第6章:影の継承
第6章:影の継承
夜風が、切れ味の悪いナイフのように頬を撫でた。
ユリウスは廃ビルの上階に身を伏せ、眼下の通りを見下ろしていた。
暗闇の中で、二つの勢力が対立している。
安全派(ロイの思想を正統に受け継ぐ者)
自由派(ロイの“守るためなら犠牲も許容する”影の面に魅せられた者)
どちらも、ロイを語る。
だが、どちらもロイじゃない。
ユリウスの胸がざわつく。
(ロイさん……あなたが残した “守る” は……本当はどっちなんだ?)
答えはない。
彼が知るロイは—誰より優しく、でも誰より壊れていた。
◆
通りに響く怒号が、ユリウスを現実に引き戻した。
安全派の若者が叫ぶ。
「殺すな! ロイはそんなこと望んでない!」
自由派の男が刃物を構え、狂った笑みを浮かべる。
「ロイは俺たちに“選択しろ”って言ったんだよ!
守るためなら壊していいってよォ!」
(違う……ロイさんはそんな風に言ってない……!)
ユリウスは息を呑み、屋上を蹴った。
◆ 乱戦
着地と同時、夜気が爆ぜた。
金属棒が振り下ろされる。
ユリウスはそれを腕で受け止め、衝撃で膝が軋む。
(……痛い。やばい……)
でも舌先が笑った。
次の瞬間、彼は敵の手首を押し返し、膝蹴りで距離をつめる。
武器は奪わない。
殺さない。
でも“止める”。
ロイがやっていたように。
刃が肩にかすり、温かい血が服の下で流れる。
痛みが脳を刺す。
(これくらい……大丈夫だ。ロイさんはこんな傷、もっと……)
胸が締めつけられる。
(俺は……ロイさんの“影”に追いつけてるのか?)
◆
自由派のリーダー格の男が後方から叫ぶ。
「ユリウス!!
お前はロイの本当の意志を継げる器だろ!!」
安全派の少女が涙を浮かべて叫ぶ。
「ユリウスくんはロイの“光”を継いでるの!!
あなたたちなんかとは違う!!」
叫び声が飛び交い、ユリウスの心はズタズタに割れた。
(……どっちだよ……ロイさんは……どっちなんだよ……)
混乱の中、自由派の男が背後から鉄パイプを振り上げた。
ユリウスは振り返る暇もなく――
ガンッ!
鈍い音が響き、男が吹き飛んだ。
安全派の青年が、血のついた盾を構えて立っていた。
「ユリウスくん、下がって! ここは俺たちが——」
その瞬間、ユリウスの胸がズキッと凍った。
(ロイさんと……同じだ)
守られる感覚。
それが、怖い。
「……やめろよ」
ユリウスの声は、夜風より冷たかった。
「俺は……守られる側じゃない。
俺が……守る側だ……!」
自分に言っているのか。
ロイの影に叫んでいるのか。
もう分からない。
◆
自由派の残りが一斉に襲いかかる。
ユリウスは前に踏み出す。
身体は悲鳴を上げる。
切り傷から血が滴る。
腕が痺れ、足が揺らぐ。
でも止まらない。
止まれない。
(ロイさんが……守れなかったものを……俺が……)
殴る。
蹴る。
押し倒す。
奪うのは敵の“動き”だけ。
地面に倒れた敵の白目が光った。
(……俺、何してんだ……?)
血の匂いが濃くなる。
倒れた人々。
荒い呼吸。
震える自分の手。
ユリウスは足を止めた。
(これ……ロイさんの“影”じゃないか……
俺は今、それに……飲まれかけて——)
夜が、ユリウスに答えを与えないまま、深く沈んだ。
◆ 章末・ユリウスの独白
肩の傷が痛む。
息が荒い。
でもそれ以上に胸が苦しい。
「ロイさん……」
夜空を見上げる。
「俺は……あなたの何を受け継げばいい……?」
返事は風に消えた。
ユリウスの影は、ロイよりも長く、歪んで伸びていた。




