ハイビスカスの花
6月の梅雨の夜。
マサシは勉強机に置いてある小瓶を眺めていた。
小瓶の中には小さなハイビスカス。
星の砂に支えられた赤いハイビスカスだ。
以前から自分が結婚すると決めた女の子に、
これを渡そうとマサシは考えていた。
高校生3年生の男子だが、
こういうところは乙女チックで、
「お付き合いは結婚を前提に」がモットーだった。
当然ながら、付き合う女の子にはその小瓶のハイビスカスが渡された。想い重い花である。
半年前、当時付き合っていた彼女のかえでにフラれ、
ハイビスカスは帰ってきた。
けれども未だに納得できず、花を見つめている。
最後に言われたサヨナラを未だに引きずっているのだ。
「いっつもそう言って、仲直りしてたじゃないか」
花に話しかけるマサシは寂しい。
かえでとマサシのお付き合いはちょうど2年経ったところだった。
2年という長い間に、何度も別れを告げられ、
何度も好きだからと別れを拒み、愛を告白し続けた。
かえでの別れ話にマサシの告白。
「サヨナラ」「イヤだ、君が好きなんだ」
その繰り返しだった。
こういう珍しいコミュニケーションで、
二人はどこかで愛を感じていた。
かえでは二つ年上で、マサシが高校2年に進級した時かえでは大学に進学。
マサシは、かえでに他に男ができないか心配だったが、彼女は決して他に男をつくらなかった。
別れ話は何度も出ても、互いに好きでいたのだ。
けれども別れはやってくる。
いつものようにデートの後、
マサシの部屋で休んでいるときだった。
かえでが、
「友達とスキー旅行行ってもいい?」
と珍しくお願い事をした。
だがその内容が、友達の男女4人で、泊りがけの旅行に行くとのことだった。
「本気でいってんの?」
と冗談まじりで聞くと、
「ウソだったら言ってないし」
とサラリと答えられた。
高校2年のマサシにとって、男女4人で旅行なんて
いかがわしいもの以外のなんでもなかった。
まさかの公認の浮気を求めてくるとは・・・。
自分に飽きられたのか、それとも他に好きな男ができたのか、はたまた特別な事情があったのか・・・
頭が真っ白になりボーっとし、気づいたら彼女は部屋から姿を消していた。
それからは連絡をしても、そっけない返事ばかりで、また例の繰り返しの時期に入ったなと、
別れ話を覚悟していた。
すると案の定、いつものごとく別れ話になったのだ。
ところが今回だけは、浮気旅行を認めるなんてできない。
いつもは穏便なマサシも、なんで行くのとイヤな顔続けた。初めての反抗に彼女は、普段よりヒートアップし訴えを拒否した。
そして気づいたときには、
今までと違うパターンに展開し、
2人は恋人でなくなってしまった。
「はあ・・・」
ため息で小瓶が曇り、ハイビスカスの色がにじむ。
別れて半年が経つが、新しい彼女はいない。
彼女は作りたいのにかえでの顔が浮かび、友達よりも深い関係に進めないのだ。
「まだまだ時間はかかりそうだな」
そんないつもの感傷に浸かっていると、
携帯がそれをやめるようにと鳴り始めた。
こんな夜中に誰だろう、そう思って携帯を見ると、
誕生日のお祝いメールだった。
マサシは18歳になっていた。
そんなに気を遣わなくてもいいのに、
とメールの返事を打っていたら、
次から次へとメールが来る。
クラスメイトや先輩、後輩、友達と様々だったが、
たくさん来た。
どれもみんな女の子からだった。
けれどもみんな友達で、それ以上になれない。
全部のメールに返信をし終わった頃、
やや遅れてお祝いメールがやってきた。
かえでからだった。
ずっと連絡をとっていなかったから、
マサシは驚いた。
「いまさらなんでお祝いなんて・・・」
携帯はただ光っているまま、
だがマサシは徐々に嬉しくなっていった。
他のメールの返信よりも気を遣って返してみる。
なんだか付き合う前のメールのようだ。
すると返事は意外と早く帰ってきて、
半年前に喧嘩別れしたとは思えないほどだった。
そこから二人のメールは明け方まで続き、
互いの近況や思い出話をして半年の溝を埋めた。
それはまるでドラマのように、お互い本当は好きなのに勘違いで別れた、っといった感じにも取れるほどだった。
そして驚くことに、明日もしヒマだったら会ってほしいと言われたのだった。
マサシは頭で考えるよりも先に、
「いいよ」と返事をしていた。
久しぶりの再開。これは神様がくれたチャンスだ。
そう思わずにいられなかった。
やっぱり自分にはかえでしかいない。
そう小瓶に話しかけた。
〜
マサシはだれにでも優しくて、それを女の子が自分に好意があると勘違いしてしまう。
勘違いした女の子は自然と彼を好きになり、
彼はそれに気づかずまた優しさの安売り。
思わせぶりプリンスだ。
そんなプリンスに、かえでの嫉妬は増えるばかり。
けれども、それを責めずに我慢していた。
それは、かえでがマサシの優しさに誰よりも惚れていて、好きだったからである。
小さな仕返しのつもりで言ったスキー旅行を、
マサシがやけに怒ったことにかえでは驚いていた。
いつも気遣いで優しい彼が怒って黙りこける姿を見て、今まで自分が我慢していたのがあほらしく思えた。
マサシが女の子と仲良さげに話す姿を、
かえでは嫌というほど見てきた。
ところが彼は、まだ現実に起こってもいないことに腹を立てている。
なんだか理不尽だ。
私がどんな気持ちで、ずっと耐えてきたのか知らないんだわ。
そして別れを決意した。
彼の優しさに惚れたのに、その優しさで別れるなんて。
かえでの涙は止まらなかった。
そんなかえでに、もっと優しい人が現れた。
悲しんでいる彼女を守ってあげたいと、
涙を拭いてくれた大学の先輩だ。
先輩にはマサシにはない大人の優しさがあった。
そんな先輩の優しさもあって、かえでは悲しみに負けずに新しい恋をはじめようと決意した。
〜
それから三ヶ月。
かえでがマサシにメールを送って誘ったのは、
今彼へのプレゼントの意見を聞きたかったから。
今の彼氏とマサシの趣味が似ているのだ。
どこかで今の幸せを見せつけたいのかもしれない。
だがそのことを元彼は知らない。
待ち合わせ一時間前。
急いで家を出るマサシ。
手のひらにはいつもの小瓶。
小瓶の中には小さなハイビスカス。
小瓶という静止した空間に、
ハイビスカスは花を咲かす。
まだまだな作者の小説ですが、読んでいただきありがとうございます。
恋の話を書くなんてと、作者恥ずかしさでいっぱいでございます。
自分の体験というかなんというか、恋っていいよねとか辛いよねとか、
そんな気持ちで書きました。
余計なお世話ではございますが、
みなさんがステキな恋をされることを願っています。