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他人の不幸と、自分の不幸

 日が沈むにはまだ時間がある。日の色も未だに赤く染まっていない光が辺りを柔らかく照らしている。

 木々が生い茂り、木陰を作る森の中で一所だけ開けた場所が存在していた。

 そこの中央には人が二人でぎりぎり手を繋いで囲める程に幹の太い樹木が聳え立っており、周りの木々はまるで敬意を表しているかのように間隔を空けていた。

 ただ、一つの木を除いて。

 その木は中央に聳える樹木に巻き付きながら成長し、美しい花を咲かしている。

 木が巻き付かれた太い樹木の同様に太い枝に背を預けて横になっている青年が一人。それと、青年の真横で腰を下ろして横になる青年を見詰めている少女が一人いる。

「…………」

「……何だよ? 人様の顔をじろじろ見て」

「どうして貴方は毎日ここに来るのか、と思ってな。答えてくれると嬉しい」

 少女は年相応とは思えない少し尊大な口調で青年に問う。

「ここは寝るのに最適な場所なんだよ。だからここに来てんの」

 青年は眉根を寄せながら渋々と言った感じに答える。

「……変な人だな」

「別にいいだろが」

 溜息を吐く青年の様子に、少女は頬を綻ばせる。

「それもそうだな」

「……えらく簡単に納得すんだな」

「何だ? 嘘なのか?」

「いや、嘘じゃねぇし」

 手を眼前で左右に振る青年。

「と言うか、そう言うお前はどうなんだよ?」

「どう、とは?」

 小首を傾げる少女に青年は顔を向けて更に尋ねる。

「お前が何時もここにいる訳だよ?」

「あぁ。単に好きでここにいるだけだよ」

「そっか」

 少女の返答に青年は深く追求する事も無く、視線を少女から外す。

 暫く、青年と少女の声が途切れる。その間、青年は目を閉じて木漏れ日から射す光を瞼の裏側から感じ取りながら日の温かさを堪能し、少女はそんな青年の頭を優しく撫でて目じりを下げる。

 この瞬間こそが、少女にとっての至福の時であった。



「……きわ。常盤。こら、常盤起きろ」

 ぱしんと常盤の後頭部に軽めの平手打ちが見舞われた。

「はへっ?」

 常盤は反射的に目を覚ましたが、瞬間的に体を起こすのではなく、緩慢な動作で上体を起こしていった。

「……あれ? 夢?」

「そうだな。今お前が見ていたのは十中八九夢だろうな」

寝惚け眼を擦る常盤の横でこめかみを引くつかせた男性教諭が右手を振り上げる。そう、現在は絶賛授業の真っ只中だ。因みに科目は数学1である。

「なんならもう一回俺の平手でも食らっとくか?」

 凄味を効かせた言葉だが、半分寝惚けている常盤は真面な反応が返せないでいた。

「先生。生徒虐待でPTAで訴えられますよ? もしくはセクハラで警察沙汰になりますよ?」

「……平手じゃなくて拳の方が好みか? あぁ?」

「済みませんでした。本気で握り拳を作らないで下さい。寝ていた私が悪うございましたので、どうか拳をお仕舞い下さいませ」

 手にした教科書では叩こうとはせず、明らかにこちらで攻撃するのだろうと見受けられる硬く握られていく拳を見て瞬間的に覚醒した常盤は机に額を擦り付けながら自分の非を認め、謝罪をした。

「ったく、文化祭の準備が忙しいのは分かるが、だからと言って授業中に居眠りするな」

 男性教諭が常盤を軽く睨みながら嘆息する。

 現在は十月下旬。もう直ぐこの高校で文化祭が開催される。十一月の頭という文化祭としては遅い時期であるが、生徒、教師共々特に気にしていない。

 常盤が半霊となって早二ヶ月。未だに半霊のままで、首にはチョーカーは嵌められていないが、代わりに包帯が巻かれている。また、霊気の流れのコントロールも出来ないでいる。

 因みに、この包帯はチョーカーは校則違反になると生徒手帳を見て知った常盤(正確には、夏休みの部活中に先輩の一人に言われた事を切っ掛けに)はカガチに頼んでチョーカーと同様の機能を持った包帯を用意して貰い、それを首に巻いて「夏休み中に洒落にならない怪我をした」と周囲を誤魔化している。

(もう二ヶ月かぁ。長かったような、短かったような。って結局どっちだ?)

 ある意味で怒涛の二ヶ月であったのは間違いない。いや、怒涛であったのは最初の二日だけであったか。最初の二日で怨霊二体に遭遇し、死にかけた。その後から今日まで怨霊に出くわさず、カガチと園崎が住まう屋敷へほぼ毎日通い霊気の流れのコントロールの練習を行っているのだが、如何せん上達していない。

 カガチと園崎の両名は回路の変更を教えられないでいるが、この二ヶ月で怨霊の種類や陰陽道の基礎となる部分を口頭で伝える事は出来ている。また、実を言えばこの二人に限って言えば有意義な二ヶ月であったと言える。

 なにせ、家事の殆どを常盤に任せているのだから。

 カガチと園崎。二人の生活はあまり健康的ではなかった。主に食事面で。

 食事は菓子が中心となっており、『鶴屋』で購入した和菓子や『鯛太郎』の鯛焼き、駄菓子屋で売っている十円で買える棒状のスナック菓子、コンビニやスーパーで大量にせしめた御特用で特売のポテトチップスや煎餅、業務用のチョコレート、ゲテモノ……もとい物珍しい菓子等だったのだ。野菜はおろか肉や魚すらも摂取していなかったのだ。せめてもの救いは飲料には甘味料の入った炭酸水を全く摂取していなかった事ぐらいだろう。飲料に関しては主に茶と牛乳であり、茶はペットボトル飲料ではなく、わざわざ茶葉から抽出して飲んでいる。

これはあまりにも栄養が偏ってしまっている。常盤が二人に訊いた所、約一年前からこのような食生活をしていたそうだ。これでよく糖尿病やらの生活習慣病に掛からなかったなと半分呆れ気味に脱力をした。

 そんな二人の食生活を正す為に常盤は毎日の食事を作っている。夏休み期間(部活の日を除く)と休日に関して言えば朝六時前に屋敷を訪れ朝食を作る。庭の物置で埃を被って放置されていた七輪(現在はピカピカに磨き上げられている。園崎の手によって。常盤命令)で魚を焼いたり、鰹節を削って出汁を取り味噌汁を作ったり、炊飯ジャーが無いので代わりに庭の物置に眠っていた飯盒で白米を炊いたりしている。

 朝食だけでなく、昼食、夕食も作っている。平日は学校が終わってから来るので夕食から作り始め、夕食を食べ終えてから次の日の朝食と昼食を作り置きしておく。因みに食材はカガチと園崎に買わせておいている。時たま常盤が買い出しをする時もあるが、そう言った場合は新たな料理を試してみようという時で、失敗してもカガチと園崎の財布に負担を掛けさせないようにという配慮からだ。

 常盤の食事は屋敷在住の面々には好評であり、残さず食している。カガチは物凄い速さで噛まずに丸呑み。園崎は目を輝かせたりハートマークにしたりしながら箸を進める。

 因みに、カガチと園崎は料理が全く出来ない部類の人種(一人は蛇だが)であり、する気もさらさらなかった。それと二人して甘いものが大好物であったのが影響して菓子中心の食事となっていたようだ。

 そして常盤は月日が流れるにつれて食事だけでなく掃除洗濯等も行うようになった。これ等は霊気のコントロールが出来ない事への腹癒せ、ないしは気分転換として始めてしまった事なのだが、現在ではそんな事は関係なく習慣となってしまっている。

 恐らく、屋敷から常盤の存在が無くなってしまったら生活崩壊が起きてしまうだろう。

 とまぁ、そんな事は置いておいて。

 先程見ていた夢。夢にしては鮮明に思い出せる事に疑問を覚える常盤。まるで以前にあった出来事のような感じがした。自分でない誰かに置き換わる夢出たのに、だ。

(……もしかしたら、転生前の記憶、とか?)

 カガチの話から成仏すれば死神になる以外では転生をするという事を訊いている。更に、転生では生前の知識を無意識下で覚えているそうで、それによって躊躇いが生まれるそうだ。なので、もしかしたら先程の夢は前世の記憶なのかもしれないと思う常盤であるが。

(…………非科学的なんだよねぇ)

 非科学に染まってしまってきていると嘆息を漏らす。自身の存在も充分非科学的なのだが、普通に生きたいと言う願望が強い所為か如何せん認め切れていないと言うか割り切れていない節が見受けられる。

「他の奴もだぞ。って言ってる傍から……」

 と常盤が自身の胸の内に浮かんでしまった考えに愁いを醸し出していると男性教諭はクラスの全生徒に告げると同時に溜息を吐く。男性教諭は常盤の席から離れ、隣の列へと移行する。

「こら鏑木。お前も寝るな」

「っう……」

 男性教諭に後頭部を手にした教科書で軽く叩かれ、押さえる机に伏していた男子生徒――鏑木隼人。右目に眼帯をしており、それを隠すように右前髪を垂らしている。儚げな感じを醸し出す顔の造形をしているのだが、顔の病的な青白さがそれを助長させる。

「……済みません、先生」

 とても弱々しい声音で鏑木が男性教諭にそれだけ伝えると、よろよろと立ち上がり、口元を押さえて教室から出て行く。

 その様子にクラスにいる全員は何も言わない。いや、むしろ言えなかったのだ。

「あ……そうだったな」

 男性教諭はバツが悪そうな顔で鏑木が出て行った扉を眺め、授業を再開させる。

 鏑木が机に伏していたのは眠気に襲われたからではなく、吐き気を催したからだ。彼は吐き気を覚えやすい体質となってしまったのだ。四月――つまり入学したての頃はそのような体質ではなかった。また、肌の色も血の気があり、眼帯をしてはいなかった。

 体質が変わってしまう事件は夏休みに入る前の七月上旬に起きた。

 その日、鏑木はクラスの同級生と一緒に高校近くのコンビニに訪れており、週刊の漫画雑誌を立ち読みしていた。隣で同じ雑誌を読んで掲載している作品の各個に今後の展開の予想や突っ込みを入れていた。至って普通の光景であった。

 それも直ぐに普通とは懸け離れた光景へと変化した。

 駐車場に止まっていた軽自動車が急にバックで店に突っ込んだのだ。自動車はコンビニのガラスを割り、雑誌棚を店内に押し遣り、丁度そこにいた鏑木を巻き込んで奥までバックした。店内は騒然とした。商品棚はものの見事に拉げ、商品は床に散らばる。

 そして、車に押された鏑木は頭をガラス戸に強く打ちつけて突き破り、右目を含む体の数ヶ所にガラスが突き刺さり、肩の骨が折れる等の重傷を負い、運よくガラス片による切り傷だけの軽傷で済んでいた同級生が即座に救急車を呼んだ。この時、他にも怪我人はいたのだが、鏑木以外は全員病院で軽い治療を受ける程度の軽傷だった。

 このような事件が起こした者に悪意はなかった。単なる事故であった。その者は疲れており、更に乗っていた軽自動車がAT車であったのが災いしてしまった。コンビニで買い物を終え、車に乗ってエンジンキーを差し込み、エンジンを掛けるに際にブレーキではなくアクセルを強く踏みながらしてしまっていたのだ。

 本来ならば前進する筈も後退する筈もない軽自動車はギアがPではなくRにして止められていたので後方へと急発進してしまい、コンビニに衝突。そのまま店内の奥へと速度を緩めずに突き進んでしまった。

 ハンドブレーキは本人はきっちりと掛けていた筈だと思い込んでおり、その時には不幸にもハンドブレーキは完全に上げた状態ではなく、少しだけ上がった状態であった。つまりは、ハンドブレーキは掛かっていなかった。

 AT車に限らず、日本の乗用車は片方の足だけでアクセルとブレーキを操るように教えられている。これはMT車にはクラッチが存在しており、そちらをアクセルとブレーキとは別の足で操作するのでMT車を運転する者がAT車を運転しても混乱を招かないようにとの配慮だ。実際にMT車でクラッチがある部分にAT車では足置き場が存在する。

 この片足だけでアクセルとブレーキを操るのが際物で、教習所では足の基本位置はブレーキと教えられる。これは鏑木が体験したような事故を防止する為に教えているのだが、それでもブレーキと間違えてアクセルを踏んで急発進してしまうと言う事故は起きてしまう。疲労が溜まってしまった者、年を取った者が多く間違えてしまうケースがある。

MT車ならばクラッチを踏んでその後踏む力を緩めて半分だけ元の状態へと戻さなければアクセルは掛からないのでそのような事故が起こる確率はAT車よりも低い。

もし、AT車がアクセルとブレーキを別々の足で操作するのであれば、このような事故が起こる確率は少なくなるかもしれないが難しい話でもある。別にMT車に乗る者がAT車に乗っても混乱しないように片足操作を強要しているのではないのだから。

 AT車とは本来障害者向けに作られた物なのだ。例え先天的や後天的にしろ片足を失くしてしまった者でも楽に運転出来るようにクラッチを取っ払っているのだ。だが、アクセルを踏むだけで前進するというあまりにも簡単に運転が出来るので普及していった。その簡単さ故の片足操作によって生まれてしまった事故であった。

 そのような事故に遭ってから三ヶ月経った十月の上旬まで鏑木は入院をしていた。入院をしている間にも常盤を含めた同級生や担任教師が見舞いに訪れた。その際に鏑木の容体を見知った。

 鏑木は食べ物を殆ど食べられなくなっていた。いや、食べられる事は食べられるのだが、直ぐに吐いてしまうのだ。どうやら消化器系と脳に少々異常をきたしてしまったらしく、何も食べていない状態でも軽度であるが吐き気を覚えるようになってしまったのだ。唯一食べられるのは生の林檎だけであり、それ以外は拒絶するかのように吐いてしまう。飲み物に関しては只の水さえも駄目であった。なので、鏑木は点滴によって生命を維持していたと言っても過言ではない状態だった。

 退院する頃には生の林檎以外にも幾らかの食べ物を食べられるまでに症状は回復した。それでも食べられない者の方が圧倒的に多く、栄養不足感は否めず、多い量も食べられないでいる。通学出来る程に傷の癒えた鏑木は平静を装っているのだが、それでも辛いらしい。それはクラスメイトから見ても分かる有様であり、無理してこなくてもいいと彼の為を想って進言した生徒もいる。

 幸いにも、この常盤のクラスでは鏑木の事を厄介者にする輩は存在しなかった。もしそのような生徒がいるとしたら、鏑木は精神的にも病み、吐き気を今以上に催してしまっていただろう。

 無理をするなと言われても、鏑木はきちんと登校している。あくまで吐き気だけで体力的には問題ないそうだ。彼の意思を完全に汲み取る事は出来ないが、それでも彼の意思を尊重しようとクラスメイトは鏑木に対してあからさまな心配をしなくなった。このクラスの授業を受け持つ教師には担任教師が事情を話しているので授業中急に席を立っても怒られる事はない。

「……済みませんでした」

 授業も終わりに差し掛かった所で教室の後方のドアが開き、少しだけ顔色がよくなった(あくまで表情の話。実際の顔色は青白さを増していた)鏑木が男性教諭に頭を下げて自分の席へと戻っていく。

「いや、俺の方も悪かったな。もし気分がまだ優れないんだったら保健室に行って来いよ」

「はい」

 済まなそうに頭を掻きながら目を伏せる男性教諭に鏑木は緩く頷く。

(……まぁ、大変なのは私だけじゃないんだよね)

 授業終了のチャイムが鳴るのを耳で聞きながら、常盤は自分の身に降りかかった異常と鏑木の身に降りかかった異常はどちらがマシなのだろうかと考え、そのような考えをしてしまった自分を内心で激しく責めた。

(……人の不幸と比べて、自分の身に降りかかった不幸の度合いを測ろうとしたり、少しでも自分の気持ちを楽にしようとするなんて……駄目だな、私)

 溜息を吐き、常盤は教科書を鞄の中へと仕舞う。




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