◤ 最終編 第1章:クラウドの揺らぎ ◢
◤ 最終編 第1章:クラウドの揺らぎ ◢
夜明け前の都市は、霧に包まれて静かだった。
高層ビルの窓にわずかに灯る光だけが、この街がまだ息をしていると教えてくれる。
カレンが死んでから数週間——
人々は“平穏”を取り戻したはずだった。
だがその朝、街の情報網に異変が走った。
「……AL? 応答して」
ユリウスは端末を起動しながら眉をひそめる。
画面の端には“接続エラー”の赤い文字が点滅していた。
ALは、カレンの補助AI。
彼女の死後も、「残留データ」として最低限の機能を保っていたはずだ。
それが——突然、消えた。
「クラウド層のデータが欠損? そんなはず…」
街のネットワークは生きている。
端末も使えるし、通信も止まっていない。
だが、AIだけが沈黙していた。
「……ユリウス?」
振り返ると、ジャスパーが立っていた。
ここ数日まともに寝ていないのが、一目でわかる顔だ。
「AIクラウドの第4層が、応答をやめた。ALだけじゃない。補助AIの大半が、同時に」
「事故か?」
「そうならいいけどな」
ジャスパーの声はかすれていた。
どこか、恐怖を抑え込んでいるような。
彼がこんな声を出すのは珍しい。
「……“アレ”が動いたのかもしれない」
「アレ?」
ジャスパーはすぐ答えなかった。
外の窓を見つめ、霧の向こうに沈む街を眺めている。
「ユウが壊したはずのAIコアだよ。
S計画の根幹……“本体”」
ユリウスの指が止まった。
「待てよ。
本体は完全にデリートされたって記録に——」
「記録はな。
でも、全部が真実じゃない」
ジャスパーは深く息をつく。
「……ユウが壊したのは“地上側”。
本当のコアは、クラウドのもっと深い層にあったんだ。
そこは俺の家系しかアクセスできない領域——」
「……お前の家が?」
ジャスパーはうなずいた。
その眼は、後悔を隠し切れていなかった。
「S計画は、そもそも俺たちの家系が作った。
『人間が壊れないように』って目的でな」
静寂が落ちた。
「ユウが“人間を守るためにAIを壊した”ように、
AIも“人間を守るために人間を縛った”。」
ジャスパーは拳を握る。
「その均衡が壊れたんだ。
ALが消えたのも……
クラウドの深層で“誰か”が動き始めた証拠だ」
ユリウスは気づく。
胸の奥に、冷たいものが走っていた。
「……始まるのか?」
「いや、もう始まってる。
気づかれてないだけだ」
その窓の外、街灯の光が淡く揺れた。
まるで——何かが街を“観測している”みたいに。




