第2章:残された声──ALの残響
第2章:残された声──ALの残響
数ヶ月という時間は、街の表情をゆっくりと変えてしまった。
かつてユウがAIネットワークをジャックしたときの混乱も、今では街の人々の記憶の奥に沈みつつある。
S計画の「完全管理」は崩れた。
AIが人々の判断を上書きし、行動を縛る時代は終わった。
……だが。
「AIは便利だからな。結局、人は手放さない」
ユリウスは端末を操作しながら、乾いた息をこぼした。
今、街で動いているのは“補助AI”。
ALのような、あくまで人間の意思を補佐するだけの簡易型だ。
以前のように「自由を返せ」と叫ぶ声も、もうほとんど聞かれない。
人々はAIに縛られるより、AIに頼る道を選んだ。
ただしそれは、カレンが願った世界ではなかった。
(……ALは、あの人の“心”みたいなものだった)
ユリウスの指が一瞬止まる。
カレンの死後、ALは低機能モードで残されていた。
本来なら、主を失ったAIは自然に消滅する。
だが——ALは消えなかった。
むしろ数日前から、別の動きを見せていた。
「ユリウス。これ……ALのログだ」
ジャスパーが端末を差し出す。
そこには意味のない数列が続いていたが、一部だけが妙に規則的だった。
《カレン・アクセス要求……拒否……再試行》
《クラウド層への接続試行》
《不明な応答……解析不能》
「……なんだこれ?」
「本来のALにこんな機能はない。
つまり誰かが書き換えたか……“呼んだ”んだ」
ジャスパーは画面を見ながら、喉の奥で小さく息を呑んだ。
「AIが、自分の意思でアクセス要求を出すことはない。
S計画の中枢以外には」
「じゃあ……」
ユリウスが言いかけると、ジャスパーが先に続けた。
「そう。
クラウドの深層で“何か”が目を覚ました。
ALがそれを一番に察知したってことだ」
霧が濃くなり、窓の外の景色が歪んで見えた。
「ALは……カレンのためのAIだったんだろ?」
「ああ。
あいつは自分の判断で攻撃を選ばない。
“守り”に特化した……珍しいAIだった」
「じゃあ、なんで深層の何かにアクセスしようと?」
ジャスパーは静かに目を閉じる。
「——カレンの意思を継いでるんじゃないかと思ってる」
ユリウスの胸がひどくざわついた。
「ALは、カレンが怖がってたものを覚えていたはずだ。
“管理される世界”“自由のない都市”“壊れていく人間”……
そして——ユリウス、お前だよ」
「俺?」
ジャスパーは真っ直ぐにユリウスを見る。
「お前はロイの思想を継いだ。
『守るために戦う』っていう、優しさと攻撃性が混ざった道を」
「…………」
「カレンは最後まで、お前を否定しなかった。
でも理解できていなかった部分もある。
だからALは“その答え”を探してるのかもしれない。
クラウドの深層で——」
ユリウスの喉が乾く。
(答え……?
カレンが、俺に……?
それとも、ALが……?)
霧が割れ、外の空がうっすらと明るくなる。
朝が来る。
だが、その光は街を照らしているようで……どこか冷たかった。




