野球の神様 ~そして伝説へ~
この世界には、神様がいらっしゃいます。
毒の回った身体を癒し、麻痺も回復させ、呪いをとく。さらには死者さえも生き返らせてしまうという、凄い神様です。
この世界に、別の世界から、一人の神様がやってきました。
「納得いきませんっ」
まだ若いけれど、れっきとした勇者の血を引く少年が叫びました。
ここは某国王宮の謁見の間です。
今日、16歳の誕生日を迎えた勇者の血を引く少年(略して勇者)は、魔王討伐の旅に出るため、その挨拶に王様の下に伺ったのです。
「なぜ、支給される装備が剣ではなく、ひのきのぼうなのですかっ!」
王様は、勇者に期待しているだの、魔王を倒せるのはお主のみだとか言っておきながら、この仕打ちはひどいです。
「うむ。それはだな……」
「それについては、球ちゃんが説明するっす」
王様の言葉をさえぎって、玉座の後ろからぴょこっと現れたのは、16歳の勇者より幼い女の子でした。
「君は……」
「私は、野球の神様、球ちゃんっす」
彼女の名前は吉野球子。見た目は小さな少女ですが、異世界では、野球の力で人々の様々な願いをかなえる、野球の神様です。他のシリーズで、彼女の活躍が読めますよ。
「はぁ……」
が、勇者には何がなんだかさっぱりです。けれど、次の王様の説明で納得しました。
「この少女が協力すれば、勇者候補たちに武器防具を無償で提供してくれると言ってな。まぁそういうことじゃ」
16歳の少年にも感じられるくらい不景気な世の中のようです。たぶん魔王のせいでしょう。
「今の時代、横スクロールの陽気なイタリアン兄弟だって、野球をやるっす。そこで今度はRPGの世界に野球を布教にきたっすよ」
「ヤキュウ?って、この、ひのきのぼう、が?」
「いいえ。それはバットっす。ちなみに、ひのきではなく、最高級のアオダモ使用してるっすよ」
「はぁ……」
「もちろん、ユニフォームにグローブ、ヘルメットも支給するっす」
勇者に防具が渡されました。
ユニフォーム(布の服)。動きやすそうですが、防御力は期待できそうもありません。
グローブ(皮のたて)。よく見かける装備ですが、敵の攻撃から身を守るには小さすぎる気もします。
ヘルメット(プラスチックのかぶと)。これはまとものようです。見たことのない素材ですので売れば高値がつきそうです。
「さぁ、冒険に出発っす!」
こうして勇者は旅立つのでした。
町を歩きながら、勇者は言いました。
「まずは仲間を集めないとな」
「そうっすね。当然っす」
なぜか一緒に付いてきた球子は、当然勇者の中では戦力外でした。
未成年なのに酒場に向かいながら勇者は考えを巡らします。
「やっぱり戦士はほしいかな……」
「がっちり体型で縁の下の力持ち、キャッチャータイプっすね」
「魔法使いも……」
「フェンス際の魔術師と、魔球使い。二人いるといいっすね」
「武闘家は……」
「運動神経抜群な彼には、ショートストップがお勧めっす」
「盗賊……」
「盗塁王も狙える足の速い彼が、センターに入ると守備範囲が広くてストライクっす」
「遊び人は……いらないよな」
「ムードメーカーは大事っす。パフォーマンスしだいで、観客動員数にも影響するっすよ」
「って、こんなに仲間にできないか」
球子が切れました。
「なにいってるっすか。あと2人必要なのっす! 頭脳明晰な賢者の二塁手と、プロでは花形なのにアマではなぜかお荷物なライトに癒し系の僧侶っす」
「……僕も含めて9人もいたら、宿代が大変なんだけど」
勇者の16歳とは思えない所帯じみた愚痴に、球子はさも当然のように答えました。
「なにいってるっすか。9人いなくちゃ野球できないっすよ」
かくして、仲間8人を引き連れて、勇者は町を出て荒野に足を踏み入れました。
さっそくモンスターが現れました。スライムです。画面いっぱいにあふれています。
「よしやってやるぜ」
初めての闘いにドキドキとワクワクの勇者に、球子がすかさず、けつバットをかましました。
「ってなにやってるっす。野球するっす」
「でもさぁ、どうやってやるんだよ?」
勇者が不満げにスライムを指さしました。
まんまるお目目に、ぷにぷにボディ。手がなければ足もありません。
しかもたくさん現れたといっても、八匹。あと一匹足りません。
球子の四六時中にわたる野球講座のおかげで、勇者も、一通り野球のルールは覚えました。
球子はちょっと考えて、言いました。
「やっちゃっていいっす」
一回の表ノーアウト、走者一塁の場面では、送りバントではなく、強硬策をとるタイプのようです。
「おりゃぁぁっぁ」
9人の男がバットを持って、小さなスライムたちをたこ殴り。
その光景を見て、球子が何を思ったかは、定かではありませんでした。
補殺! 刺殺! 三重殺!
勇者たちの冒険は続き、ついに、魔王城に不法侵入するところまでいきました。
数々の死闘を潜り抜け、勇者たちはパワーアップしました。
サインプレーにトリックプレイ。戦闘を強制的に終わらせる「雨天コールド」に加え、そもそもなかったことにする「雨天中止」の秘術もマスターしました。
装備だって、レベルアップしています。
勇者は武器は「伝説の赤バット」。ほかの仲間たちも、オリハルコンメイス(金属バット)を装備。武闘家は「クロマティの右ストレート」を装着しています。
盾もゴールデングラブ(だからと言って防御力が上がるわけではありませんが)になりました。
鎧と兜も、初期装備から、復刻版(古代の服・古代の兜)に変わりました。こちらも防御力に変化はないですが、まぁ気分の問題です。
仲間は勇者を含め9人。彼らのほかに、人間と魔族と中立であるエルフ族も連れています。審判もばっちりです。
そしてついに勇者たちは魔王の玉座を取り囲みました。
「ふはははは。よく来たな勇者どもよ」
部下が一人残らずやられてもとっても強気な魔王さまです。
「お前らなど、我一人で十分だ」
その一言に球子が切れました。
「魔王あと8人集めてくるっす!」
スターティングメンバーはこんな感じで。
1番、センター 盗賊
2番、セカンド 賢者
3番、ショート 武闘家
4番、サード 勇者
5番、キャッチャー 戦士
6番、ファースト 遊び人
7番、レフト 魔法使い
8番、ライト 僧侶
9番、ピッチャー 魔法使い
球子は監督と言うより、野次を飛ばす観客で。