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第二幕  『説明するのは面倒だから、第一村人に任せよう』

今回はカーク視点です。

『幸せな日々を送っていた人々の前に、魔王は突然現れました。魔王は強くて恐ろしくて、人々をとても苦しめました。

王様は、強くて優しい若者を勇者に選びます。

しかし、魔王を倒すためには長い長い冒険をしなければなりません。

疲れ果てている勇者が湖で休んでいると、勇者の前にとても美しい銀色の髪の女の子が現れました。

“エルフ”という特別な力を持った女の子は、勇者と一緒に魔王を倒すことを約束しました。

エルフの助けを得た勇者は、多くの危機を乗り越え、冒険を成し遂げることができました。

勇者は魔王を倒し、それを見届けたエルフは自分の世界に帰りました。

そして、人々は再び平和で豊かな毎日を過ごせるようになったのです。

めでたし、めでたし。』


セシアーヌの民ならば知らない者などいない伝説。

1000年前に世界の終わりを食い止めた勇者とエルフの話だ。寿命が長いことで知られるドワーフ族の最長老がさらに5倍は長生きでもしないと生き証人になれないくらい大昔の話だが、各地に伝わる遺跡や言い伝えが伝説を裏付けている。


「“使者”の前にも現れてくれるといいんだがな」


立ち止まり、荒い息の中で自嘲気味に漏らした台詞はどこにも跳ね返らずに暗い森へ吸い込まれていった。

ここは『聖禁森』。かつて1000年前、勇者がエルフに遭ったとされる湖を囲む広大な森だ。いつもは禁断の聖地として完全に封鎖されている。なぜその森で騎士団の一員である俺が半日も駆けずり回っているかというと、エルフに遭う(・・・・・・)必要がある(・・・・・)からだ。



つまり、魔王が復活したのだ。



どうして倒したはずの魔王が蘇ったのか、前回の魔王とは別物なのか、などの疑問を解消させる暇は与えられなかった。

1000年もの間ぬるま湯に浸っていた人類は、久方ぶりの強大な外敵に対してあまりに無防備だった。精霊への信仰は形骸化し、城壁は建築材にされ商店となり、武器は溶かされて調理器具と化し、戦士の家系は軒並み畑仕事に勤しんでいる。そんな人類が異形の化け物を従えた魔王軍の侵攻を跳ね除けることなど不可能だった。

魔王軍は1000年かけてじわじわと広がった人類の勢力図をわずか10年でごっそりと削りとった。今、人類に残されたのは、要塞首都タルトスとその力が及ぶほんの僅かな周囲の都市のみだ。

切り立つ巨大山脈のうねりに四方を囲まれた天然の要塞首都は、1000年前の魔王軍侵攻にも耐えたという。しかし、今度も耐えられるという保証はない。


「こんなことをしている暇はないというのに……」


休憩は終わりだ。乱れた呼吸を整え終えると、いるかいないかもわからないエルフを求めて軍馬も立ち入れぬ鬱蒼とした森をひたすら中央に突き進む。


エルフ―――その種族名以外、どこから来たのか、仲間がいるのか、どんな文化を持っているのか、そもそも実在したのかも一切不明の謎めいた存在。

伝説によると、


・ 誰もが見惚れる見目麗しい容姿をしており、髪は銀色、肌は粉雪色、耳は尖っている。

・ 自然との親和性が非常に高い。森や湖といった自然に接している限り、大地のマナを糧にすることができるため、飢えることも死ぬこともなく、寿命も長い。エルフを介して近くにいる人間の自然治癒力も高められる。また、動物や精霊、その上位種である妖精との会話や使役も可能。

・対魔力に優れ、神性も高い。魔族にとっての天敵。

・視力・聴力といった察知能力に長け、運動能力も人間とは比べものにならない。

・独自の言語・文化・思想を持ち、人類の及ばない膨大な知識を有する。


などといった反則めいた特徴があるらしい。

これら全てが本当なら、たしかに勇者が魔王を倒すことが出来たことも頷けるだろう。「エルフは人のために神が遣わされた救世主」「エルフこそが女神」というエルフ教徒たちの説も納得できる。


だが俺はというと、エルフの伝説をあまり信じてはいなかった。

元小貴族とはいえ、一度平民の身に落ちてしまえば貴族集団の騎士団への入隊は限りなく難しい。鍛えに鍛えた剣の腕だけで騎士団の小隊長にまでのし上がるには、それなりに現実的な思考をしなければならなかった。

そうやって培われてきた経験が、エルフの伝説は眉唾ものだと訴えている。『困っていると、反則のような能力をたくさん持った美少女が助けてくれました』なんてのは、後から付け加えられた都合のいいお伽話だと考えるのは当然だ。エルフ教徒以外の人間はみんな同じ考えだろう。誰もが信じているのなら、使者ではなく本物の勇者(・・・・・)を寄越したはずだ。


「本物の勇者様は今頃、出征式の予行演習で大忙しだろうな。くそったれ!」


そう吐き捨て、本物の勇者―――騎士団大隊長、クアム・ベレ・ガーガルランドの嫌味な顔を想像の中でぶん殴る。ここで愚痴を言っても讒訴をされる心配をしなくていい。


ドゥエロス皇家と同じ血統の大貴族ガーガルランド家を背景に持ち、その美顔と財力と名声で騎士団大隊長の座を買い取り(・・・・)、皇帝陛下からは勇者の称号を拝領させた(・・・)男。あの薄っぺらな男は、来週末より始まる魔王討伐の大遠征には騎士団全員となけなしの魔術師団を引き連れて進軍する予定だ。

元々、首都の防衛のための中規模戦力でしかない騎士団のどこにそんな余裕があるというのか?万が一の時に首都に結界を張るための魔術師がいなくなれば首都の護りはどうなるのか?

そもそも、貴族の次男三男の寄せ集めにしか過ぎない今の騎士団は連帯意識など皆無だ。一人ひとりの剣の腕は並以上でも、まともな集団模擬戦闘はほとんどしたことがない。そんな烏合の衆が巨大な魔王軍に斬り込んで、果たして勝算はあるのか?

1000年前に勇者が単独で行動したのは、魔王軍との正面衝突を避け、ピンポイントで敵の中枢を討つという戦術を選んだからではないのか?


あの男にはそれすらもわからない。いや、わかっていても実行できない。単騎で敵陣地に乗り込む勇気などカケラも持ってはいないからだ。唯一、奴を諌められる権力を持つ皇帝陛下が年若いためにガーガルランド家に逆らえない以上、大遠征の実行は避けられないだろう。

1000年前の勇者がクアムの醜態を見れば、きっと一刀の元に切り捨てるに違いない。1000万ソータム賭けてもいい。


……本当にエルフがいたとして、彼女に今の人類を救ってくれと心から頼み込めるだろうか。勇者について説明を求められたら、俺はどう取り繕えばいいんだ。

考えれば考えるほど憂鬱になってくる。もうこのまま引き返して、エルフはいなかったと報告してやろうか。しかし、引き返しても来週末には無謀な出征が待っている。貴族出身ではない騎士は真っ先に突っ込まされて八つ裂きにされるのがオチだ。魔族から人々を護るために騎士団に入隊したのに、そんな結末では犬死に等しい。

戻ってもろくな最後にならないのなら、せめてこの静かな森で野垂れ死ぬのも悪くないか……。

くそっ、空腹と疲労のせいで考えがいちいち後ろ向きになってしまう。予備の携帯食料と飲み水は森の外に繋いだ軍馬に載せたままだ。持ってくればよかった。


「……ん?」


頭を振ってネガティブな思考を振り払っていると、揺れる視界に小さな光が入った。ひらひらと蝶のように舞いながらも、意思を持って真っ直ぐに宙を飛んでいる。

目を凝らせば、その後ろ姿は小さな人間にも見えた。本でしか見たことはないが、あれは―――妖精?



《エルフは妖精と会話し、使役する。》



高揚の波が疲労を押し流すのを知覚した。半信半疑な感情を引きずりながらも、身体はたった今見つけた希望に向かって突き進む。前を塞ぐ木々を、腕を振り乱して掻き分ける。

さっきまで黙りこくっていた直感が進め進めと煽っている。第六感がこの先にいる(・・)と叫んでいる。


視線の先で、光が消えた。見失ったのではない。より大きな銀色の輝きに打ち消されたのだ。

月光を反射して淡く光る湖面。その湖にあって、自ら鮮烈な輝きを放つ銀色に。


「×××―――×××××」


聞いたこともない言葉が聞こえた。セシアーヌには一つの言語しかない。ドワーフ族やハイゴブリン族といった亜人類が使用する方言が何種類かあるくらいで、魔族だって同じ言葉を話す。



《エルフは独自の言語を持つ。》



まさか、まさか、まさか!


心臓が痛いくらいに高鳴る。肩を上下させるほどに息苦しかったが、それすら意識の外に追いやられた。ゆっくりと歩を進める。

視界を遮っていた最後の葉をそっと払う。



「―――、―――」



息を、呑んだ。


何もかもが美しかった。宝石そのものだった。所作一つ一つが絵画のようだった。


腰まで伸びた純銀色の長髪。

向こうが透けるような純白の肌。

長い睫毛の下で瞬く、涼しそうな銀の双眸。

すうっと流れるような鼻梁。

きゅっと結ばれた淡い桜色の唇。

ふくよかな曲線を描く胴体から伸びる、牝鹿のようにしなやか四肢。


伝説の通りの、高貴さと気品に満ちた絶世の美少女(エルフ)が、俺の目の前にいた。


欲しい、と思ってしまった。俺も騎士の端くれだ。規律や規範は人一倍持っているつもりだ。少女を目にして欲を浮かべるなどあってはならないことだ。

だが、抑えられなかった。抑える気すらも起きなかった。

肉欲、支配欲、独占欲―――。欲と名のつく感情が後から後から溢れ出し、身震いを起こさせる。


もっと見たい。近くに行きたい。その肌に触れてみたい。


世界の危機すら失念させる美に触れようと、無意識に突き出した腕が邪魔な茂みを掴み、



ガサッ



「×××!?」


――――っ!しまった!俺は何をしているんだ!!


ハッと正気を取り戻せば、エルフが流れるような動作で湖に手を突っ込み、振り向きざまに石を投擲してきた。

咄嗟に抜刀してそれを弾くことが出来たのは、ほとんど偶然だった。


「くっ!?」(キンッ!)


なんて俊敏さだ!亜人族にだってこれほどの動きは出来ない!

痺れる腕を下げれば、エルフが再び石を投擲しようと振りかぶっていた。次を防げる自信はなかった。

剣を放り捨てて傷つける意思がないことを示し、飛び出す。


「待て!待ってくれ!襲いに来たんじゃない!俺の話を聞いてくれ!俺には貴女が必要なんだ!」

ファンタジーを描くのは生まれて初めてです。指輪物語の原作本でも買って来て勉強しようっと。

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