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常人にはついていけない展開

 水元区。

 常盤の住居が存在している仙原市にある区のうちの一つ。二十数年前までは市として存在していた水元区だが、人口の変化、大企業によるニュータウン開発、公共交通機関の整備が重なり、隣市であった仙原市に編入合併されたのだ。

 その水元区のニュータウン――水元パークタウンは開発されてから三十年余りが経過しているが、木々が生い茂る自然と人工的な街が調和を保っており、それに加えて住居地区、工業団地、スポーツ施設、大規模商業地区、大学等が一つに纏められた一つの都市のような景観は当時から現在に至るまで街並みの変化が殆ど見られないのが特徴である。

 都市景観が変わらない理由の一つに、それを損なわないように新規のコンビニや商店の進出、アパートの新築があまり出来ないというのがある。建てるとしても、老朽化が進んだ建物の跡地に建てるくらいであり、森を切り開いて建てるような事をしないのが特徴である。

 パークタウンの中央部。住宅地区の最東端。そこに一つの古めかしい屋敷が建っている。今となっては珍しい、煙突のついた洋風二階建ての小さ目な屋敷。そこには一人の老人が住んでいたのだが、十年前に病を患ってしまい他界。それ以降家主を亡くした屋敷は無人となってしまっている。

 老人は結婚をしておらず、また親族というのもいなかった。彼は天涯孤独であった。そんな彼は銀行に勤めていた。退職後、毎日庭に植えられた林檎の木の手入れをしたり、本を読んだり、散歩をしたりして老後を過ごしていた。

 本来なら老人の遺品を廃棄し、空き家として売却する手筈となっていた。

 しかし、売却される事なく老人の屋敷は生活していた当時のまま保管されている。いや、保管と言うよりは放置に近い。庭の芝は管理業者が定期的に刈り取っているが、屋敷内にはここ十年全く手を付けていないのだから。

 売却されなくなった過程としては、ニュータウン開発に着手していた大企業がこの屋敷を買い取ったからだ。歴史的価値があるという訳でも無く、住んでいた老人が大企業と繋がりを持っていた訳でも無い。どうして買い取ったのかは現在でも謎だが、今となっては当時の事を知る人でもあまり気にならなくなっていた。

 そんな無人の屋敷の煙突から一筋の煙が上がっている。それはつまり、この屋敷が無人ではなくなっている事を意味している。夏であるのに暖炉に火をくべるとは珍しいものだが、現在の天気が雨である事で、どんより雲と煙がほぼ同化して見えているので気に掛ける住民はあまりいなかった。

 さて、屋敷内。暖炉のある広めの居間にて。

「………………(がたがたがたがた)」

 少年がガチで震えていた。顔を青くし、奥歯を鳴らし、携帯電話のバイブレーションすらも超える速度で。

 だぼだぼのジャージを装着している彼は更に夏であるのにフリースのフード付きベストをジャージの上に羽織り、毛布に包まり、毛糸のニット帽とマフラー、それに手袋と靴下を装備した完全真冬装備で揺らめく優しい光を放つ炎を仕舞い込んだ暖炉の前に陣取っていた。

「えっと、ミルクココアです」

 そんな少年の下僕となっていた常盤は結構前から衣類を着ていた。そしてマグカップに入った作り立ての熱々のミルクココアを少年に差し出す。因みに砂糖が大匙四杯は入っており、毎日寝起きと就寝前に飲んでいれば体重は右肩上がりで増えていくだろうと思われるくらいのカロリー量である。

 少年は素早い身のこなしで差し出されたミルクココアを掴み、一気飲みをする。入れたてなのでまだ熱いのだが、少年は口内火傷の心配を全くしていないのか失念したとしか思えない程に焦りながら飲み干した。

「もう一杯」

 そして空のマグカップを常盤に戻してお代わりを催促するのだった。常盤はマグカップを受け取ると台所に戻ってミルクココアを作りに行った。これで五度目である。

「くそ、迂闊だった。霊気の最大値が減ると雨に打たれ続けただけでこれ程までに身体が冷えるとは……。これだから変温動物は辛いんだ……」

 暖炉を前に一人呟く少年。

「おーおー、蛇ってもんは難儀だなかがっちー」

 先程常盤を襲おうとしていた女性は目を覚ましており、ロッキングチェアに座って優雅に紅茶を飲んでいたりする。ジャージ姿なので優雅な仕草でも何処かみすぼらしく見えてしまっているが。

 この女性が口にした通り、この少年の名前はかがっちーと言う。嘘である。かがっちーは女性が付けた渾名で、本名はカガチである。ぶるぶると震えながら常盤にそう自己紹介していた。とあるカードを見せながら。

 そのカードは社員証であり、まだ青年であった頃の顔写真が貼り付けられていたそれにはこう書かれていた。


『株式会社SHINI−GAMI

 死神部

 怨霊討伐課

 前衛担当

 カガチ(種族:蛇)         』


 もう突っ込み所満載だが、常盤は突っ込まなかった。

 何せ、もう色々と非現実な事象を目撃、体験してしまったのだから。今更この少年――カガチがSHINI−GAMIという会社の社員で死神という事ではなんら驚かなくなっていたからだ。

 そして紅茶を飲む女性の名前は園崎蓮華と言う。カガチの下僕その一、だそうだ。なんでも一年程前にカガチに助けられて、そのまま下僕への道を突き進んだとか何とか。

 そして彼曰く『欲に忠実な人間』だとか。

「ちっ……」

 四杯も熱々のミルクココアを飲み、それでいて真冬装備で暖炉の火に当たっているのに何故か震えが止まらない自身の身体に対してカガチは舌打ちをする。

「僕が温めてあげようか?」

 園崎はそう言うと紅茶の入ったティーカップを置き、ロッキングチェアから立ち上がるとカガチの背後に回り込み、腕を回してぎゅっと抱き着いた。かなりの密着具合で胸が潰される程に押し付けられ、肩に顎を載せているので吐く息が耳を撫でる。ある種どきどきものの行為で男ならば一度は体験してみたいシチュエーションであった。

「ウザい」

 そんな行為をカガチはいとも容易く切って捨てた。具体的には、園崎の両目に左の人差し指と中指を突き立てたのだった。所謂目潰しだった。それはもうさくっといった。容赦の無い一撃であった。

「のぼぁっ!? 目が! 目がぁぁああああああっ!」

 咄嗟に手を離し、痛みの走る自分の両目を押さえつけて涙を流す園崎。

「あれ程俺に密着するなと言っているのが分からないのかこの女は」

 じと目でのたうち回る園崎を睥睨してカガチは更に追い打ちを掛ける。正確に言えば、踏みつけまくっている。足裏で連弾しているのだ。雨霰の如く。力加減なぞせずにがすがすと。

「いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた! 腹蹴るな腰蹴るな太腿蹴るな脛蹴るな肘蹴るな腕蹴るな! 貴様は何故人の厚意を無碍にする!?」

 涙目で訴えてくる園崎。このように女性が涙目で訴えてくれば大抵の人ならば動きを止めたり罪悪感を覚えたりするのだろうが、しかしカガチはスタンピングを止めるが怯まなかった。

「厚意とか言って、さっきの厚意を向けた行為は自分の性的な欲求を満たす為のものだろ? その証拠に、お前の手が毛布の内側に入ってジャージの下にある俺の腹を触っていたぞ。というか撫でていたり弄っていたぞ」

 その一言に園崎は。

「……さぁ、何の事やら?」

 明後日の方角を凝視し、吹けない口笛を吹こうと口をすぼめて肺から空気を排出し、眼を泳がせるのであった。確実にしらばっくれている様子であった。

「…………」

 そんな園崎にカガチは目を細めてスタンピングを再開する。

「いたたたたたたたたたたたたたたたた御免なさいその通りですかがっちーに抱き着いたのは僕の性的欲求不満を満たす為にした行いでありますのでそれを正直に認めたから踏むのやめてお願いだから!」

「お、何か身体が温まってきたな。運動する事で体内で熱が生まれたのか」

「それはよかったねと言っておくけどマジで踏むのやめてというか踏む速度を上げるのやめて痣出来ちゃうから!」

「何だよ、お前を踏みつけるのは俺の身体を温めるのにおいて重要な行為なんだぞ。それをやめさせようとは、下僕の癖に生意気だな」

「僕への被害を考慮した上でやりやがって下さいと言うかやるな!」

「お前は俺の身体を温めると言っていただろう」

「それは僕の身体を当てて僕の熱を伝達させてかがっちーの体温を上げようとしてたんだよ性的欲求満たすついでにって本当に痛いから! いい加減やめろやコラァ!」

 園崎はカガチの足を掴むと思いっ切り引いてカガチを転倒させる。そしてマウントポジションを取る。形勢は逆転された。園崎の目には狂気の色が顕わになっている。

「そんなに自分の身体を振動させて温めたいんならこうしてやらぁ!」

 カガチの身体を包んでいる毛布を引っぺ剥し、ジャージの内へと両手をインして敏感な神経が通っている脇の下をくすぐる。

「くっ、この、やめ、っ!」

 どうやら効果があったらしい。笑いを堪えながらカガチは逃れようとするが、如何せん力が入らない。また、くすぐられた御蔭か顔が段々と赤くなっていき、息が荒くなっていく。

「はぁ、はっ、はっ……」

 そんなカガチの様子に園崎は。

「ぶふぉっ! やば、キタコレ!」

 鼻血を流していた。というか噴射していた。それはもう景気よく。休火山が永い眠りから覚めて天まで昇るが如く噴火したかのように。

「生意気なショタが息を荒げて赤面してる姿って萌える! というかこれだけで夜のオカズに出来るよ! とろんとした瞳! 喘ぐ声! 汗をかいた額! 抵抗しようともがく仕草! あぁ! 全てが愛おしぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!!!!!!」

 欲情した目でカガチの全身を舐め回すように眺めて唇の両端を悪魔のそれと同じように釣り上げてシャウトする園崎。もう色々と終わっている気がする。真人間的に

「……これは、もうベッドインですな」

 一瞬だけ真顔になり、じゅるり、と口から流れ出た唾液を豪快に手の甲で拭き取るとくすぐっていた手を退け、息を荒げるカガチを小脇に抱えて居間から出て行こうとする。行く先は寝室。そこでカガチを縛り付けてお子様が見るのはまだ早いR18指定のレーベルが貼られる園崎の持てる欲情の全てを解放する為に。

「We are going the heaven on earth!」

 欲情で目を光らせ、奇声を上げながら出て行こうとする園崎。

「ふんっ!」

 そんな変態にくすぐりから解放されたカガチは左の指を一ヶ所に集中させ、渾身の力を持って園崎の鳩尾に打ち込んだ。毛糸の手袋をしていたとは言え、それが緩衝材として働く事も無く見事にクリティカルヒットした。

「っが……」

 園部は呼吸が出来なくなり、カガチを解放して自身の腹を押さえ込んで蹲る。

「礼を言っておく。お前の御蔭で身体に熱が大分戻った」

「そ、それは、よう、ござん、した、マイ、ショタ、ロード……」

 蹲りながらも、右の親指を真っ直ぐ点に突き立てる園崎。息も絶え絶えである。先程のカガチと別の意味で。

「さて、そんなお前には俺から褒美を与えよう」

「な、何かな?」

 しかし、そう言うカガチの両手は何も握られていない。一体全体園崎に何を与えようと言うのか。

「あの」

 と、ここでミルクココアを作っていた常盤が居間に戻ってきた。

「何か叫んでいて恥ずかしくないのかなっていうくらいのハイテンションな奇声が聞こえてきたんだけど、何かあったの?」

 どうやら先程のやりとりの全容を把握し切れていないようだった。何せ、居間と台所は扉で隔てられていたのだから。この屋敷はLDKのうちDとKは一緒のスペースに存在しているのだがKは独立して存在しているのだ。なので先程の放送コードに引っ掛かりそうなやりとりは分かっていないでいる。声が大きかったので聞こえてはいたが何を言っているのかまでは聞き取れなかった次第である。

「あぁ、何かあった」

 それよりも、とカガチは常盤が盆に載せているマグカップを指差す。

「ココアを寄越せ」

「あ、はい」

 取り敢えず、言われるがままにマグカップをカガチに渡す常盤。因みに中身は出来立てで湯気が絶賛立ち上がっている程に熱かったりする。

「ほら、褒美だ。有り難く受け取れこの下僕が」

 そう言ってカガチはマグカップを傾けて中身の出来立て熱々ミルクココアを園崎の後頭部にゆっくりと掛けるのであった。

「おわっちゃぁぁあああああああああああああっ!? 熱い熱い熱い熱い熱い熱ぅぅうううううううううううううううううううい!」

 熱い液体が後頭部を刺激した結果、急速に肺に空気が入り込み、そして急速に排出されたのであった。そしてあまりの熱さに跳び上がって後頭部を激しく掻き始める。

「てめぇ何すんじゃコラァ!」

 ギロリと睨んで園崎はカガチの額に頭突きをかます。が、それは容易く回避されてしまう。

「何って、褒美のココアをお前の後頭部に零しただけだが?」

 しれっと言うカガチは全く悪びれていなかった。

「よい子が熱々のココアを人の後頭部に零しちゃいけません!」

「俺は別によい子ではないがなぁ」

「このっ、屁理屈を……っ!」

 ぎりぎりと奥歯を噛み締めて歯軋りを鳴らす園崎の目は血走っていた。

「それよりも、お前は床に零したココアを飲め。と言うか舐め取れ」

「はぁ!? 何で僕がそんな事しなきゃいけないのよ!?」

 園崎はもう激昂した。そりゃもうこの場では完全な被害者としての立場を確立した身としては、床に広がる液体を犬のように舐めるような恥辱は味わいたくなぞ無いのだ。それが普通。それが一般的な感性だ。園崎はそう言った斜め上方向にずれているプレイはしたくないのだ。

 穴が開くのではないかというくらいに強烈な眼力でカガチを睨みつける園崎。そんな園崎に怯みもせずにカガチはこう言ってのけた。

「これはこの下僕その二が折角入れたココアだぞ? それをお前は飲む事なく雑巾で拭いて片付けようとでも言うつもりか?」

「舐め取らせていただきます」

 今の言葉の何処に説得力があったのか分からないが、園崎は真顔になって床に滴るココアを舐め始めたのであった。

「……何なの、これ?」

 常盤は顔を引き攣らせて目の前で起きている異常な光景に戦慄するしかなかった。




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