7.再出発
7.再出発
「ボン?疲れちゃったら休憩にしようか?」
「ああ、悪い、少しな。」
「いいよ、今日はここまでにして、また話したくなったら聞かせてね」
奏斗には、オレが元々人間だったはずであること、警察関係の潜入捜査中おそらく殉職したこと、目が覚めたらここにいたことを簡単に説明した。
「分かった。でも、亡くなっているなら、やっぱり何か心残りとかあって、戻ってきたのかな?」
「いや。最後に少しは良いことができたと思っているし、それで死んだなら自分のやったことに対して後悔はねえな」
「…ボンかっこいいね」
自分も誰かの役に立つならそんな人生を送りたいとは思っても、いざとっさに体が動くかと言えば別の問題だ。
「カッコついてねえから今犬なんだろうけどな。まあ、褒美としてのアディショナルタイムなら有難くのんびり過ごさせてもらうけどよ」
なぜ犬なのかとは思うが、なってしまったものは仕方がない。存分に満喫させてもらうのには奏斗の元というのは申し分ない環境だろう。三食昼寝付きだ。
記憶を取り戻してからというもの、あの時の現場に助けが間に合ったのか、奏斗に言って状況を調べることもできるだろうが、正直今知ったところで出来ることはあまりにも少ない。むしろ、下手に近づいてしまったら、危険に巻き込むことになるかもしれない。もしも何かの因果があるなら、その時まで待つべきだと直感もあった。
単に自分が犬になった理由が欲しいだけかもしれないが、その考えには蓋をした。
それから数日は、家とアトリエのどちらかで過ごし、時々執事の相川がやってきては奏斗とオレの世話を焼いてくれた。
「そういえば坊ちゃん、そろそろこの時期になりましたが、今年はいかがいたしますか?」
相川が一通の手紙をトレーに乗せて奏斗に差し出すと、一瞬今まで見せたことのない怪訝な顔を見せた。
ちなみにオレは相川がいるとき、一度言葉が通じるか試してみたが、やはり奏斗以外の人間には犬の鳴き声としてしか聞こえてこないようだったため、奏斗と二人の時以外は黙って見守っている。
「もしご出席になられるようであれば、必要な正装はご用意いたします」
「…。悪いね、今年もパスさせてもらうよ。でもそうだね、いいことを思いついた。放浪息子らしく、パーティーが終わるまで、しばらく留守にするよ」怪訝な顔から一変、純粋にいたずらを楽しむ子供のようなに笑みとともに目をキラキラさせている。
「どこかへお出かけになるのですか?」
「そうだね。ボンの歓迎も兼ねて社員旅行をしようと思う」
「おや、ボンさんは立派な製作パートナーでしたからね、すぐにご準備いたします」
「ありがとう。最低限で良いよ。優良企業目指して僕も自分でできることを考えてみるよ」
「承知しました。それでは、お仕事の都合で出張に出ているという内容で、お返事をまとめておきますね」
「いつも助かるよ、ありがとう。それで、早速だけど、行先について、ちょっと相談してもいいかな?」
夕食も終え、相川が帰るのを待っているとうっかり眠ってしまったようで、気が付いたときには22時を回っていた。
顔を上げて奏斗を探すと、珍しく眼鏡をかけてパソコンで作業する姿が見えた。
先程の相川との話しが気になってはいたが、こういう時に、しかも寝起きでいきなり聞くのも気が引け、なんとなくそーっと奏斗の足元に移動してみた。
「あ、起きてきたね」
「…ああ」
ふふ、と笑って頭を撫でて、さっきの話だけどさ、とこっちから聞かなくても話題にしてくれた。
「車で移動して、温泉旅館を2週間ほど貸し切ろうと思います」
「…は?」
「…え?温泉嫌いだった?」
「いや、好きだけど、そこじゃねえよ」
「あ、社員旅行を独断で決めちゃってごめんね、」
「…。好きにしろ。ただ、ずいぶんと長い休暇だと思ってよ。お前さんも仕事あんだろ?それにわざわざ貸切にする必要あるのか、と思ってよ」
「あー、それはね、逃避行にはそのくらい必要でしょ?」
…にっこりと笑ってはいるが、少し憂い気なのは例の手紙が原因だろうか。
「それに、社員旅行だから、行った先でも創作はするつもり。今はデジタルアートや、ペンだけでの作風も作っているから、割とどこでも活動できるしね。つまり僕ってどこでも稼げちゃうね!」
…清々しいほどあっけらかんとしている。
「あと?貸切りにするのは、僕が一人でしゃべっているように見えても、おかしな人だと思われないで済むのと、“家の”スパイが潜り込んでくるリスクも減らせるからだね」
…狙われているのか。こいつが喋るほど疑問しか出てこない。
「君さえよければだけど、そこで紹介したい人もいるんだ」
「その旅館とやらにか?」
「そう。その旅館、相川の奥様の実家が経営していてね、さっきちょうど予約OKの返事を受け取ったところだよ」
PCのモニタを指先でなぞりながら話を続けた。
「“私”が南にバカンスに行っている間、相川にも休みを取らせて奥さんと実家に戻れば、実家がその間休館していても周りには娘夫婦が遊びに来ているから、で済むし、“僕たち”が貸切っていても誰にも不審に思われないでしょ。旅館の売り上げにも貢献できるし、たまの贅沢も必要だよね」
「…あのおっさん、結婚してたのか」
いつもピシッとして年を感じさせぬ働きが、自身の生活感や存在感すら全く感じさせないからイメージが付かない。
「え?そうだよ。色々あって、結果僕がキューピットになったって奥さんからは言ってもらったけど。子供のころに迷惑かけちゃったからね、頭が上がらないのに、今でもほんとの家族みたいに接してくれるから、夫婦のこと揃って信頼しているよ。だから、ボンのことも知ってほしくてさ」
「事情は分かった」
わざわざ行先を偽装し、自分の親からの招待を蹴ってまで、“家族のような”人たちに先に合わせたいという。こいつも苦労しているのかもしれない。
「あと、こっちはまだ声かけてはないけど、もう一人ちょっと変わった子も呼ぶかもしれない、まあ、説明は追々ね…。」
「歯切れが悪いな」
「うーん、どうしようかとも思ったけど、一応かかりつけ医は居たほうがいいかなって」
「なんだ?どこか悪いのか?」
「そういう訳ではないけれど、何かあったときに慌てないようにと思ってね」
良く分からないが、健康ならまあいいか。
「それでね、見えるかな?ちょうど今、旅のしおりを作っていたところ」
PCの画面をこちらに傾けて何やら本格的な計画書が練られている。
ずいぶんと張り切っていて、道中の休憩できるサービスエリアや、犬連れOKなカフェ、目的地付近のハイキングコース、紅葉写真スポットなどがラインナップされていた。
元捜査官からしたら、足が付くから自家用車で動いたら行先偽装の意味ないのでは?と思っていたが、そこもしっかりカバーしているらしく、車も乗り換えながら進めるようだ。予算が半端ない。
「お前、なんでそんなに金があるんだ?」
「直球だねぇ」ストレートに聞かれても嫌な顔はしないが、ほのほのと微笑んで交わされた。
いくらいい作品作ったとしても、日本だと芸術はさほど金にならないという話はよく聞く。生活に困っているなら分かるが。
「どうしたらここまで潤沢になんだよ?」
「そうだねえ、確かに価格はピンキリだけど、僕の場合はありがたいことに契約してもらっている出版関係や美術館関係に卸す定期的な仕事もあるし、海外へオークションって手もあるね」
「…。で?他にはなにやってんだよ」
「手厳しいね。それだけでも十分だとは思わない?」
「ねえよ」
「そうかー。うん。まあ、子供のころから投資を勉強して、ある程度使えるお金がまとまってからは、不動産やら株やら運用していて、それが独立のベースにはなっているかな。」
「…。危ない金ではないんだな?」
「そりゃそうだよ。むしろ、実家のお金の方が見返りを求められそうで怖いからね。」
「賢明だな」
「光栄です」
素直にそれだけ多彩だと普通にビジネスマンになっても通用しそうだなと思ったが、絵を描いている方が楽しいなら、その方がこいつには良いのだろう。
「でも、ボンは相川にしばらく預かってもらう体で、家から相川の車に一緒に乗ってもらって現地に直行したほうが遠回りしなくて済むから、行き帰りと別行動という手もあるけど、どうする?」
効率だけ考えたら、こいつの提案通り別行動が手っ取り早いだろう。
もちろん現地合流で、と言いたいところだ。
それなのに、その話をする前に、なぜお手製のイラストまで付いた“旅のしおり”を見せてから聞くのか。
「お前と行く」
「いいの?ダミーの空港までハイヤーに乗る際はケースに入ってもらう必要もあるかもしれないよ?」
「ふん、大人しくしている」
「ありがと。じゃあなるべく快適に過ごせるように特製特大のケースを用意するね」
「普通で良い。特大にしたらお前持てねえだろ」
奏斗はそれもそうかと素直に従うことにした。
その後、夜遅くまで社員旅行という名の遠足について持ち物や、やりたい事リストについて案を出し合った。
ボン、大地は子供のころ普通に遠足や修学旅行に参加していたし、自分が過ごしたのはそれなりの学生生活だったと思っている。しかし、奏斗の方はまるで経験がないらしく、小説や漫画、テレビなどから、年齢・学年ごとに様々なイベントというのもが催されていることを知識として知っているだけだった。
…やっぱりこいつは、子供のころ体でも弱くて厳重な闘病生活でも送っていたのか?
だとしたらかかりつけ医を呼んでおきたいのも説明が付く。
「道中あんま色々予定を詰め込んでいると、旅館に着くまでに夜が明けちまうぞ。ココとココ、買い食い立ち寄りすぎだ」
「だって、ご当地、とか売上No1とか書かれていたら絶対買わないといけないと思うよ」
「それが手口だ。」書き出したリストのメモを加えてポイっとする。
「え待って、、。いったん保留で!実際見てから決めるから」
「…。はあ、分かったよ。行列には並ばねえからな」
「よっし。あ、この串焼き、っていうのも雰囲気がいいよねえ」
「おい候補を増やすな」微笑みながらさりげなく走り書きのメモを新たに作成している。
「ふふ。持参するお菓子は500円以内って定番があるらしいね?たくさん持って行って学校で先生に怒られているみたいで新鮮だな」
「500円ならとっくにオーバーだな」
「僕だけ楽しんでも仕方ないからね、見て、ボンも食べられるワンチャン用お肉のコーナーもちゃんと充実のラインナップだよ」
「いい時代だな」
こうして前途多難な逃避行計画が出来上がっていった。




