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武者の怨霊

 晩飯は結局自宅で取る事になった常盤は屋敷を出て帰路についていた。家族にはメールで『食べて帰る』と連絡していたが、結局はやっぱり『家に帰って食べるから』と連絡し直す羽目になった。

 常盤が歩く道には他にも同年代と見受けられる人と、会社人が行き交っている。恐らく皆帰宅途中なのだろう。

「はぁ……何か色々と疲れたなぁ」

 溜息を吐きながら、常盤はメールを送信し終えた携帯電話で時刻を確認する。午後七時を少し回った所である。常盤家では大体七時に夕飯を食べ始めるので、下手をすると自分の食事が無い可能性もあったが、『食べて帰る』と連絡したのが六時半少し前であったのでその心配は無いと踏んでいる。自分の分も既に作られており、ラップを掛けられて冷蔵庫に保管されているだろうと予測している。

 常盤はこの日の収穫と言うものはあまりなかったと思っている。

 確かに、半霊から人間に戻れる可能性と言うのも示唆された。戻る術と言うのも掲示された。

 が、それだけ。それ等を知っただけであり、現状では実行に移されてもいないのだ、本格始動は明日からという事になっている。陰陽道の基礎的な指導は園崎がしてくれる手筈となっている。カガチで無い事に内心で安堵している常盤である。

 彼女はカガチが指導した場合は今日のように無茶振りを要求されるのではないか? と容易に想像がつくようになっている。いや、内容的にはあながち間違ってはいないのかもしれないが、段階をすっ飛ばしてしまっているのだ。今日のがいい例だ。

 なので、指導役に園崎が宣言された時はほっとしたのであった。

 園崎曰く、明日は結構体力を使う事になるそうなので、彼女に夜はきちんと休んで体調を整えて万全の態勢にするようにと言われている。

 常盤は今夜は――というよりも今夜もと言うべきであるが――夜更かしなぞせず、日付が変更される一時間前には就寝しようと思っている。実際に今日は部活もあって疲れが溜まっており、カガチの無茶振りで精神的にも疲労が蓄積されているので布団に入って目を閉じれば直ぐに夢の世界へと羽ばたける気がしている。

 自宅へと続く道を歩いていると、それは急に訪れた。

「っ!?」

 常盤は悪寒と言うものを首筋に感じ、反射的に前方に跳んでいた。

 跳ばなければ後悔していた事だろう。

 彼女が先程までいた場所。正確には首があった場所に刀が振り下ろされたのだから。

 それは明らかに斬首を目的として放たれた一撃であった。対象物を見失った刀はそのまま空を切り裂き、アスファルトで舗装された歩行者用道路に打ち付けられた。

 がきっ、という音がして、衝撃に耐えられなかったのか刀は折れた。

 常盤は刀を振り下ろされた場面を見てはいないが、振り返り、地面に折れた刀の刀身と折れた刀を持つ者を見た瞬間に把握した。

 折れた刀を持つ者は、剥がれかけた甲冑に身を包んでおり、頭には兜が被られて表情が見えないが怪しく光る紅い眼光が覗かせていた。

 常盤はその恰好に驚きはしたが、別の方面でも驚いている。いや、そちらの驚きの方が大きいだろう。

 なにせ、このように刀を持って甲冑を着込んだ輩がいると言うのに、周りを行く人は誰一人としてその輩に視線を向けないでいる。

 普通このような姿の人物がいれば注目の的になるだろう。

 仙原市には武将隊と言う市の催し物の時に現れるある種の御当地ヒーローがいるのだが、名前の通りに武将姿で甲冑を着込んでいる。が、それも目の前いる輩のようにぼろぼろの状態ではなく、きちんと整備された小奇麗な甲冑である。

 このような事を追記してはいるが、その武将隊と言う線も無いという事だ。武将隊がいればそれだけで人だかりが出来るのだから。

 では、目の前の人物は何なのか?

 常盤は瞬時に理解する。

(……怨霊っ!?)

 半霊となっている常盤には感じ取る事が出来ていた。目の前の輩から発せられる禍々しさと言うか、陰湿な感じの何かが滲み出ている事を。

 その感じを常盤は知っていた。昨日、蝙蝠の頭をした怨霊が常盤の血を吸った時にほのかに感じていたものと同質であったのだ。

 このような憶測から、常盤は目の前の輩――武者は怨霊だと理解した。よく目を凝らせば、武者の膝から爪先に掛けて徐々に色素が薄くなっていき、爪先に至ってはもう殆ど色が無くて向こう側が透けて見える程だった。

 冷や汗を流した常盤はそのまま前へと駆け出した。いきなり走り出したので周りにいた人は少し不思議に思っていたが、関係ないとして直ぐに意識から常盤を逸らした。

 常盤としては、カガチと園崎のいる屋敷へと向かう事にしたのだが、最短ルートの直線上に武者がいるので遠回りをしなければならなかった。流石に武者を掻い潜って最短ルートを行く勇気は無かった。

 また、車線を跨いだ先にある反対側の道路へも行く気は無い。車道には車が行き交っているのに加え、横断歩道が無い。少し先に行けばあるのだが、ボタン式の信号機が設置されているので、赤から青に変わるまで待っていると直ぐに切られると分かっているので使わない。信号や横断歩道を無視して車道を突っ切るのも駄目だ。もう辺りは暗く、外灯が点くようになっているので車側からの視界が悪くて常盤の姿を発見するのが遅れて撥ねてしまう可能性が高くなっているからだ。

 後ろを振り返る事をせず、息を荒くさせながら道をまっすぐ走り、近くに公園が見えるとそこへと入り込む。ここに入り込んだのには訳があり、この公園を横に突っ切れば別の最短ルートに出る事が出来るからだ。

 その公園は砂場や滑り台、鉄棒ジャングルジムがあるオーソドックスな公園であり、中央に外灯がぽつねんと設置されているだけで、あまり広くも無く、突っ切るのに全速力ならば十秒も掛からない。

 しかし、常盤は十秒経っても公園を抜け出せないでいた。

 いや、正確には抜け出せてはいるのだ。それもかれこれ六回は。

 だが、抜け出すと何故かまたこの公園に入り込んでいるのだ。このような現象を昨日も味わっていた。常盤が蝙蝠頭の怨霊から逃げていた河川敷においての事。その時も何度も河川敷から出ようとしていたが、何故か戻って来てしまっていたのだ。

 常盤は走っても無意味と悟り、立ち止まる。

 すると、ゆっくりとではあるが、武者が公園に入ってくるのを確認出来た。どうやらこの武者の怨霊は動きが遅いようであり、常盤を逃がさない為にこのような無限ループをさせていたのだろう。

 常盤は諦めた。逃げるのは諦めた。

 だが、生きる事までは諦めていなかった。

 常盤は鞄を放り投げ、首に嵌められたチョーカーを外す。

 瞳を紅色、髪を藤色に変化させ半霊の状態となった常盤。それはつまり戦って相手を倒そうとしている事と同義である。

 しかし、目の前の武者に勝つ事は無謀にも近い。

 なにせ、現在の彼女は半霊の状態でも人間だった時とさして変わらない身体能力しか持ち合わせていない。カガチを圧倒していた時の力はリミッターが外れていただけであり、コントロールは全くされていない。半霊の力をコントロールするには、それ相応の訓練が必要である。その訓練の基礎さえも身についていない常盤にとっては、負け戦も同然であった。

 それでも、常盤は何もせずに死ぬつもりは無かった。

 それに、基礎は学んでいないが、力のコントロールのイメージは教わった。

 流れ。

 要はそれが全てなのだと常盤は思っている。

 カガチが言っていた陰陽道の本質。流れをコントロールする事。何処にでも流れと言うものは存在している。水であっても、空気であっても、人であっても。

 陰陽道は陰と陽の流れをコントロールして均衡を保つ事に用いられ、均衡を保つ為の術は転用する事が可能。転用出来なければ、カガチは常盤に陰陽道の話をしなかったであろう。

 転用出来るからこそ、半霊という曖昧な状態の常盤を元の人間に戻す為にその存在を知らせ、教えようとしているのだ。陰――負の感情と陽――正の感情の均衡を保てるように、流れのコントロールが出来るようにならなければならない。

 現在の常盤に必要なのは陰陽のコントロールではなく、霊気のコントロール。霊気の流れを意識しなければこの境地を打破する事は不可能だ。

 練習する時間は無い。きちんと出来ているかどうか見てくれる人もいない。

 常盤はそれでも、自分が出来る限りでイメージをし、霊気の流れをコントロールするように心掛け、武者へと勇んでいく。

 霊気は靄のようなものだと常盤は知っている。それは蝙蝠頭や自身が血液の代わりに傷口から流していたのでその目で見ている。

 常盤は全力で武者へと距離を縮めると、体を低く屈め、右で握り拳を作ると、武者の顎目掛けて拳を振り抜く。

 拳を振り抜く際に、霊気の流れをイメージした。イメージは部分的――この場合は右腕に流れる霊気の量を増やすように集中させる事。常盤の予想としては、こうすれば腕力が上がるのではないかと言うものだ。

 しかし。

「……いったぁ」

 年相応の腕力しか持ち合わせていない常盤の打撃は無駄に終わった。

 武者は常盤の拳を右前腕部の籠手で防いだ。その籠手はまるで朽ちているように所々欠損させているが、それでも防具としての機能を果たしており、逆にその欠損部が常盤の拳に当たり、肉を裂いた。

 武者の籠手は常盤の拳一発では壊れはしなかった。

 カガチを圧倒した時の力さえ出せれば、武者の事は薄氷を割るよりも簡単に破壊する事が出来た筈だ。なので、ここで言えるのは常際は霊気のコントロールに失敗したという事だ。

 右の拳を引っ込め、ステップで横に移動して何時の間にやら左手で構えられて振り下ろされた刀を回避する常盤。卓球を行っている常盤にとっては前の移動よりも左右の移動に適した筋肉が形成されている。無意識のうちでは目の前に跳んでしまうが、意識を持って回避する分には、左右に跳ぶ事が出来る。

 ぎりぎりで回避は出来たが、武者は振り下ろした刀の刃を常盤が避けた方へ向け、一呼吸で薙ぐ。

 接近戦では常盤に分は無い。が、常盤には遠距離からの攻撃手段が無いので近距離戦しか選択肢は無かった。いや、本来ならば何かを投げる等の方法も取れたのだが、常盤はそうしなかった。理由はある意味での過信。カガチに現在の自分の力自体は相当強いと言われてしまっていたからだ。その力をコントロール出来ていないが、その言葉を受け取ってしまい、力さえ出せれば一発で倒せると踏んでしまったのだ。

 力さえ発揮出来れば、例え距離を取った状態で軽く小石を投げつけたとしても、接触箇所を貫通、余波によって破裂させる程の威力を備えていただろう。距離を取っていれば、例え自分が霊気をコントロール出来ていなかった場合でも距離がある分相手の攻撃を回避する事は容易であった。

 なので、常盤は近距離ではなく遠距離から攻撃を仕掛けるべきであった。

 常盤がそう思った時にはもう、既に遅い。

 薙がれた刀は常盤の背後から来るもので避けきる事は出来ず、常盤の体は上下に分断された。

「…………えっ?」

 一瞬、何が起きたのか把握出来ずにいた常盤だが、半瞬後に訪れた肉が引き千切られた激痛と感じられなくなった下半身の神経によって理解した。

 常盤は声を上げる事も出来ずに、上半身を無残に地面へと落下させた。下半身は膝を地についてから、前のめりになるようにしながら力無く倒れた。

 傷口からは分断された腸が覗く。切り口は綺麗なものではなく、刃こぼれを起こしていた刀であったので傷口はずたずたに引き裂かれたようになっていた。

 また、血液は流れ出ず、代わりに灰色の靄――常盤の霊気が辺りに広がっていく。

「…………っ、……っ」

 常盤は死にたくなるような激痛をその身に味わいながらも、手で地を掻き毟るようにして一旦武者から距離を取ろうとしている。射程範囲から外れれば、この体は自動で回復してくれるだろうと踏んでいる。異常なまでの回復能力が常盤には備わってしまったのだから。

 実際に、彼女が受けている激痛の数割は急速に再生されていく下半身の構築によるものだ。霊気のコントロールは出来ていないが、それでも回復能力は失っていない。

 怪我さえ治ればまだ助かる。そう常盤は思っていた。

 しかし、それさえも無慈悲に蹴り飛ばされる。

 武者は常盤の胸を踏みつけ、移動出来なくすると、両の手でしっかりと刀を掴み、彼女の右腕を前腕部のやや肘寄りの部分に向けて振り下ろし、切り落とす。

「……ぁ、あ」

 刃がこぼれている刀で無理矢理切り落とされた右腕の切り口を左手で押さえようと手を伸ばそうとするが、その時には既に左腕は肩に刃を食らい常盤から半歩離れた場所に転がっていた。

 左腕の感覚が無くなってしまった事は転がる左腕を見てから神経を伝わり、両腕と下半身を失った常盤はそれでも時間を稼ごうともがくが、武者に踏まれたままでは転がる事さえも許されていない。

 諦めてはいない。が、どうしようもなく無力な自分の様に涙が溢れてくる。ここまで圧倒的にやられるとは思わなかった。いや、思おうとさえしなかった。過信し過ぎたが故の結末。常盤はもう直ぐ自分が死んでしまう事に恐怖し、何も出来ないまま殺される自分に憤りを覚え、目を細め、両の眼から一筋ずつの涙を流す。

 武者は達磨のようになった無様な姿と化した常盤を見据えると、刀を頭上に振り被り、一思いに振り下ろす。

 振り下ろした先には常盤の首があった。

 刀はまるで吸い込まれるかのようにして常盤の首に減り込み、鋸で切られたかのような無残な切り口を残して、彼女の首は撥ねられた。

 上半身の感覚も潰えた彼女は、酸素を求める金魚のように口を何度も開閉させる。瞳はくすんだ宝石のように輝きを失っていく。

 そして、常盤は意識を失った。



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