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2.遭遇

(明け方5時過ぎ)

昨日とは違うエンジン音が近づいて止まり、こそこそと動く人の気配を感じ、反射的に二階へ向かった。

獣になって野生の勘なのか、単に耳の性能のせいなのか、こんな朝早くから来客があるだろうか。

奴はまだ寝ている。豪邸だし、泥棒だとしたら筋が通るな…


「おい、さっさと起きろ。誰か来るぞ」別途に前足をかけてブランケットを加えて引っ張るがピクともしない。

「チッ。おい、早くしろ」腕の下に鼻先を突っ込み持ち上げてやると「う~ん、何?甘えただねぇ」と呑気な返事が返ってきた。


カチっという音とともに、下のドアが開閉し、スラッとした長身の初老の男がやってきた。

クソ、、最悪二階に上がってこなければやり過ごせるか…この部屋まで侵入してきたときは、飛び掛かれば時間が稼げるか…などと思案するのをよそに、家主はのほほんと二度寝を開始した。



警戒したまま部屋のドアの付近で待機するも、下で大きな音を立てるでもなく、何やら作業をしている様子だ。

好奇心で覗きに行ってしまいたくもあるが、相手がけしかけてこなければ、去って行ってくれるのを待つ方が寝ているこいつにも危害が加えられるリスクが減るだろう。多少の金品なら盗まれたとしても、これだけの豪邸なら痛くないだろう、という勝手な見立てもある。


やきもきしたまま過ごすこと1時間余りか、突然下の方から甲高いベルの音がリンリンリンと鳴るではないか。泥棒がわざわざ自分からベルなんて鳴らすとしたら大分阿保なのか?ドアと家主をぱっと見比べて、再度起こしに圧し掛かってみる。


すると先程とは違い、こちらをしっかり見て、「やあ、おはよう。熱いモーニングコールだね。」と囁きながら体を起こした。下に変なのがいることを知らないで出て行ってしまっては鉢合わせになってしまうかもしれない。起こしておいてなんだが、マズイ状況になった。


布団の上から太ももあたりにちょこん、と手を乗せ、引き留めようとするも、なぜなぜされて終った。

「さて、朝ごはんにしようね。」そう言って優しく微笑まれ、もぞもぞと着替え始めた。

仕方ない、ここはオレが先に出て敵を仕留めるしかなさそうだ。それなりに牙もあるし、追い払うぐらいはできる気がしてきた。


俺についてこい、とフンと息を鳴らし、そーっと廊下を進み、上から下の様子をのぞき込む。電気が付けられており、キッチンの方に人影らしきものがある。間違いなくまだ中に誰かいる。

ボンボンがヒョイと横を通り過ぎて行ったので、しまった!と慌てて駆け寄り、顔を見上げると、

「そうだ、紹介しないとね。僕が子供のころから“(うち)”に仕えてくれている執事の相川だよ。」


執事?聞き慣れない言葉に、ようやく泥棒だと思った侵入者が家の鍵を持つれっきとした使用人ということに思考がたどり着いたころ、ひょこっと正に執事という姿をしたロマンスグレーの髪の男が顔を出した。

「坊ちゃん、おはようございます。今日はまた、可愛らしい相棒をお連れのようですね。」

「そうそう、急に預かることになってさ。相川、こいつの分の餌とお水も出してもらえるかな?1階の応接に居場所を作ってみたんだけどさ、早くから僕の部屋に入ってきたから、おなかすいているのかも。昨日は疲れて早く寝ちゃったしね。」

「そうでしたか、すぐにご用意いたしますね」


手際よく準備を進める後ろ姿を横目に、リビングの中に歩きながら、

「そういえばさ、僕もまだ君に名乗っていなかったね。」と正面に回りしゃがみこんできた。

「僕は白石 奏斗(しらいし かなと)。君にも名前ある?首輪はついていなかったんだよね。呼び方がないと不便だなあ。」もみもみと肉球を触りながら、ふっと顔を寄せる。


「朝思ったんだけど、なんか君からバーボンのような香りがすると思ったら、肉球かな。うん、嫌いじゃないよ。ねえ、バーボンから取って、ボン、って呼ぶのはどうかな?気に入った?」

「ボン」とただ名を呼ばれ、まあ好きにしてもらえばいいか、と首をかしげ促してみると、「じゃあ今日から君はボンだね。よろしく。」と俺のここでの呼ばれ方が決まった。


相川氏によるホテルの朝食のようなメニューを横目にそれぞれ飯を食べ終え一息ついていると、

「庭へは自由に出てもらっても構わないよ。ただ、今日は天気もよさそうだし、散歩がてらこの後近くのアトリエに一緒に行こうね。こう見えて画家の端くれをやっているんだ。絵具で絵を描いているの。あそこだったら汚れても大丈夫だし、足裏に絵の具付けて紙の上を歩かせたら面白そうだな…」


「そうと決まれば、これを使う時だな。」買い物袋の中から取り出したのは散歩の必需品、リードと首輪だ。

首輪をどうするのかと分かり切った自問自答の末、ああ、オレにだよな…と素直に従っておく。抵抗感はあるが、もしリードなしで外に行きこいつとはぐれて保健所送りにでもなったら目も当てられないからだ。

「動かないで~、こうかな?苦しくない?タグには僕の連絡先も書いておいたけど、逃げないでもらえたら嬉しいな。ボン用に餌もたくさん買ってあるし、僕の話し相手になってくれるし、何より、走って追いかける自信がないからね」最後のが一番の理由っぽい。フン、と鼻を鳴らしながら頷いた。


相川氏に昼は途中で買っていくから夜の準備だけお願いと頼み、仕事道具の入ったリュックにボンのお散歩アイテムとして個包装になっているサンプルでもらったご飯数個やペットボトルのお水、ゴミ入れなど思いつく限り加えていく。ジャージとスニーカーにキャップと、職場に行くにはラフな格好でのご出勤だな、とまじまじと見つめていると、「行くよ~」と呼ばれた。しっぽがフリフリしているのは無自覚だ。



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