第9章:守る者の歪み
第9章:守る者の歪み
ロイは朝から「世界がうるさすぎる」と感じていた。
誰かが笑う声、遠くの車の音、テレビのニュース。
全部が、自分を責め立てる雑音に聞こえる。
昨日、自分の判断が人を傷つけた。
その一点が、頭の中に杭みたいに刺さって抜けない。
◆
学校で、友人が近づいてきた。
「ロイ、昨日のこと……大丈夫か?」
優しい声のはずだった。
でもロイには、なぜかその言葉が“責め”に聞こえた。
「……大丈夫かどうかを聞くってことは、俺が大丈夫じゃねぇって思ってるんだろ?」
自分でも驚くほどトゲのある声だった。
友人はたじろぐ。
「いや、そんなつもりじゃ——」
「じゃあ言うなよ! 軽く触るな!」
教室に一瞬、重い沈黙が落ちた。
ロイは目をそらし、席に戻る。
指が机に触れると、ほんの少し震えていた。
◆
授業中。
黒板の文字が「責任」「判断」「犠牲」に見えた。
実際にはそんな単語、書かれていない。
でもロイにはそう見えた。
心臓がドクン、と強く脈打つ。
頭の中で、あの日の光景が勝手に再生される。
「……やめろ……」
小さくつぶやいたが、止まらない。
「ロイ、大丈夫——」
先生の声が聞こえた瞬間、ロイは勢いよく立ち上がった。
「大丈夫じゃねぇって言ってんだよ!!」
教室中が驚きに固まる。
ロイは自分の声が、自分のものじゃないみたいに感じた。
◆
放課後。
人気のない廃ビル近くのフェンスに背中を預け、ロイは深呼吸を繰り返した。
でも呼吸するたび、胸の奥がきしむように痛い。
「守るんだ……守る……守る……」
気づけば同じ言葉を何度も呟いていた。
「守らなきゃ……俺が……俺だけでも……」
拳が勝手に握られる。
怒っているわけじゃない。
でも、世界が“自分を試している”ように感じてしまう。
その時、廃ビルの前で不良っぽい男たちが誰かを囲んでいるのが目に入った。
ロイの頭の中で何かがスイッチのように入った。
「……また誰かが傷つく」
次の瞬間、ロイは走り出していた。
「やめろ!!」
声は怒鳴り声というより、叫びに近かった。
男たちが振り向く。
だがロイは引くつもりなど最初からなかった。
「お前らを放っておくと、また誰かが泣くんだよ!」
拳が跳ね上がる。
相手は逃げた。本気で怯えて。
ロイの拳には一切血はついていない。ただ、その瞳は鋭く研ぎ澄まされていた。
◆
夜。
ロイは自室のノートを開いた。
気づくとページの端にびっしり書かれていた。
「守る」
「止める」
「間違えない」
「俺ならできる」
「俺がやらなきゃ」
まるで、何かに追い立てられるような文字。
勢いがありすぎて、線は裏のページまで食い込んでいた。
ロイはそのページを見て、背筋がぞっとした。
「……俺、こんなん書いたっけ」
息が震える。
自分の思考が、少しずつ自分から離れていく。
「守る……守るんだろ……?」
呟きが震え、言葉の意味すら曖昧になる。
守りたいのか、怖いのか、怒っているのか。
自分の感情なのに、もう見分けがつかない。
ロイはそっと目を閉じた。
暗闇の方が落ち着けると思ったのに、その暗闇の中でさえ、ざわざわとした何かが形を変えて迫ってくるようだった。




