8.主人
本家への伝達や必要な荷物の手配を終えてから奏斗の家に顔を出したのは、相川が奏斗へパーティー出欠の確認をした日から2日程経っていた。夕方に戻りますとお伝えし、それなら一緒に夕食でもどうかと提案があったので、ご相伴にあずかることとした。坊ちゃんは幼少期からお一人でもわがままを言うこともなく、無論我々使用人のことも気にかけてくださるとても聡明な方だ。
例えば、定期的に一般人にはとても手の出ないような贈り物が届くわけですが、多すぎる高級な菓子やフルーツなど食品類を、ただで使用人に振舞うことはできない。しかし、自分が寂しいからと言う“業務上のお願い事項”として“使用人たちが主人と同じ時間を共有すること”という依頼として出してきては、時々食事やティータイムを共にすることがあった。
依頼と言っても、こちらの都合が付かないときはもちろんそのようなお願いを口にはしてきませんし、甘えているようで誰にもデメリットがない状況下でしか発動せず、頻度も適度と考えられた命令に、当時はまだ10歳に満たない相手に、ただ感嘆したことを鮮明に覚えている。
長年お仕えして、そんな彼が依頼など出さなくとも、友人としてできることをして差し上げたいと思うのは、老いぼれとして当然のことであるが、それでもなお、彼が執事としての自身を求めるなら、その期待に応えたいとも思っている。いつか、そんな彼が上下関係のない相手と対等な関係を築いて心置きなく過ごしてくれたなら、どんなに喜ばしいだろう、などと考えながら、通い慣れた奏斗の家に着いて、リビングに続くドアに近づくと、何やら楽しげな声が聞こえてきた。
「う~ん、ボン、カーテン…」(シャーッ)
「うわ、くすぐったい…」(バタバタ…)
中をのぞくと、テーブルに顔を付けて伏せて見せた奏斗坊ちゃんと、カーテンの端を加えて締めているボンさんの姿があった。庭に自由に出入りできるようにしてあるので、散歩でもしていたのでしょうか、戻ってきたときにカーテンがめくれてしまったのを、閉めるように促されて、ボンさん自ら閉めてあげているようでした。
そのまま坊ちゃんのところに戻り、褒めてほしいのかクンクン鼻を坊ちゃんの足先に押し付けています。
まるで自分で歩いてやれ、とでも言いたげに。
「ただいま戻りました」
「あ、おかえり。色々お使いご苦労様」
「いえいえ、それより、ボンさんとずいぶん仲良くなられたようですね。まるで会話がかみ合っているように見受けられましたよ」
「ほんと?ボンは飼い主に似て天才かもしれなくてね。話は全部わかるみたい」
ついさきほどまでの心配を他所に、主人は寄り添う相手を見つけたようだと、微笑ましい光景にほっこりしながら
相川は夕食の準備を始めたころ、奏斗がオレに向かってウインクしてきたのでそっと目をつぶることにした。
前日の夜は奏斗の部屋で最終打ち合わせをすることになった。
おいでとベットの上を手でポンポンと叩いている当人は、珍しくベットにあぐらをかいて座りながら、目をまっすぐ見て言ってきた。
「いいかい、もし僕の身に何かあったら、君はすごくかわい子ぶるんだ。悪いようにはされないよ(遠い目)。ころん、ってお中でも出してしっぽをフリフリすれば、たいていの奴ならイチコロだと思う。さあ、一度練習しようか」
言い終わるのとほぼ同時に襲われた。
「何する、やめろ」背中に乗っかられて抱きしめられてなんだかよく分からない体勢のままカーペットの上をゴロゴロとした。
「うー抱き心地最高。あー可愛いかわいい僕のボンちゃん」
「キモイ辞めろ離れろ」
「照れちゃってもう」
んあーと足で蹴っ飛ばして何とか振りほどいたが、しつこく触ってくる。急にどうしたんだ、と思ったがベットサイドのグラスを見つけ、察した。
「お前飲んでるんだろ?」口元の匂いをかぎ取っても、ほんの微量のようだが。
「ダメじゃないでしょ。僕もう大人だし。ボンの世話もできてるし。明日からの計画もバッチリ立てて準備は万端なはずだから。それなのに、やっぱり何か見落としがあるのではないかと心配になっちゃうんだよ、失敗したくないしボンは絶対絶対守るからね」
…酔っている。
自分一人で立ち回るのと、大事なものをたくさん抱えて守り切ろうとすることは不安と責任が大きく違う。まして、奏斗の意志で始まった関係ではない。突然何の前触れもなく現れたオレを無条件で受け入れて、背負追うともがいているのか。
「…バカなやつ」ふ、と頬を鼻で撫でてやり、俺だってお前を守るくらいはしてやると眠りに落ちかけた奏斗に布団をかけて自分も横に丸まった。




