◆第2話 「揺り戻しの影」
◆第2話 「揺り戻しの影」
黒鋼レオンが倒れた神殿は、静寂に包まれていた。
巨体が崩れ落ちた衝撃で舞い上がった砂埃が、ゆっくりと沈んでいく。
カイトは荒い息をつきながら、倒れたレオンを見つめた。
「……俺、本当に勝ったのか」
「勝ったわ。でも、これは始まりにすぎない」
アリアは微笑んだが、その表情はどこか硬い。
カイトはその違和感に気づいた。
「どうしたんだ、アリア。さっきから顔色が――」
言いかけた瞬間、神殿全体が低く唸った。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
「な、なんだ!?」
「……揺り戻しよ」
アリアの声は震えていた。
「あなたが因果をずらした分、世界が“帳尻合わせ”を始めたの」
天井に走る亀裂が、音を立てて広がっていく。
レオンを倒したとき、カイトは“床の欠けに足を取られた”という因果を作った。
本来なら起きなかった“転倒”が起きた。
その分の不運が、別の形で世界に現れる。
「ちょ、ちょっと待て! こんな大規模な揺り戻しが来るなんて聞いてないぞ!」
「私も……ここまでとは思わなかったわ」
アリアが唇を噛む。
「あなたの《因果逆転》は、世界の根幹に触れる力。
未熟な今は、逆転の精度が低い分、揺り戻しが大きくなるの」
「じゃあ……どうすればいいんだ!」
「逃げるしかないわ!」
アリアがカイトの手を掴む。
二人は崩れ始めた神殿の出口へ走り出した。
背後で柱が折れ、瓦礫が降り注ぐ。
レオンの相棒、セラフィナは倒れたレオンを抱きかかえ、必死に庇っていた。
(あいつらも……巻き込まれるのか)
カイトは一瞬、足を止めかけた。
だがアリアが強く手を引く。
「カイト! あなたが死んだら、私はカードになるのよ!」
その言葉に、カイトの心臓が跳ねた。
転生者が死ねば、召喚者はタロットカード化する。
永遠に封印されるかもしれない。
悪意ある者に奪われれば、道具として使われる。
アリアはそれを恐れている。
だが、それ以上に――
(俺を……失いたくないって顔だ)
カイトは走りながら、アリアの横顔を見た。
強がっているが、瞳は不安に揺れている。
「……わかった。行こう!」
二人は崩れ落ちる神殿を抜け、外の光へ飛び出した。
直後、神殿は轟音とともに崩壊した。
砂煙が空へ舞い上がり、地面が震える。
カイトは膝に手をつき、荒い息を吐いた。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
「ええ。でも、あなたは生きてる。
それが何より大事よ」
アリアは微笑んだ。
だがその笑顔は、どこか痛々しい。
「アリア……大丈夫か?」
「ええ、私は――」
言いかけた瞬間、アリアの身体がふらりと揺れた。
「アリア!」
カイトが支えると、アリアの額には汗が滲んでいた。
「……ごめんなさい。少し、運命の調整をしすぎたみたい」
「調整?」
「レオンが倒れる角度を、ほんの少しだけ変えたの。
あなたの逆転だけじゃ、彼は気絶しなかったかもしれないから」
アリアは苦笑した。
「あなたの力は強い。でも、まだ粗い。
だから私が“補正”しないと、結果が安定しないの」
「じゃあ……俺のせいで、お前が……」
「違うわ」
アリアは首を振った。
「私は召喚者。あなたを勝たせるために存在している。
あなたが死ねば、私はカードになる。
だから私は、あなたを守るのが当然なの」
その言葉は、淡々としているのに、どこか切なかった。
(こいつ……自分の命より俺を優先してる)
カイトは胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
「……アリア。俺は、お前をカードになんてさせない」
「ふふ。頼もしいわね」
アリアは微笑んだ。
その笑顔は、さっきより少しだけ柔らかかった。
だが――
その瞬間、カイトの足元で“何か”が弾けた。
パキンッ!
「うわっ!?」
地面の石が突然割れ、カイトは尻もちをついた。
「カイト!」
「だ、大丈夫……だけど、今のは……」
アリアが険しい表情になる。
「……揺り戻しの残滓ね。
あなたがずらした因果の“余波”が、まだ残っているの」
「まだ続くのかよ……!」
「ええ。あなたの能力は、使うたびに世界に歪みを生む。
それを私が調整して、ようやく“均衡”が保たれるの」
アリアはカイトの手を取り、立たせた。
「だからカイト。
あなたは、私なしでは生き残れない。
そして――」
アリアはカイトの胸に手を当てた。
「私も、あなたなしでは生き残れないの」
その言葉は、戦争の残酷さと、二人の運命を象徴していた。
カイトは静かに頷いた。
「……わかった。
俺は、お前を絶対に守る。
お前がカードになるなんて、絶対にさせない」
「ええ。私もあなたを死なせない」
二人は見つめ合った。
そのとき、遠くから鐘のような音が響いた。
ゴォォォォン……。
アリアの表情が強張る。
「……次のタロットが、近づいているわ」
カイトは拳を握った。
「来るなら来い。
今度は……逃げるだけじゃ終わらせない」
風が吹き、アリアの金髪が揺れた。
アルカナ戦争の第二幕が、静かに幕を開けた。
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