◆第1話 「運命の輪が回り始める」
◆第1話 「運命の輪が回り始める」
――落ちていく。
底のない暗闇を、神代カイトはただ沈んでいた。
死んだという実感はない。ただ胸の奥に、焼けつくような後悔だけが残っている。
(また……守れなかった)
誰の声だったのか思い出せない。
けれど、泣き声だけが耳の奥にこびりついて離れない。
「――神代カイト。あなたは“選ばれた”」
声が響いた瞬間、落下が止まり、視界が白く染まった。
気づけば、石造りの神殿の中央に立っていた。
高い天井、円環の紋章、静寂。
その中心に、金髪の少女が佇んでいる。
風もないのに揺れる髪。深い青の瞳。
年齢は自分と同じくらいだが、どこか人ならざる気配をまとっていた。
「私はアリア=フォルトナ。タロット《運命の輪》の継承者。
あなたを、この世界に呼んだ召喚者よ」
「……召喚? 俺を?」
「ええ。あなたは“転生者”。
この世界〈アルカナ・レルム〉を救うために選ばれた存在」
唐突すぎる言葉に、カイトは眉をひそめた。
「救うって……俺にそんな力は――」
「あるわ。あなたには《固有能力》が与えられている。
それは、あなたの“後悔”から生まれた力」
アリアがそっと手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、胸の奥に熱が走った。
脳裏に言葉が刻まれる。
《因果逆転》――すでに起きた因果の一点を、別の“あり得た原因”に置き換える力。
「……因果を、逆転?」
「そう。あなたが“こうだったかもしれない”と思った瞬間、
その可能性を原因として採用できる。
ただし――代償もあるわ」
「代償?」
「運命の揺り戻し。
あなたがずらした分だけ、別の不運が必ずどこかに現れる」
カイトは息を呑んだ。
願いを叶える代わりに、誰かが傷つくかもしれない。
そんな力を、軽々しく使えるはずがない。
「……俺は、また誰かを傷つけるかもしれないってことか」
「それでも、あなたは選ばれた。
この世界は今、“アルカナ戦争”の最中なの。
転生者と召喚者のペアが、最後の一組になるまで戦い合う。
勝者は――世界を書き換える権利を得る」
世界を書き換える。
あまりにも大きすぎる言葉に、カイトは返す言葉を失った。
そのとき――
神殿の扉が、爆音とともに吹き飛んだ。
「見つけたぞ、アリア=フォルトナ!」
砂煙の中から現れたのは、黒い鎧をまとった巨漢の青年。
背後には、赤髪の女が静かに立っている。
「転生者・黒鋼レオン。そして召喚者《力(Strength)》のセラフィナ……!」
アリアが険しい表情を見せる。
「アリア。お前が新しい転生者を得たと聞いてな。
試しに潰してやろうと思って来た」
レオンが笑い、大剣を肩に担ぐ。
その刃は、彼の“戦意”そのものが具現化したものだ。
「カイト、逃げて。今のあなたじゃ――」
「逃がすと思うか!」
レオンが踏み込む。
巨体とは思えない速度で距離を詰めてくる。
カイトは反射的にアリアを抱えて横へ飛んだ。
直後、床石が砕け、破片が頬をかすめる。
(無理だ……正面から勝てる相手じゃない)
「カイト……あなたの力を使って。
今のあなたじゃ、逃げ切れない」
「でも……俺の願いで誰かが不幸になるんだろ」
「このままじゃ、あなたが死ぬわ!」
レオンが再び踏み込む。
その瞬間――
《因果逆転》が発動しますか?
胸の奥に響く声。
カイトは歯を食いしばった。
(誰かが不幸になるかもしれない。それでも――
ここで死んだら、また“守れなかった”ままだ)
「……発動しろ!」
世界が反転した。
レオンの足が、突然“欠けた床石”に取られた。
ほんの小さなひび割れ――
カイトが転がったときに見えた、あの欠けだ。
本来なら踏み外すほどではなかった。
だが今は違う。
“レオンが足を取られた”という結果が、
“床の欠けに引っかかった”という原因に書き換えられたのだ。
「なっ……!?」
巨体が前のめりに崩れ、バランスを失う。
その先には、崩れかけた柱の破片。
アリアが手をかざす。
「運命の輪――調整!」
レオンの倒れる角度が、ほんのわずかに変わる。
そのわずかな差で、彼の頭部は柱の角にぶつかった。
鈍い音。
レオンの意識が途切れる。
静寂が訪れた。
カイトは肩で息をしながら、呆然とその光景を見つめた。
「……俺、何もしてないよな」
「ええ。あなたは“因果の一点”を変えただけ。
私は“転ぶ確率”を少し押しただけ」
アリアが微笑む。
「あなたは非力でもいい。
あなたの力は、世界の流れそのものを変える力なんだから」
神殿の外で、風が吹いた。
運命の輪が、確かに回り始めていた。
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