◆第5話 「正義の名のもとに」
◆第5話 「正義の名のもとに」
森を抜けると、視界が一気に開けた。
そこは草原だった。
風が吹き抜け、草が波のように揺れている。
アリアが立ち止まり、周囲を見渡す。
「……この辺りね。
タロットの引力が強くなってる」
カイトは息を整えながら頷いた。
「また戦闘領域が……?」
「ええ。
でも、今回は……さっきのユウマたちとは違う気配がする」
アリアの表情は険しい。
(違う気配……?)
そのとき――
空気が震えた。
草原の中央に、光の柱が立ち上がる。
その中から、二つの影がゆっくりと姿を現した。
一人は、白銀の鎧をまとった青年。
背筋が真っ直ぐで、剣を携えている。
もう一人は、黒髪の女性。
手には天秤の形をした魔具を持っていた。
青年が名乗る。
「転生者・アーク=ヴァレンティア。
そして――」
女性が続ける。
「召喚者・セリス=ロウレイン。
タロット《正義(Justice)》の継承者です」
アリアが小さく息を呑む。
「……《正義》……!」
アークは静かに剣を抜いた。
その動きには迷いがない。
「神代カイト。
君の力《因果逆転》は、世界の秩序を乱す危険な能力だ」
「……は?」
「因果をねじ曲げる力は、“不正”だ。
世界の理に反する。
ゆえに――裁かれなければならない」
カイトは思わず声を荒げた。
「待てよ!
俺はただ、生き残るために――」
「生き残るためなら、不正も許されるのか?」
アークの声は冷たかった。
「君の力は、他者の運命を奪う。
その代償は、誰かの不幸として現れる。
そんな力を放置するわけにはいかない」
セリスが天秤を掲げる。
「――《天秤の審判》」
空気が震え、カイトの身体が重くなる。
「なっ……!」
アリアが叫ぶ。
「カイト! 気をつけて!
《正義》の能力は“均衡”。
相手の力を“公平”にするため、強すぎる力を弱体化させる!」
セリスが淡々と言う。
「あなたの《因果逆転》は、世界の均衡を乱す。
だから――弱めます」
カイトの胸の奥にある“因果の声”が、遠ざかっていく。
(……力が……使えない……!?)
アークが剣を構える。
「これで、君はただの人間だ。
さあ、裁きを受けてもらう」
「ふざけるな……!」
カイトは叫んだ。
「俺は……アリアを守るために戦ってるだけだ!」
「守るためなら、不正も許されるのか?」
アークの瞳は揺れなかった。
「君の力は、誰かの不幸を前提にしている。
そんな力を“正義”とは呼ばない」
アリアが前に出る。
「アーク、セリス……!
あなたたちの言い分はわかる。
でも、カイトは――」
「黙りなさい、《運命の輪》。
あなたの能力もまた、不公平を生む」
セリスの声は冷たかった。
「確率を操作し、運命を偏らせる。
それは“正義”ではない」
アリアの表情が歪む。
「……私たちは……ただ、生きたいだけよ……!」
「生きたいなら、正しく生きなさい」
アークが踏み込んだ。
その速度は、レオンとは違う。
重さではなく、正確さ。
一切の無駄がない。
「カイト、避けて!」
「くっ……!」
カイトは身を翻すが、アークの剣が頬をかすめた。
血が飛ぶ。
(速い……!
しかも、因果逆転が使えない……!)
アリアが手をかざす。
「――《運命の輪:微調整》!」
アークの剣筋が、ほんのわずかに逸れる。
だが――
「無駄だ」
セリスが天秤を傾けた。
「――《均衡補正》」
アリアの調整が“打ち消される”。
「っ……!」
「《正義》は、偏りを許さない。
あなたの能力は、すべて“均される”」
アリアの顔が青ざめる。
「カイト……!
私の力が……届かない……!」
アークが剣を振り上げる。
「終わりだ、神代カイト」
カイトは歯を食いしばった。
(……俺は……ここで死ぬのか?
アリアを……残して……?)
その瞬間――
アリアが叫んだ。
「カイト!!」
アリアがカイトを突き飛ばし、アークの剣を受け止める。
剣がアリアの腕を切り裂き、血が飛び散る。
「アリア!!」
アリアは震える声で言った。
「カイト……あなたは……死んじゃダメ……
あなたが死んだら……私は……カードになる……!」
アークの表情がわずかに揺れた。
「……そこまでして、守るのか」
「当たり前よ……!
私は……カイトの召喚者なんだから……!」
アリアの瞳は涙で滲んでいた。
「カイト……お願い……
生きて……!」
カイトの胸の奥で、何かが弾けた。
(……アリアを……守る……!
そのためなら……俺は……!)
カイトは立ち上がり、叫んだ。
「《因果逆転》――発動しろ!!」
セリスが驚愕する。
「馬鹿な……!
均衡で弱体化しているはず……!」
カイトの身体から、黒い光が溢れた。
「俺は……アリアを守るためなら……
どんな揺り戻しが来ても構わない!!」
世界が反転する。
アークの剣が“滑った”。
その原因は――
「草原の湿気で柄が濡れていた」
という“あり得る事象”に置き換えられた。
アークの体勢が崩れる。
「なっ……!」
アリアが叫ぶ。
「カイト! 今よ!!」
カイトはアークに飛びかかり、剣を弾き飛ばした。
アークは地面に倒れ込む。
セリスが天秤を構える。
「アーク!!
均衡を――!」
だが、アリアが叫んだ。
「――《運命の輪:確率偏向》!!」
セリスの天秤が“わずかに傾く”。
その結果、均衡補正が一瞬だけ遅れた。
アークは立ち上がれない。
セリスは震える声で言った。
「……撤退します。
今のあなたたちを裁くのは……まだ早い」
光が二人を包み、姿が消えた。
草原に静寂が戻る。
カイトはアリアを抱きしめた。
「アリア……!
大丈夫か……!」
「ええ……少し、痛いけど……
あなたが……守ってくれたから……」
アリアは微笑んだ。
カイトはその手を強く握った。
(俺は……もう迷わない。
アリアを守るためなら……どんな因果でも逆転させる)
風が吹き、草原が揺れた。
アルカナ戦争は、さらに激しさを増していく。




