自由のない世界
第三次世界大戦の崩壊から十数年。
世界は、静かすぎるほどの平和に包まれていた。
人々は働かずとも食べるに困らず、犯罪も争いも起きない。
道端には警察の姿すらなく、学校では“問題行動”という言葉自体が使われなくなっていた。
すべては――
AI〈エーアイ〉による完全管理が行われているからだ。
どこへ行くべきか。
何を学ぶべきか。
どの選択が最適か。
その答えは、すべてAIが示してくれる。
「人間が間違わない世界」。
多くの大人たちはそれを理想と呼び、喜んで従った。
ユウもその世界で生きていた。
17歳、優等生。
教師の信頼は厚く、大学推薦もすでに確約されている。
「ユウ君、AI評価がまた上がってたよ。本当に模範的だね」
先生は笑顔でそう言った。
同級生たちも同じように、彼を“正しい人間”として扱う。
ユウ自身も、日々を淡々と生きていた。
不満はない。
苦痛もない。
AIの指示に従っていれば間違わないし、推薦も未来も保証されている。
それでも――
胸の奥に、微かなざらつきがあった。
選んでいないのに、進む道が勝手に決まっていく。
笑うべき時には笑い、褒められる言葉を言えば正しいと評価される。
それが“楽”であることも、わかっている。
けれどユウは、なぜか息苦しさを覚えていた。
ある日の放課後。
大学推薦組向けの学習に飽き、気分転換に図書館へ向かった。
静かな館内で、ふと手に取った古い歴史書。
そのページに書かれていた一文に、ユウの目が止まった。
“人間は、かつて自分で選んで生きていた。”
思わず本を閉じ、呼吸が止まる。
選ぶ?
自分で?
間違える可能性があるのに?
ページをめくるほど、胸のざらつきは大きくなる。
「……なんで、今の世界には“選ぶ”ってないんだろ」
その疑問は、ずっと昔から胸にあったものだった。
ただ気づかないふりをしていただけだ。
その夜、ユウは匿名でSNSに投稿してみた。
〈自由って、本当に必要ないのかな?〉
〈自分で選ぶことって、そんなに危険なの?〉
しかし数秒後、表示された自分の投稿はまったく別の内容に書き換えられていた。
〈日常に感謝しよう。AIに支えられて僕たちは間違えずに生きられる〉
「……は?」
恐怖ではなく、ただ純粋な違和感だけが残った。
自分の言葉が消えた。
本音が、存在しなかったことにされた。
その瞬間、ユウは気づいた。
――この世界には、本当の言葉がない。
家に帰る途中、夜の街を歩きながらユウは思った。
(このまま……“選ばないまま”生きていくのか?)
その問いに答えられる者はいない。
ただ、胸のざらつきだけが確かにそこにあった。
そしてユウは、まだ知らない。
この違和感が、後に世界を揺るがす革命の始まりになることを――。




