美少女倶楽部
「ねぇ、カノジョ」
ある日、学校帰りの道の真ん中で声をかけられた。
今どき『カノジョ』だなんて、そう思ったけど、私はつい反応してしまった。だって、その後に続いた言葉が変だったから。
「カノジョ、くちびる売ってくれない?」
えっ? 振り向いてみると、相手は少しくたびれた中年のおじさん。私は無視することにした。
「なあ、お高くとまんなよ。カノジョ、女子高生だろ? くちびる買ってやるからさぁ」
私は一切知らん顔して足早におじさんから逃げ出した。わけが分からない。くちびるって、キスマークでも欲しいのかな。
気味が悪かったけど、でも、おかしな話。だから次の日学校に行って、友達の成美にこの事を話した。
「ねえ聞いてよ、昨日さ」
すると、
「ちょっ、愛子、声が大きいよ」
成美ったら、驚いて私の口を塞いだ。
「ど、どうしたの?」
「もう、もし先生に聞こえたらどうすんの」
成美はそう言うと辺りを伺い、安心したのか声のトーンを戻した。
「『くちびる』を売るなんて、バレたらまずいに決まってんじゃん」
「売るもなにも、そう声をかけられただけだって。よく意味分からなかったし」
「うん、正解だったよ。道ばたなんかで売ったら、後が大変だからね。やっぱちゃんとしたショップを通さないと」
「え、ごめん、よく意味が」
「だから、くちびるでしょ。今どき当たり前だよ。くちびる売るなんて」
さも当たり前のように腰に手を置いて成美は言う。
「ええと……」
私は自分のくちびるを指差して、
「キスマークとかじゃなくて?」
そしたら成美は私を馬鹿にしたように大笑いした。
「あはは、そっか、愛子は真面目だから知らなかったかもね。あのね、この頃じゃ女子高生が売るものっていったら、くちびるそのものだよ。制服や下着を売るよりいい稼ぎになるの。だからお金が欲しい子はみんなやってるよ」
私は呆然として成美の言葉を聞いていた。すぐ理解出来なかったのだ。確かに私は真面目な風かも知れないけど、でも、そんな話一度も聞いた事がなかった。
「くちびるを売るって、平気なの?」
「全然平気だよ。変なオヤジとつき合って小遣いもらうより楽だし。みんな結構やってるもん」
成美はそこでちょっと自分のくちびるを軽くつまみ、右から左へ横に引っ張った。
――べりべりべり。
「ほら、私もこれ。この前売ったんだ、15万だよ」
「わ、わわ……」
なんと、絆創膏をはがすような音と共に、成美のくちびるが取れた。
私は目を何度も瞬かせて、成美が手に持つくちびると、くちびるがあった顔の場所、少し凹んで上下の歯があらわになっている箇所を交互に見つめた。
「ちゃんとショップで売れば、こうやって代わりにダミーをつけてくれるのよ。ちょっと外したらグロいけど、まあ普段は外さないから平気だしね」
成美の説明は聞こえてたけど、もちろん私はそれどころじゃなかった。成美が手に持ったその、あの、くちびるの『ダミー』から、目が放せなかったからだ。一体いつから成美のくちびるはダミーだったんだろう。ちっとも気がつかなかった。そのダミーはとてもよく出来ていて、本物そっくりの質感というか、成美の引き締まったくちびるそのものだった。
「愛子も欲しい物あるでしょ? ハンドバッグ欲しいって言ってたじゃん。愛子だったら可愛いから、いい値段で売れると思うよ」
成美はそう言いながら、手にしたダミーをまた元あったところに戻した。そうして成美の顔についたくちびる、を見てても、それがダミーだなんて全然分からない。これだったら確かに問題無いかもしれない。
私は、かなり気持ちがぐらついた。成美が言うように、私はこの間見つけたハンドバッグが欲しい。だけどお小遣いじゃ全然足りない。でも、これなら私にも出来そうだ。
成美の話を聞いてると、とても簡単そうだし、誰もがやってるみたいで、別に私だけが特別な事をするわけじゃない。
だから学校帰り、私は成美に聞いたショップに行く事にした。
ショップは繁華街から外れた、雑居ビルの中にあった。階段で2階まで上がると、すぐにドアが見えた。
「……美少女倶楽部」
すごく怪しそう。でも、私は意を決してドアを開いた。
お店の中は、壁際に棚ばかりが並んでいる殺風景な部屋だった。私はゆっくりとお店の中に入って、棚に収められている物を眺めた。
どれも私と同じ歳くらいの子の写真が貼ってある小箱だった。この小箱にくちびるが入ってるのかな。
「いらっしゃい」
突然、背後から声をかけられて、びっくりする。振り返ると、お店の人らしい皺だらけのおじいさんが立っていた。
「お嬢さんは、何の御用かな?」
「あ、あの、売りたくて……」
おじいさんは、皺の中からもはっきり分かるくらいに、にこりと笑った。
「それはそれは。ま、こちらへどうぞ」
私は奥の小部屋へ案内された。そこはもっと殺風景な、机が一つだけの狭い部屋だった。
「その制服からすると、お嬢さんはS学園の生徒さんだね。人気のある学園だ」
そして、おじいさんは身振りで私に椅子に座るように言った。
「で、くちびるを売ってくれると」
「はい……」
「ふむ、じゃあ、16万円で買い取らせてもらうけど、それでいいかな?」
「は、はい」
予想してた金額より高くて、勢いよく返事が出た。
「じゃあ写真を撮らせてもらうよ。全身と、顔のアップを一枚づつ。それもいいかな?」
「はい」
「それじゃ、始めようか」
おじいさんは私を促して、もっと奥の部屋に向った。それは棚と壁の間の狭い隙間を通って行かなくちゃいけない、隠し部屋のようだった。
「ところで、お嬢さんは誰に聞いてここに来たのかな?」
奥の部屋へ向いながら、おじいさんがそう尋ねて来た。
「あの、友達から……」
「そうか、それは良かった。最近の子は簡単に道端で売っちまう。確かに裏で取引した方が値段は高いんだがね、うちみたいな良心的なショップでないと、衛生面や技術面で後始末が大変なんだよ」
「はぁ」
「たまに街角で売っちまった子が、ダミーだけを欲しがってうちの店にも来るんだ。本当に君は良かったよ」
奥の部屋には手術台の様なベッドが一つ。手前にはカーテンで仕切られた写真を撮る為のスペースが用意してある。明りがついていない暗い周囲を見回して、そこで初めて私は怖くなった。
「痛くはないよ。そんなに緊張しないで、心配はいらないから」
おじいさんが笑いながら私の腕を取ってベッドに誘う。私はベッドに横になって、それから…… 急に目の前が真っ暗になって、意識を失った。
そんな訳で、私のくちびるはダミーになった。くちびる一つで16万円。お陰で目当てのハンドバッグも手に入った。
最近では鼻や耳にも需要があるらしい。また欲しいものが出来たら、売ろうかな?
私は鼻を変えたいです。
でも、誰も買ってくれないだろうなあ(笑)




