第8章:分断の深淵
第8章:分断の深淵
銃声が止み、夜の廃ビルに静寂が戻った。
ただ、床にはユリウスの血が細い線を描きながら流れ続けていた。
(腕が……動きが鈍い。でも、ここで倒れるわけにはいかない。)
ユリウスは呼吸を整えながら、シグルドの姿を睨む。
シグルドは一歩も動かず、ただ冷静にユリウスを観察していた。
「ユリウス。君は優しすぎる。だから“自由”という甘い言葉に飲まれる。」
「甘い? ロイが命を賭けて守った理想を、甘いの一言で切り捨てるなよ。」
「ロイは……守るために戦った。君は壊すために戦っている。」
その言葉に、胸の奥がぐっと熱くなった。
(壊すため……違う。俺は壊したいんじゃない。
“壊さないと変わらないもの”があるだけだ。)
ユリウスは拳を握り、血を滴らせながら立ち上がった。
その時、外から轟音が響く。
ビル全体が揺れ、窓ガラスが震える。
爆発音。しかも遠くではない。
「……仲間が戦ってる。」
ユリウスは踵を返そうとするが、
シグルドがその前に動いた。
「行かせると思うか?」
「止めるなら、撃てよ。」
振り向かずに答えるユリウス。
シグルドは無言で銃口を向けた——
だが、引き金は引かれなかった。
(撃たない……。俺を“殺さない”のは、ロイへの敬意か、それとも……。)
ユリウスはその隙に外の通路へ駆け出す。
廃ビルの外は、すでに戦場だった。
自由派のメンバーが数名、ドローンに追い詰められている。
火線が走り、壁に黒い焦げ跡が刻まれ、
仲間の一人が腹を撃たれて倒れた。
「う、あああああっ!!」
腹から赤い血が流れ、服が一瞬にして染まっていく。
「マルク!!」
ユリウスが駆け寄ろうとすると、ドローンが銃口を向けてきた。
「脅威確認。排除開始。」
「やれるもんならやってみろ!」
ユリウスはマルクを庇うように前へ飛び込み、
落ちていた鉄パイプを掴んでドローンのセンサー部分に叩きつけた。
バチッ!
火花と共にドローンがよろめき、弾丸の軌道が逸れる。
(腕が痛え……でも止まるわけない。)
血が肘から滴り落ちる。
視界が微かに揺れるが、意志は折れなかった。
仲間たちの叫びが響く。
「ユリウス! 後ろ!」
振り返ると、追加で二機のドローンが天井から降下してきた。
照明が反射し、銃口が鋭い光を放つ。
「こっち来い! 遮蔽物に!」
「いや……俺が前に出る!」
「は!?」
仲間が驚く中、ユリウスは前へ。
ロイと違って、“精神崩壊しない”彼だからこそできる判断だった。
(俺は……壊れねぇ。
ロイの痛みを知って、それでも前に進むって決めたんだから。)
ユリウスは短く息を吐き、
血に濡れた拳銃を構え直す。
その瞬間——
ビルの上層部が破裂したように崩れ落ち、
巨大な影が降り立った。
安全派の強襲部隊《制御特課》。
重装の兵士が四人、
顔を覆面で隠し、
シグルドの部下であることは明白だった。
「ユリウス=ライナー、拘束対象を確認。」
「仲間をこれ以上傷つけるなら——容赦しねぇぞ。」
「抵抗する場合、殺傷許可を得ている。」
兵士たちの銃口が、一斉にユリウスへ向いた。
ユリウスは拳を握り、血を滴らせながら立ち向かう。
(ここで退いたら、ロイの意志は“安全派の正義”に塗りつぶされる。)
「……だったら!」
ユリウスは叫んだ。
「俺が! 自由をつなぐ!」




