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4.転機

そのまま帰宅の準備をすすめ、すっかり日の落ちた帰り道は、行き程の道草がなかった分早く感じた。

すれ違いざまに、犬同士での意思疎通ができるのか試したが、結果はよく分からなかった。

最初にすれ違ったのは、おじいさんが連れている、これまた老犬なのか、ゆっくり歩いてきたので、さりげなく話すのにはちょうど良いかと思ったが、「こんにちは」と言っても、見向きもされなかった。耳が遠かったようだ…。

次にすれ違ったのは若い女性が連れている小型犬だったが、同じように挨拶すると女性に怪訝な目で見られ小さいわんこをサッと抱えて避けられた。男が連れたデカめの黒い犬に急に吠えられたらそりゃ警戒するか、失敗した。今度こそ、と次に来た男性が連れた中型犬なら行けるだろうと、グイッと近づこうとしたら途端、奏斗に「ちょっと!さっきからどうしたの、吠えたらダメだからね」と首を引っ張って制止されてしまった。

動物同士でも会話ができれば何かの役に立ちそうなのに、と思うが、今日のところは諦めたほうがよさそうだった。


帰宅し、風呂場に直行させたれ、ついでだから一緒に入っちゃおうと服を脱ぎだした奏斗の体は着やせするタイプか、思ったよりはしっかりと筋肉が付いていた。走るのは苦手と言っていたし、運動などしていなさそうだが。

首輪を取ってもらい、開放感を感じるのは、手錠を外した感覚に似ていた。

(手錠ってなんだっけ--?)


シャワーをかけられ、体と顔を泡でゴシゴシ、もみもみされているのは良いが、足の裏を触ろうとしてくるのは、くすぐったく、やめろと引っ込める攻防を数回。

シャワーが暴れ、奏斗の顔面にかかったり、4本脚での泡だらけの浴室の歩行(逃走)が上手くいかずにツルツル滑ったりしながらも、最後は角に追い詰められていた。

観念して綺麗にさっぱり洗われて、タオルで覆われ、プルプルと体を震わせ水を弾き飛ばしたので奏斗と脱衣所がビショビショになった。

「やったな~」

「・・・・仕方ないだろ」

ドライヤーをセットしていた奏斗が「え?」と振り返る。

「は?」ボンも奏斗を見上げ、目が合った。


「思ったより、テノールボイスだね。」

「そこかよ」

普通なら愛犬との会話に狂喜乱舞したり、犬好きでなかったとしても急に犬が人間の言葉を話したら驚いたりしろうだが、リビングのソファに並んで座りながら、のほほんと話を続ける。


「僕、ワンチャンを洗うのも、そもそも大人になって誰かとお風呂に入るもの初めてだったから。

あ、彼女はいたことあるけど、一緒に入らなかっただけで」

「聞いてねえよ」さらっと女性遍歴を自慢された。

「うん、だから下手だったかなと思って」

なんの心配だよ、と突っ込むのは諦め、別に、と返すと

「良かった。次はもっとこう、しゅしゅっと終わらせられる気がする。」と謎の自信を見せた。

「期待しとく。」

にっこりと目を細めて微笑みながら、あごに手を添えて「ボンが来てから賑やかになって、それだけでも楽しかったけど、さっきまでは僕の独り言だったのに、急に会話ができるようになったのは、どうしてだろうね。あれかな、親密度」

どういうことだと首を傾げて続きを促す。

「う~ん。昨日初めて会った時はお互いびっくりしたでしょ。でも一緒に過ごしている内に、以心伝心できるようになった、的な」

「‥‥」

「あれ?また声聞こえなくなったかも」

「‥‥大丈夫だろ。黙っていただけだ。突拍子もない話だったからちょっと考えていた。」以心伝心できるほど親密度1日で上がるかよ、と思ったのは言わないで置いた。


「そう、よかった。友達が出来て嬉しいよ。改めてよろしく、ね」首を傾げながら

「そういえば、名前、聞いてもいい?」

「‥‥ボンでいい」

「ふふ。わかった。そのままにするね。僕のことも好きに呼んでいいからね」

相変わらず甘ったるいやつだなと思いつつ、自分の名前は名乗らなくとも、もらった名前に愛着がわくほどには気を許しているのかもしれない。


それからしばらく、どうやって声が聞こえているのか、という話になったり(奏斗はイヤホンから音を聞いている感覚らしい)、以前いたニャーコとは会話はできなかったという思い出話しだったり、動物同士でもまだ会話は試せていないが、ほかの犬の声は理解できた事を伝えたら、奏斗になぜか嬉しそうな顔をされた。奏斗は自分が一番にボンと話せたことが満足だった。


当たり前に会話している奏斗も、犬と会話できることを喜んではいても、さほど騒ぐわけでもないが、オレがまさか犬になる前に人間だったとは思っていない。俺だって信じられない。早朝の来客からのバタバタで気を取られて忘れていたが、寝て冷めてもまだ犬のままだったのだから残念ながら、これが現実なのだろう。


会話ができるようになり、ここへ来る“前”についても一気に思い出してきた。

人として最後に立っていた光景も蘇った。それはいつものバーから始まった夜だった。

奏斗がバーボンの匂いを感じたのも納得できる。


犬の姿では出来ることも限られるし、少なくてもこいつに嘘をつく必要も無い。気持ち悪がられるかもしれないが、早いうちに情報は伝えたほうが良いだろうと、ポツリポツリと、混乱する頭を整理しながら自分のことを話し始めた。

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