しなければならないのだ。
彼らは明らかに経験不足・能力不足で戦闘になったらただの弾避けにもならない状態だ。先日、10km行軍と射撃訓練を施したが、半分もいかないうちにほとんどが脱落し、50m先の標的にも殆ど弾が命中しない有り様である。車両は古ぼけたジープが4台で、そのうち車載機関銃があるのは1台のみ。武器は自動小銃、拳銃、RPG、手榴弾、迫撃砲、対戦車ミサイル、携帯式地対空ミサイルとある程度ものは揃ってはいるが、問題はそれをしっかりと使いこなせる兵士がいないことだ。
グリチェンコは幾度と無く司令部に正規軍の兵士による人員補充を要請したが、どこも状況は同じらしく、連絡する度に『余剰人員はいない』と言われるのだ。なにせ、新兵の教育係や会計課、広報課といった非戦闘職種の人員でさえ、状況次第で国境警備に回されているのだ。18歳以上である程度の基準以上の成績を出した男性はすぐに銃を持たされ、国境警備に送られた。徴兵検査の基準も日に日にいい加減となり、いざ、戦闘になっても、彼らがまともに戦えるかは甚だ疑問である。
「大佐、動きがあります。国境の先、北へ約10km行った所でグルジア軍部隊が動いているとの報告があります。どうやらこちらに向かってきているようです」
三等軍曹が報告にやって来た。
「何!?本当か!?規模は!?」
グリチェンコの顔が一瞬、引きつった。が、すぐに彼は懐疑的になった。果たして、グルジア軍が侵攻してくるほどの兵力をもっているのだろうか。
「不明ですが、かなりの規模との報告です。10個機甲大隊程度との報告があり、ヘリの上空援護もあるそうです」
「10個機甲大隊だと?グルジア軍にそんな規模の部隊は無いはずだぞ。通信兵はどこだ?私が直接聞こう」
『ええ、その通りです!早く司令部に報告して下さい!敵がもう目の前に迫っているんです!』
通信兵の少尉は無線機越しに流れてくる情報に懐疑的だった。
「グルジアにそんなに機甲部隊があるとは思えん。数は確かなのか!」
『間違いありません。ものすごい数の戦車と装甲車、それからヘリもいます・・・・あっ』
無線機から爆発音が響く。
「今のは何だ!何があった!」
少尉の顔に緊張が走った。
『砲弾が着弾して、兵舎と弾薬庫が破壊されました!それから、ヘリが・・・ヘリが・・・あっ!』
背後で轟音が響くのが聞こえる。
「今度は何だ!」
『戦闘機です!ミグなのか・・・スホーイなのかはわかりません。とにかく、早く援軍を送るよう中央司令部へ要請して下さい!空爆が始まりました!』
その声を最後に、無線がプツリと切れた。
「おい、どうしたんだ!?おい!おい!」
少尉が後ろを振り返ると、丁度、グリチェンコが通信室のドアを開けて入ってきたところだった。グリチェンコが見た通信兵の顔は死人のように顔面蒼白で、大佐は一瞬、たじろいだ。
「どうした少尉。何があった!」
「ぜ・・・・前哨基地との連絡が途絶えました。こ、攻撃されて全滅した模様です!」
「全員を戦闘配置に付かせろ。今すぐだ!それから少尉、君は今の通信内容を司令部に打電して、さらに無線で報告しろ!」
Su-24が6個編隊、グルジアからアルメニア国内のそれぞれの目標へ目掛けて飛行していた。対レーダーミサイルを満載している。この部隊の役割はアルメニア空軍の『目』を潰すことだった。
「レーダーに感有り!方位011、約30km!まっすぐこっちに向かってくる!IFF応答なし!敵だ!」
レーダー管制官は驚愕した。なんだっていきなり攻撃してくるんだ。確かにバラーノフとかいう為政者は何度もアルメニアとアゼルバイジャンを脅迫していた。だが、ここまでするとは!彼は慌てて高射ミサイル部隊への直通電話を取ったが間に合わなかった。
Su-24は一斉にKh-31を発射した。ミサイルはマッハ4.5の超高速で飛び、グルジアとの国境地帯にあるレーダーサイトの8割を破壊した。アルメニアに侵入してくる敵を見張る『目』のほとんどが潰された。これで、後続の航空部隊は心置きなく暴れまわることができる。しかも、アルメニア空軍にある戦闘機/攻撃機はMiG-25とSu-25を合わせて10機程度しか無いのだ。よって、次に狙われたのは、それが駐屯しているギュムリ航空基地だった。
ギュムリはTu-22M編隊の空爆を受けた。何の準備もできていなかった唯一の戦術戦闘機/攻撃機の基地は1機の飛行機も離陸させること無く壊滅してしまい、アルメニアの空の守りは攻撃前の4割程度の戦力に落ちてしまった。
翌日、グルジアから機甲師団や歩兵師団が国境を超えてアルメニア国内になだれ込んだ。準備不足でまともな兵力を持たないアルメニアはあっという間に蹂躙され、10日後には国土の7割が支配された。政府は首都から脱出し、山奥に設置した臨時政府で抵抗運動を指揮することになった。




