調査
アゼルバイジャン キュルミダル基地 4月18日 0943時
アゼルバイジャン政府は一連の攻撃がテロリストによるものなのか、それと他国の軍によるものなのかを判断しかねていた。おまけに次の攻撃の可能性もあると騒がれ、外国のビジネスマンや観光客は次々と引き上げていった。空港や港湾施設などの使用保険料は暴騰するのに反比例してマナトや株価は暴落し、経済は混乱していた。しかも、いくつかの保険会社がカザフのカスピ海沿岸地域を『戦争危険区域』に指定したため、経済危機に拍車をかけることになってしまった。おまけに軍の基地が被害を受けたことで、アゼルバイジャン軍の危機管理体制も疑われる事態になってしまった。そこで、政府はコントロール・リスクスという安全保障を専門とするイギリスのPMCに調査を依頼することになった。
アゼルバイジャン キュルミダル基地 4月18日 1004時
ジェームズ・マクダネルは被害の状況を見て唖然となった。彼はSAS出身で、MI6でも情報員として活躍した経歴があり、今ではリスク・サーチング&アナライズ社で調査員として働いている。近年では重武装化したPMCによる攻撃を恐れる中小国にリスク・コンサルタントをしたり、逆に味方になってくれるPMCを紹介したりすることが多くなっている。
「巡航ミサイルや対レーダーミサイルによる攻撃だな。ひどい有様だ。爆撃機は迎撃できなかったのですか?」
「どうやら、レーダーに突然現れて攻撃してきたそうです。恐らく、ステルス機によるものと結論が出ています」同行したイワン・ゼグレフ国防大臣が答えた。
「この辺でステルス機と言えばロシアのT-50しか考えられないですね」
「うむ。アメリカやNATOはこの辺にF-35やB-2等は派遣していないはずだ」
「当日のロシア軍の動きはどうでしたか?」
「特に無線交信が増加したという報告は受けていない。カスピ海の時もそうだった」
「カスピ海の時は無警告で撃ってきたんですよね?」
「そうだ。しかも、警備艇は間違いなく我が国の領海内にいたのだ。領空侵犯してきたのはあっちの方なのだ」
「飛行場が攻撃された当初、スクランブル発進はできなかったのですか?」
「戦闘機を飛ばそうとはした。しかし、離陸前に破壊されてしまった」
マクダネルは首を傾げた。ロシア軍が犯人でないとすれば、恐らくテロリストによるものであろう。近年では、過激派組織の重武装化が問題になっている。去年には、テロリストグループが地中海で潜水艦でタンカーや貨物船等を無差別に撃沈する事件があった。NATOが対潜哨戒機や潜水艦で大規模な作戦を展開して、2週間もかけてようやく鎮圧したのだった。その時、海上戦力を主体としたPMC"アトランティック・キラーシャーク社"の幹部が自分たちに任せてくれれば3、4日で解決できたと豪語してNATOの対応を批判した。
「今までの攻撃パターンは全て航空攻撃ですよね?」
「そうです。地上や海上からのゲリラ的攻撃は皆無です」
「ふむふむ。わかりました。力になれるかどうかはわかりませんが、解決策を考えてみましょう。明日の飛行機で一度帰ります。具体的なことが決まったら報告しておきます」
ゼグレフとマクダネルは乗ってきた車へと向かった。
「近頃は、こうした事態が特に中東やアフリカ、南米で増えました。自力で対処できる国もごく少数です。アメリカやロシア、イスラエルもかつてのような戦力を持ち合わせていません。小国の軍隊よりPMCやテロリストの方が戦力を持っている」
そうゼグレフは嘆いた。
「そして、軍隊や警察すら維持できずにPMCに安全保障を頼り切っている政府すらあります。実際、この目で何度も見てきました」
「そんなに酷いのですか?」
「ええ。先週、ハイチとコモロへ行きました。どちらも今まで防衛を担当していたフランス軍が撤退するのでPMCを紹介して欲しいと言われまして」
「なんとまあ」
「PMCはPMCで破綻した軍や警察を立て直して、そういった国を自立できるようにするプログラムを考えているそうなのですが、難しいそうです。それでは」
アゼルバイジャン軍のジープはマクダネルが乗ると、すぐに走り去った。




