第7章:揺らぐ安全 ― 選んだ正義の代償 ―
第7章:揺らぐ安全 ― 選んだ正義の代償 ―
ナルイ連邦とロソルト国の衝突は、ついに周辺国を巻き込み始めた。
日本も例外ではなく、海沿いの地域では避難勧告が出され、人々はざわつき、街は緊張の色に染まりつつあった。
学校でもニュースの話題ばかりだ。
「日本も危なくなるって噂、マジなんじゃね?」 「もし戦争になったら……どうなるんだろ」
生徒たちの声は不安と興奮が混ざり合っていた。
ロイは窓の外を見つめながら、小さく呟いた。
「……自由って、ほんと狂ってやがる」
戦争のきっかけを作ったのは、どちらも“自由の拡大”を掲げていた国。
自由の名のもとに他国へ口を出し、やがて衝突した。
その現実は、ロイの中の“安全の正しさ”を強く後押ししていた。
しかしその日、ロイは“初めての後悔”を味わうことになる。
■ 街の混乱
放課後。
近くの商店街で、食料品の買い占めが起きた。
レジ前では言い争う大人たちの声が飛び交い、店員は必死に制止している。
“もう戦争が来るんだぞ!”
“家族を守らなきゃ生きていけないんだ!”
混乱の渦に、ロイは反射的に足を踏み入れてしまった。
すると、その中で一人の若者がカートを押して店員に詰め寄っていた。
「嘘つくな! 奥に在庫あるだろ!」
店員は必死に首を振る。
「本当にないんです! 配送が止まって――」
「ふざけんな! 俺の家は……!」
若者はカートを乱暴に押し返し、通路の棚にぶつかりそうになった。
ロイの脳裏に、“あの時の難民清掃”の光景がよぎる。
助けられない人がいる世界。
暴れるやつを放置すれば、誰かが必ず傷つく――。
「……やめろよ」
気づけばロイは一歩踏み込んでいた。
「今ここで荒れたら、もっと困る人が出る」
「は? なんだ中学生かよ。黙ってろ」
若者は苛立った目でロイをにらむ。
ロイの胸の熱が膨らんだ。
「やめろって言ってんだよ」
強い声。
その瞬間、店全体のざわめきが少し止まった。
「……チッ!」
若者がロイの肩を乱暴に押しのけようとした。
ロイの頭は反射的に判断した。
こいつを許すと誰かが傷つく。
止めなきゃいけない。
手が動いた。
殴ったわけじゃない。
胸元を強く押し返しただけ。
それでも相手は足をもつれさせ、後ろへ倒れ――
棚に腕をぶつけた。
「いっ……てぇ……!」
店が静まり返る。
店員が駆け寄り、周囲の大人がざわつき始めた。
「おい! 大丈夫か!?」 「何してんだよ!」 「危ないだろ!」
ロイは息を呑んだ。
怪我は軽い。血も出ていない。
でも――ロイがやってしまったのは事実だった。
“守るため”に選んだ行動が、
“誰かを傷つけた”という結果に変わった。
その瞬間、ロイの胸が重く沈んだ。
■ ユウの言葉の重み
帰り道。
ロイはぼんやりと歩きながら呟いた。
「……俺、間違ってたのか……?」
いや、違う。
暴れるやつが悪い。
誰かが止めないと被害が出てた。
それでも――胸が痛い。
「ロイ」
後ろから声がした。
振り返ると、ユウがゆっくりと近づいてくる。
「さっきの店の話……聞いた」
ロイはうつむき、声を詰まらせた。
「俺……守るつもりだったんだ。
でも、あいつを……」
ユウは静かに息を吸い、優しく言った。
「ロイ。
守るための正義が“誰かを傷つける”ことは、避けられないこともある。
だけどな……」
ユウはロイの肩を軽く叩いた。
「それを悔しいと思えるなら、お前はまだ大丈夫だ」
「……大丈夫?」
「ああ。
選択の結果を背負える人間だけが、本当に守る力を持てるんだよ」
ロイは目を見開いた。
自分の胸が痛む理由に気づく。
――“守ったつもりで、誰かを傷つけてしまった”
その事実が、悔しくて、苦しくて、逃げたくなるほど重い。
でも、その重さを感じられるのなら――。
ロイは小さく息を吸い、ぐっと拳を握った。
「……次は、間違えない。
今よりもっと……ちゃんと守れる力がほしい」
ユウは微笑んだ。
「その気持ちがあれば、前に進めるさ」
戦争の波が迫る世界で、
ロイの“安全の正義”は揺らぎながらも、より強く、深くなっていく。
しかし――
この選択が、彼をさらなる試練へ導くことになるとは、
まだ誰も知らなかった。




