15.旅先⑤
(おい、何か来るぞ。--- なにか?)
奏斗も周りを見渡すも、この社の境内には人が見当たらない。
「ねえ、何かいるみたい」奏斗がミカドの服の裾を引っ張って止める。
「嫌ねぇ、誰もいなくて不気味に思えてくるじゃない」
すると、草の間がガサガサ揺れる音とともに、ひょこッと顔を出して走り去っていったのは丸い顔の狸だった。
「猫?いや、あれはタヌキね、もう、びっくりしたじゃない。野生なんて、この辺りでは珍しくないのかしらね」
気を抜くミカドを他所に、ボンは、それではないことを直感していた。
少なくても複数。神主にしては嫌な視線だ。何か悪意のある監視のような気配だ。
正体が何であれ、歓迎されている様子ではないが、分からない以上、無駄に不安にさせたくもないので、帰ろう、と紐を引っ張り誘導する。
ボンがちらっと振り返ると、白い服を着た男が2人、箒を携えて見送るように姿を現していたのは一瞬の出来事で、瞬きとともに消えてしまった。
顔をしかめるボンを他所に、マイペースさを取り戻している奏斗は、タヌキにはさほど興味を示さなかったのか、旅館に戻るまでに紅葉している紅葉の木々や商店街など、絵を描く際のサンプルにいくつか写真を撮っておきたい、とミカドと話をしていた。
行きに通ったときはまだちらほらとしかオープンしていなかったお店も、のれんを上げ、ずいぶんと賑やかな通りになっていた。
「あら、あそこじゃない?この帽子を買ったっていうお店」
そう?ボンに聞くと、頷いている。
「ちょっと立ち寄ってみましょうよ。私からも何か贈りたいって、本心よ?」
「ええと、そういえば、大地の服も必要かなって。僕よりもミカドの方が体格も近そうだから、ちょっと手伝ってくれない?」
「まあ仕方ないわねぇ。また全裸でも困るし、良いわよ」
店員にチラ見された。
観光客の中でも主に海外からの顧客が多い店らしく、TシャツにはWe♡温泉 NIPPON や BENTO などロゴが書かれたミカドにふさわしいラインナップだ…。
奏斗が真面目にミカドに勧めて嫌がられていた。
「でもあれね、奏斗チャンとのペアルックなら喜んでよ」
「あ、そういうことなら、ミカドとボン用に、お揃いっていう手もあるよね」
「ないわよ」「ねえ(ウ゛ー)」
「和牛、っての見つけたのに」
「奏斗ちゃん、意外とシュールな趣味よね…。この子絶対買っても着ないわよ。もう大地の服はウニクロで買っておいてあげるから、それでいい?」
満場一致だ。
はたから見たら、男二人が和気あいあいと犬の散歩をしているようにしか見えないだろう。
自分とて、いま手綱を引いている推定2~3歳のボーダーコリーと昨夜は一瞬だが酒を酌み交わした相手ということを忘れそうになるのだから。
(うーん、まずは血液のサンプルを取りたいわね。)
「このあと、私が日本で拠点にしている大学の友人の研究室に行こうと思うけど、二人も一緒に来る?それとも旅館でこの子の採決だけして、私だけで行ったほうがいいかしら?」
奏斗とボンは顔を見合わせた。
(ラボってどんなところだろうね? -- ボンはどうしたい?)
(血を取るだけならさっさと取って一人で行ってきてもらえ。セキュリティとか普通あんだろ -- それもそうだね、了解)
「今日のところは、旅館で待っているから、ミカドだけで行ってきてもらえる?もし後日詳細な検査とか必要だったら、お邪魔させてもらうよ」
「そうね、分かったわ。そうと決まれば、“私たちのお家“に帰りましょう♡」
色々と突っ込みたいが、旅館へと戻ることにした。
商店街を抜けてしばらく歩いている通り沿い。
ふとミカドが「あんた、ほんとに犬やってるのねぇ」と言ってきた。
何のことかと首を傾げて見上げると、ほら、と側溝を指さしていた。
「こういうグレーチングの上をジャンプして避けるのは、犬の習性よねえ。どういう風に見えているのかしら」
「へえ、言われてみれば、散歩のときに、こういった溝があると、小さくジャンプしているね。単に足がハマらないようにしているのかと思っていたけど、どのわんこでもやるの?」
「ええ、多いと思うわ。ただ、犬の視野でどう感じてそういう行動をするのかは憶測するしかなかったけどね、この子のサイズなら跨げば済むのに、わざわざ飛び越えるのは、ちょっと、ぐふふ、面白い…」
(ボン…?聞いていたと思うけど、、ボンの目からはどう見えているの?)
…。無意識だったことがミカドに犬らしいと指摘されて若干癪だ。
(---別に。他の犬の見え方を知らねえから何ともだけど。少なくてもオレは溝だと思うから確実に避ける方法が結果ジャンプしているように見えているだけだろ。でも“普通”の奴らはそれが人工的な溝だって知るわけねえんだから、目の前にでけえ穴がありゃ怖えんじゃねえの?)
(確かに。人の知識があるのと無いのでは違ってくるだろうね)
「ミカド。ボンは犬になりきっているだけだよ。あまりに普通に通っていたら、人間だってバレてしまうからね」
「いやバレないでしょう、っていうか、絶対違う話しだったよね?もう、奏斗ちゃんの“ニュアンス”で要約しすぎよ?」
ああ、こんなことなら、さっさと謎を解明して、私も直接この子と話せるようにならないとね!と奏斗の作戦通りなのか、なぜかやる気になっていた。
宿が近くなってきて、奏斗はふと自分がボンと出会ってすぐのことを思い出した。
「犬らしいと言えば、ボンと出会ってすぐ、ボンには家で留守番してもらって、僕が一人買い出しに出たことがあってね、その時は純粋にワンちゃんだと思っていたから、家に帰って玄関を入ると、ボンが走ってきてくれて。こんなに歓迎してもらえるのは嬉しいものだなあとその時に思ったのを思い出したよ」
「あら、そうなのね、でも、今聞くとこの子っぽくない行動よねえ?」
「そうなんだよね、あの時の行動って…?」
ボンを見ると、どういうわけか、気まずそうな顔をしたように見えた。
(…まあ、そういうこともあったな。)
あの時は単に2階に侵入していたのがバレないように慌てて戻った途中だった、とは言いづらいので濁しておく。
「それで、たまには旅館の女将たちにも、その時の僕の感動を味わってもらうのはどうかな?
…嫌な予感だ。
「ヒーッ!良いわね、私もこの子がしっぽを振って全力で100年ぶりの再会かのような媚びを売る姿拝みたいわ」
(なんでだよ – いいじゃない、減るものではないし、たまには犬らしく健気にお世話になっている感謝をアピールしないと) 全力でため息をついた。
旅館の玄関先では、スタッフ達が箒で風によって集まってきた落ち葉を掃除していた。
「おかえりなさいませ」
「戻りました。お掃除ご苦労様です」 (--ほら、しっぽ上げて、頑張って)
お尻を押されて無理やり押し出され、後にも引けずにとぼとぼ近づいてしっぽを振って近づいていくと、
ご挨拶?いい子ね~と首や頭を撫でられて、知らずのうちにしっぽはブンブン回っていた。知らぬが仏だ。
ミカドと奏斗が堪えきれずに吹き出すのを絶対に振り返ってやるかと耳を伏せてやった。
戻る間にテイクアウトで購入したご当地バーガーなるものを頬張りながら、ミカドは仕事道具を取り出していた。
「やっぱり定期的にアメリカの味は恋しくなるのよねえ」
「日本人がお米食べたくなるみたいな感じ?」
「まさにそうね、でも、このご当地バーガーは完全に日本クオリティでヘルシーだからあと10個くらい行けそうだわ。アメリカの無駄にギトギトしている食べ物なんて、奏斗ちゃんが口にしたらあんたの執事がひっくり返りそうよ」
「はは、相川はそこまでうるさくないけどね、日頃からさりげなく気を使ってもらっているのに、僕があんまり暴飲暴食したら失礼かなとは、思うので、気持ちだけ自重しているかな」
大食いな上に早食いなのか、奏斗がまだ一口、中身にたどり着けなくてパンだけかじっている間にミカドは食べ終え、手には手袋をはめていた。
四角いケースから取り出したのは採決のキットのようで、注射針の先にはチューブをセッティングしている。
「どれどれ、じゃあこっちに来てもらおうか。ちょっとだけ血を頂戴ね」
両ひざをポンポンたたいて、近くによるように促されたので、真正面にお座りし、片手をミカドの膝の上に置いてやった。
「はい、いいこね。ちょーっとチクッとしますよ。はい、そのままね、Good Boy!気分は大丈夫?Are you Okey? Good Job!All done!ハイお終いね」
こいつの医者モードなのか、英語交じりに言葉投げかけ、目をランランとさせながら注射器から容器に溜まっていく血液を眺めていた。
これで何が分かるのか、半信半疑ではあるが、さっさと終わらせてお引き取り願いたい…。
針から解放されると、奏斗が心配そうに、大丈夫かと聞いて顔を覗き込んできた。
大丈夫だが、これ以上何かされる前に奏斗のそばに移動した。
「そういえばだけど、大地って、警官だったのよね?」
(--特別捜査官な)
「そう聞いているけど、それが何?」
(--無視された)
「もし血液が、大地のそのものだった場合、突然消えた警官の血のサンプルをラボで調べる怪しい外人になっちゃわないかしら、私。いやん、何もしてないのに突然逮捕とかされないわよねえ?」
(--たくましい想像力だな。でも、可能性がゼロではないだろうが、こいつの研究室のデータが漏出でもしない限りは大丈夫だろう。セキュリティには気をつけろよ、とだけ言っておけ)
「うーん、大丈夫じゃない?民間の研究室であれば、捜査の令状でもなければ、情報が漏れることもないでしょうし、、ミカドが気を付ければだけど…。」
「そうね、念のため、はっきりするまでは私一人で調査するわ。それとあと一つ。警官なのに、ずいぶんと長髪だったわね?日本の警察は服装とか身だしなみには厳しいイメージだけど、あんたそれでやっていたわけ?」
(あーそれな。一瞬なのによく見てんな。警官は、基本は短髪が原則。だが、どういうわけか、滅茶苦茶髪が伸びるのが早くて。一度、周りがうるせえから、バリカンで上官や同僚がたくさんいる現場で、同期の一人に丸刈りにさせたわけ。で、連日連夜働いて、当然誰も彼も床屋や美容院なんてところに行く暇もなく過ごしていると、
一つのヤマが終わるころには元の長髪に戻っていたわけ。それ以来、このスピードで伸びるなら仕方ないかと納得されて、特例みたいになったわ)
奏斗はそういうこともあるんだね、と一人頷き、ミカドに何々?と突かれ、説明。
「一山って、どのくらいの期間なわけ?」
「3日くらいの時もあれば、数か月の時もあるけど、丸刈り事件は1週間くらいだったか。もうずいぶん昔だからな正確には覚えていない」
「はあ?あんたの髪どうなってるの?っていうか、同僚ももっと驚けよ!」
それ研究したら育毛剤の開発にも役に立って特許取れたりして~なんて浮かれ出した。
…ヒトの毛で勝手に儲けようとしている。
(特許取れそうな何かが出てきたら、もちろん僕たちも一枚噛もうね – お前何もしてないだろ – ええ、紹介料?)
ちゃっかりしてやがる。
嵐のようにサンプルを採取し、必要な機材だけ持って、じゃあ一旦籠るから、しばらく戻らないかも、と告げてミカドは一人足早に旅館から去っていった。




