第8章:国家の選択 ― それぞれの正義が動き出す
第8章:国家の選択 ― それぞれの正義が動き出す
ナルイ連邦とロソルト国の戦争が始まってから、世界はどこかざわつき始めていた。
だが、日本は“安全な国”として長く平穏を保ってきたため、市民はまだどこか他人事のように感じていた。
――その日までは。
■1:国家の発表
朝。
学校へ向かう途中の道路に、異様なほどの警察車両が並んでいた。
ロイは思わず立ち止まる。
(なんだよ……今日はやけに多いな)
すれ違う大人たちの会話も、どこか沈んでいる。
「ついに日本も動くのか……」
「しょうがないだろ、世界がこうなんだ」
胸の奥がざわつく。
学校へ着くと、教室のテレビが緊急ニュースを映していた。
『政府は本日、
“安全優先指針”の検討に入りました』
ざわっ――
教室が一気に騒がしくなる。
「安全優先って……また管理社会みたいにする気か?」
「いや、日本はAIみたいなことはしないだろ」
「でも自由が減るのは嫌だなぁ……」
ロイはテレビから目を離さず、呟いた。
「……安全を優先しないと、この戦争の波がくる。
当たり前だろ……」
その言葉に、クラスメイトが振り返る。
「ロイ、お前……安全派なの?」
「当たり前だろ。俺は……守りたいんだよ」
言い切った瞬間、胸の中に少しの後ろめたさがあった。
自由を求めたユウの顔が頭に浮かんだからだ。
■2:ユウの影
その日の放課後。
ロイは帰り道で、偶然ユウとすれ違った。
「ロイ……話せるか?」
「別にいいけど」
公園のベンチに腰を下ろすと、ユウがゆっくり問いかける。
「ロイ。お前は安全を選ぶんだな」
「……ああ。守れなかったのが悔しいから」
ロイの脳裏に、あの店で倒れた若者の姿が蘇る。
暴れる少年を押さえつけたとき、
自分が振るった拳が、誰かを傷つけた感触が残っている。
「もうあんな思いしたくねぇ。
誰も傷つかない世界にしたい。それなら……安全が必要だろ」
ユウは少し黙り、空を見上げた。
「自由って、誰かが選んで、誰かが苦しむんだ。
でも安全ってのも……誰かの自由を奪うことになる」
「そんなこと言ったら……何も選べねぇじゃん」
「そうだよ。
だから俺は、選んだ責任に今も苦しんでる」
ユウの声には、15年前の重さが宿っていた。
反乱を起こし、AIを止めた英雄。
でも、その裏で失われた“未来”を、彼は忘れていない。
「……ロイ。安全を選ぶお前を、俺は否定しない。
だけど、選んだあとに起こることから目をそらすなよ」
その言葉はロイの心に深く刺さり、消えなかった。
■3:揺れる日常
翌日。
街の様子は、目に見えて緊張感を帯びていた。
警らドローンは増え、主要駅の入り口には警備員が立つ。
商店街でも、客たちの声には不安が混じっていた。
「戦争が広がったらどうなるんだ?」
「自由どころじゃないぞ」
安全を求める声も自由を守る声も、どちらも正しく、どちらも不安定。
ロイは学校の帰りに同級生の言い争いを見かけた。
「自由を守らなきゃ世界は腐る!」
「何言ってんだ!安全がなけりゃ死ぬんだよ!」
ロイは思わず止まった。
胸の奥が痛む。
(俺の言ってることって……“安全派”の正義にすぎないのか?
本当に……守れてるのか?)
その時、どこからかテレビの音が聞こえた。
『政府は、先の戦争拡大を受け、
安全優先指針の制定を加速――』
ロイの拳が、自然と震えた。
(……もう、後戻りできねぇ)
■4:ロイの決意
家に帰ると、親が言い争っていた。
「規制は必要よ!戦争になったら困るじゃない!」
「いや、自由が減るんだぞ!?昔に戻る気かよ!」
ロイは耐えられなくなり、自室へ閉じこもる。
窓の外には、警察車両が通り過ぎる光。
(自由は……世界を狂わせた。
でも安全だって……人を締めつける)
頭の中で、相反する正義がぶつかり合う。
だが、世界が混沌へ向かう中で、ロイの中にはひとつだけ揺るがないものがあった。
――“誰も傷つけさせない”という願い。
それがロイを突き動かしていた。
「……もう決めた。
俺は安全を選ぶ。
たとえ誰かに嫌われても、守りてぇんだよ」
その決意は、強い意志だった。
しかし同時に――
ロイがこの先背負う“重さ”の始まりでもあった。




