第6章:交錯する理想 ―自由と安全の狭間で―
第6章:交錯する理想 ―自由と安全の狭間で―
戦争が始まってから数週間。
街では「自由派」と「安全派」で意見が分かれはじめ、学校でも空気がざらつき始めていた。
ロイは、いつもより早く登校していた。
胸の奥が落ち着かない。
昨日の自分の行動――落書き青年を強く追い返したことが、妙に引っかかっていた。
守るために必要だった。間違ってない。
……はずだ。
そう言い聞かせていた。
すると、校舎の入り口に見慣れた男が立っていた。
「……ユウ?」
ユウは、かつてAI反乱を率いた英雄のように語られることもあった男。
いまは教師として静かに暮らしているはずなのに、妙に険しい表情をしていた。
「ロイ。話したいことがあるんだ」
二人は人気のない教室へ入る。
「ロイ、お前……最近、危ないことしてないか?」
その口調は叱るでも責めるでもなく、ただ心配しているようだった。
だがロイは少し眉をひそめる。
「危ないって何の話だよ。俺はただ……守ってるだけだ」
「守るためなら、誰かを追い詰めてもいいのか?」
ユウの問いは静かだが、刃のように鋭かった。
「追い詰める? 違う。
こいつを許すと誰かが傷つく――俺はそう思ったから止めただけだ」
ロイは拳を握る。
自分でも気づかぬまま、肩に力が入っていた。
ユウはゆっくり首を振る。
「ロイ。安全を求める気持ちはわかる。
でもな、安全って“誰かを力で黙らせること”じゃない。」
「じゃあどうすんだよ!」
ロイが少し声を荒げる。
「見て見ぬふりして、誰かが傷つくのを待つのか?
俺は……あの難民清掃の時に見たんだ。
助けられない人がいる世界の怖さを!」
ユウは一瞬だけ沈黙し、穏やかな目をする。
「ロイ。俺も昔、世界を変えようとして戦った。
でもな……『正しさを貫くほど盲目になる瞬間』がある」
「盲目……?」
「自分の信じる“守り方”が絶対だと思った瞬間、人は周りが見えなくなる。
自由を求めた俺たちがそうだったようにな」
ロイの表情が固まる。
ユウは続けた。
「お前の中の“守りたい”って気持ちは、本物だ。
でも、それが膨らみすぎると――誰かを縛る力に変わる」
「……違う。俺はそんなつもりじゃ――」
「つもりがなくても、そうなってしまう。
人は、守るためなら正義を暴走させてしまうことがあるんだ」
ロイの胸の奥で、小さな何かが軋んだ。
昨日の青年の怯えた顔が、ふと脳裏をよぎる。
……でも。
「それでも、守らないよりマシだろ」
ロイは視線を逸らさずに言った。
「自由が暴れるなら、誰かが歯止めをかけないといけない。
守る側が弱ければ、弱い人から順に潰されていくんだよ!」
ユウの表情が、苦しげに歪んだ。
「ロイ……それは“安全”じゃなくて“支配”の思想だ」
その言葉は、ロイの胸に重く沈んだ。
「支配なんかじゃねぇよ……!」
「じゃあ答えろ。
“お前が正しい”って、誰が決めた?」
ロイは息を呑む。
自分が選んだ道は、ただの正しさのはずだった。
誰かを救うための選択のはずだった。
なのに――。
ユウはロイの肩にそっと手を置いた。
「ロイ。
自由も危ない。
安全も危ない。
どっちを選んでも、誰かが傷つく。
だからこそ、人は話し合い、調整して生きるんだ。
“ひとりの正義”で世界を固めちゃいけない」
ロイは視線を落とし、しばらく黙った。
胸の中で、守りたいという熱が渦巻き、形を変え始める。
「……でも俺は、守りたいんだよ。
ユウさんが言っても、止められないかもしれない」
ユウは静かに微笑んだ。
「止めるために来たんじゃない。
“お前が暴走しないように横に立つため”に来たんだ」
ロイは驚いて顔を上げる。
「お前の正義が世界を壊さないように、支えてやる。
それが、かつて正義を間違えた俺の役目だ」
ロイの胸の中で何かが変わった。
守るという覚悟は消えない。
でも――一人で突っ走る危うさに、初めて気づいた。
自由と安全の狭間で、少年の正義は揺らぎながら形を変えていく。
ここから、ロイとユウの新しい物語が始まろうとしていた。




