第4章:安全を名乗る者
第4章:安全を名乗る者
街では戦争の余波が少しずつ広がり始めていた。
隣国の混乱が波のように押し寄せ、物価は上がり、人々の不安は増していく。
ロイの学校でも、どこか空気が重い。
授業中も、誰かがニュースをこっそり見ては、ざわつきが走る。
(……このままじゃ、絶対にもっと悪くなる)
そう思うと、胸の奥がじりじりして落ち着かない。
放課後。
ロイは家に帰る途中、商店街の路地で人だかりを見つけた。
「やめろよ!返すから!」
「返す? その財布、お前のじゃねぇだろ!」
二人の大人が揉み合っている。
一人は店の配達員の服を着ていて、肩で息をしている。
もう一人は薄汚れたコートを着た男で、必死に逃げようとしていた。
ここ最近増えている、小さな盗難だ。
ロイの中で、何かがパチンと音を立てた。
(こんな揉め事が街に溢れたら……誰が守るんだよ)
気づけば、ロイの足は勝手に前へ進んでいた。
「おい」
ロイの低い声に、揉み合っていた二人が振り向く。
コートの男が舌打ちした。
「ガキは引っ込んでろ。これは――」
「それ以上やったら、誰かが傷つく」
ロイは一歩踏み込んだ。
拳を握りしめながらも、深く息を吸う。
「だから……ここで止める」
男が焦ったように振り返るが遅かった。
ロイの拳が、真っ直ぐ、しかし力を抑えて男の顔に触れるように打ち込まれた。
血は出ない。
倒れもしない。
ただ、男の体勢を崩すための一撃。
「ぐっ……!」
男は腰を落とし、その隙に配達員の青年が財布を取り戻した。
ロイは男の肩を押さえ、静かに言った。
「逃げてもいいけどさ。
その前に――誰も傷つかない選び方くらい、しろよ」
男は何も言わず、ふらふらと路地の奥へ消えていった。
青年は息を整えながら、ロイに頭を下げた。
「ありがとう……!君が来なかったら、どうなってたか……」
「別に。俺が殴られたりしても嫌だしな」
ロイはそっぽを向いて歩き出した。
だが、胸の中では別の言葉が渦巻いている。
(こういうのがもっと増えたら?
この国の治安が崩れ始めたら?
自由だからって、人が好き勝手したら……)
拳がまた、ゆっくりと震え始める。
(……誰かが止めないと)
帰り道。
ロイはふと、数日前に見た“難民キャンプの清掃をする大人たち”を思い出した。
戦争で行き場を失った人々を前に、
清掃員の大人たちは黙々と作業を続けていた。
誰にも褒められない。
誰にも気づかれない。
それでも、誰かの安全のために行動していた。
(ああいう大人が……この国を救ってんだ)
そして思う。
(ユウさんは、自由を選んだ。
でも俺は……違う)
ロイは空を見上げる。
曇った空の奥から、遠くに雷鳴のような音が微かに響いている。
ナルイ連邦とロソルト国の戦闘が、さらに激しくなったのだろう。
風が冷たく吹き抜ける。
「自由が俺たちを守るわけじゃねぇ。
守るのは――俺たち自身だ」
ロイは強く拳を握りしめた。
その瞬間、彼の中でひとつの想いが形になる。
“この国を安全にする。
そのためなら、多少嫌われても構わない。”
ロイの決意は静かだったが、確かに火を灯していた。




