6.計画
「どのくらい寝てた?」
「さあ。でもそんなに時間は立ってないんじゃないかな。まだ頭ガンガンするもん。2時間くらい?」
「他にけがは?」
「大丈夫。あのゴースト爺の前で、庇ってくれたんだよな。巻き込んで悪かったよ」
「悪かったと思うなら、抜け出すまで大人しく従ってくれよ」
先ずは状況を把握したい。
「お前のいた繁華街の店にはどれくらいの子と監視がいた?」
「そうだな。常にお店には女の子が10人くらい。所属しているのは多いときで20人くらいいたこともあるな、私みたいに寮に入っているっぽい子は常に入れ替わっている感じだな。男の警備は外に一人、中にボーイが3人かな。まあ、客とキャストが会う各個室についている監視カメラの先は分かんないけど」
「キャストの女同士の交流はないのか?」
「うん。みんな自分のことだけで余裕なんてないからな。私みたいに自分で飛び込んでくる奴なんていないし。どっかから連れてこられて、そのうち顔見知りになったかな、と思ったらいつの間にか会わなくなって、また知らない子が来る、の繰り返し」
大体予想の通りだ。実店舗とそこでの証人を確保し、さらに“その先“に処分する際の牢獄まで踏み込めたのだ。ドラマのようにサクッと証拠をつかんで格好よく悪を捕らえることはできなかったが、無事に逃げ出せれば、これ以上ない残間を潰す機会になる。
ただ、ここはおそらく港の近くの倉庫か、その周辺の建物地下。窓もなく脱出するには様子を見に来るタイミングか移送のタイミングのどちらかで、出入り口が空いたときになる。
敵を倒し、ここから出た後もおそらく見張りがいる。見通しの良い場所なら隠れるところがなく、一人守りながら無傷で脱出できる可能性は、運が良くても30%くらいか。
何があってもヒメを本部に届ける。これが最重要だが。
「いいか、万が一、外に出た後別行動をとることになったら、迷わず向かってほしいところがある。警視庁本部に行き、大地 壮哉の件で来た、と言うんだ。対応にもたついたら、阿部長官を呼ぶんだ。いいな」
「あんた何もんだよ?サツなのか?それともお尋ね者か?」と怪訝そうに眉をひそめ、眼を飛ばされた。
「そんなとこだ」そう言って人差し指から指輪を外す。
ヒメの手を取り指を調べるが、流石にこいつの指だと親指に嵌めても緩そうだ。
「なんだよ急に。指輪なんて渡してどうしようってか?」
「これはオレとのつながりを証明するためのお前の命綱だ。死んでも無くすなよ」
内側をトントン、と触り。彫ってあるシリアルを示す。
奪われても分からないように、だけどこの指輪を作ってくれた人には分かる、バッチのシリアルが刻まれている。
は~しゃあねえな。ため息をつき、髪紐をほどくと、指輪を通して、ヒメの首にかけてやる。
「服の中にしまっておけ。」
「分かった。本部の長官で、あべだな」
「そうだ。無事に会えたら今日までお前が知りえた残間の情報をすべて伝えるんだ。そうすれば全部終わる。」
「…。他に連れていかれた子たちは、戻ってくるかな?」
「全部は無理だろうな。海外に売り飛ばされたら、その時点で消息を掴むのは難しくなるし、被害届もない子たちだ。どうなってしまったかは考えただけで吐き気がするよな。でも、お前が証言してくれれば、これから同じ目に合おうとしている子たちを助けることができる。だから今度こそ、約束してくれ。ちゃんと逃げて本部に行くと」
「ああ、約束するよ」
よし、と頭を撫でてやり、ひとまず動きがあるまで休むように言った。
すでに夜明けも近かったのだろう、そこから1時間足らずで、外に人の気配があった。
ヒメには捕まった時の体制で動けないフリをさせ、自分も再度手錠をかけたフリをした。
コツコツコツと地面に響き渡る音が近づいて、バンと扉が開いた。
「起きろ。飯だ。」一人の男が手に食べ物を持って入ってきた。
「起きろって言ってーー ぐわっ」
足をすくってやると、不意を突かれたのか、顔面から床に突っ込んだ。背中から踏みつけ、仕返しに手錠を後ろ手にきつーくかけてやった。
「先程はどうも。でもこの姿はお前さんの方がお似合いだ。ヒメ行くぞ」
ヒメは敵に興味がないらしく、持ってきた食べ物を見ていた。
「おい、そんなもん食ったら腹壊すぞ」
「食べませんーお腹すいたし喉も乾いたけどー。これ、睡眠薬また入ってるね」
そう言って、シチューのようなものを指さした。
「なんで分かる?」
「んー私も最初のころお仕置きで何回か食わされたから。試そうか?」そう言いながらすでにスプーンで掬って倒れた男の口に突っ込んでいる。
薬を混ぜるのは奴の手口か。本当に、そんな環境でよく生活していたもんだ。
「あそこに何年いた?」外へ走りながら聞くと、「店に雇われたのは3年位前かな」ええと、と宙を見て指を折っている。「もう戻るなよ」と言いながら一人倒し、二人倒し、建物の1階まで階段を上がる。
幸いなことに見張りもなく、どうにか脱出できそうだ。
そう思った矢先、ん゛ーん゛ーと唸り声が聞こえた。
声のしたドアを開けると、小さな部屋があり、10代から20代の女たちがいた。
「くそ、こりゃ、だいぶ薬漬けにされちまってるな。今は連れていけない。行くぞ」とりあえず目についた男どもをなぎ倒してはいるが、侵入者にいつ気が付かれるか。
「でも、置いていけない、売られたら戻らないってさっき言ってただろ」
「ああ。でも今はお前を逃がすのが先決だ」
「でも。」
「分かった。置いてはいかない。でも、お前は行くんだ。さっき言ったことを覚えてるな?いいか。よく聞け、ここを抜けたらすぐに本部に言って応援をよこせ。それまでオレはここで時間を稼ぐから」
「分かった。後ろ、」と言ってヒメが落ちていた鉄のプレートをオレの背後に駆け寄ってきた男めがけて盗塁、ヒットさせた」
「いい腕だ。さあ行け。援護する」 湧いて出てくる追手を潰し、蹴散らす。
ヒメを見たのは爽快に走り抜けていくその後ろ姿が最後だった。
その後、どうなったのかは分からない。
逃げ切るだけの時間は稼いだが、おそらく最後に見つかった敵が俺たちを襲う前に、警報を鳴らしていたのだろう。
いたぞ、こっちだ。もう一人はどこだ?ざわめく足音とともに、数人の傭兵により、周りを包囲されたため、大人しく“おとり”として従うことにした。
最後まで抵抗することも考えたが、目の前には数十人の女、中にはまだ子供のような幼い顔つきの子もいる。オレが暴れるほど、彼女らの人質の命の方が見せしめとして危うくなるだろう。
再び箱に入れられ、鎮静剤なのかヤクかも分からないものを打たれ、自分が気絶したのか、死んだのかもわからない。気が付いたら、奏斗の家、というわけだ。
目の前の視界がぼんやりと、靄がかかった状態から、急激に視界が開け、一瞬で情報が頭の中に流れ込んでくる感覚があった。なぜすぐに思い出さなかったのか、体が順応するまでのタイムラグなのか、はたまた別の物の記憶なのか。自分の記憶で間違いはないと思うが、それにしてもどこで間違えたのか。潜入がバレたのが先なのか、“彼女”と出くわしたのが、宿命だったのか。
大義のためなら多少の目先の犠牲は厭わない覚悟だったはずなのに、振り回され、情を挟んでしまったか。考えがまとまらず、ぐらっとする頭を床に伏せて落ち着かせることしかできない。




