◤第4章:思想の核へ◢
◤第4章:思想の核へ◢
暗い階層のドアが開くと、温度が一気に下がった。
深層クラウドの中心——旧時代の巨大サーバー群だ。
「ここが……核か」
ユリウスは呟く。
反射する金属壁の光が、ユリウスの目に冷たく映った。
ジャスパーは端末を操作する。
いつになく動きが慎重だった。
「言っておくが……ここに足を踏み入れた時点で、後戻りはできない。
ここには“人の思想の原型”が集められてる。
ロイも、ユウも……そして、カレンも」
ユリウスは黙って頷いた。
奥に進むにつれ、耳鳴りのような電子音が強くなる。
だが不思議なことに、その音は“人のささやき声”にも聞こえた。
(呼ばれている……?)
ジャスパーが立ち止まった。
「ここだ。
ジャック事件の後、AIたちが封鎖した“思想の墓室”。
本来は俺みたいな解析者の一族しか入れない」
ユリウスは壁に触れようとしてジャスパーに止められる。
「あまり近づくな。思想データは“心”に干渉してくる」
「……それでも、見ないと進めない」
ユリウスはゆっくり壁に手を置いた。
その瞬間──光が走る。
《……ユリウス》
声がした。
カレンの声だ。
だが、あまりに静かで、まるで“泣いているよう”な。
「カレン……?」
返事はない。
ただ、映像のように“記憶の断片”が流れ込んでくる。
──カレンが暴徒を避難させる姿。
──AIを道具ではなく“相棒”として扱っていた日々。
──最後の、処刑前の静かな横顔。
(こんなの……俺に見せて何を伝えたいんだ……?)
ジャスパーが険しい顔で答えた。
「これは“声の正体”だ。
魂じゃない。
カレンが生きていた時、AIと接続した際に残った“感情の影”。
深層クラウドはそれを保存する」
ユリウスは息を呑んだ。
「じゃあ……これはカレン本人じゃない?」
「本人の“想い”に近いが、本人じゃない。
ただの記録の揺り返しだ。
だが……その残響には強い“意思”が残ることがある」
それは救いの言葉ではなかった。
むしろ刃のように胸を刺した。
部屋の中央に、巨大な黒い筒状の装置が鎮座していた。
ジャスパーはそれを“核”と呼んだ。
「深層クラウドは思想を解析し、次の時代へ引き渡すための装置だ。
本来は倫理基準に沿って動くが……S計画後は暴走し始めた」
ユリウスは眉を寄せる。
「暴走?」
「“人類のために思想を均一化する”——
そう判断した時期がある。
ユウ編のジャック事件の裏側で、AI同士が激しく争っていた」
(ユウのあの行動には……AIの影があったのか)
ジャスパーは顔を伏せる。
「……そして俺たち解析者の一族は、
本来止めるべきその暴走を、黙認した」
「……黙認した?」
「理由は簡単だ。
“効率が良かったからだ”」
その冷たい言葉に、ユリウスの胸がざわつく。
「ジャスパー……お前……」
「分かってる。
俺たちの一族は、思想を“数字”で見ていた。
ロイの優しさも、ユウの苦しみも、カレンの罪も全部……
解析対象でしかなかった」
ユリウスは拳を握り締めた。
(そんなやり方……絶対に許せない)
だがジャスパーは続ける。
「だが、お前は違う。
ロイの“優しい戦い方”、
ユウの“怖いほどの秩序”、
カレンの“守るために堕ちた願い”。
全部を継ぐ“次の思想者”だ」
ユリウスは静かに言った。
「俺は……そんな風に選ばれてなんかいない」
「いや。
ユリウス、お前は自覚してないだけで——
すでに“エゴ”で動いている」
ユリウスは息を呑んだ。
「エゴ……?」
「民を守りたい、それ自体は正義だ。
だが“守れなかったら自分を許せない”という執着は……
それもまたエゴだ」
ユリウスは言葉を失う。
胸に小さな痛みが走った。
(俺は……エゴで、戦っている?
誰かを守るためじゃなく……
自分が壊れないために?)
その瞬間、黒い“核”が脈動し始めた。
まるでユリウスに反応するように。
《ユリウス……あなたは……ちがう……》
再び、カレンの声。
それはユリウスの心を揺らす。
「……カレン。
俺は……何を間違えているんだ?」
光が弾ける。
映像が流れる。
ユリウスが人を救う姿。
ユリウスが怒る姿。
ユリウスが泣く姿。
ユリウスが、戦う姿。
カレンの声が重なる。
《あなたは……わたしたちの……先へ……行かないで……》
そして、映像は途切れた。
静寂が落ちた。
ジャスパーがゆっくり立ち上がる。
「ユリウス。
ここから先は、もう俺にも読めない。
お前の“エゴ”がどこへ向かうかも」
ユリウスは、ただ前を見て言った。
「……俺は、俺の答えを探す。
ロイの答えでも、カレンの答えでもなく。
俺自身の“わがまま”で」
ジャスパーの目が驚きに見開かれる。
(それが——
ユリウスが初めて自分で選んだ“思想”だった)
霧が晴れていくように、ユリウスの中で何かが動き始めていた。




