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14.旅先④

「ちょっと、今度はな…」何?と言おうとして、ミカドは言葉を失った。

奏斗が血相を変えて駆け寄った先は、先程まで男が立っていた場所。

床には男が着ていたはずの浴衣がはらりと落ち、そこには、真っ黒い犬の姿があった。


奏斗は何も言わず、ぎゅっとボンを抱きしめ、そして声をかけた。

「またこの姿に戻っちゃったみたいだね。どこか痛いところはない?大丈夫?」

「ああ。犬ってこと以外は問題なさそうだ。せっかく元に戻れたと思ったのに一瞬だったな」

大地はそもそも自分が死んで犬に生まれ変わったわけではなかったことを知れただけでも収穫で、また犬の姿になってしまったことに対しては、そこまでショックもなく、普通に受け入れた。

(奏斗の心配で蒼白な顔を見て、逆に冷静になるとか、笑えるな)


奏斗は、ボンと意思の疎通だけはまだとれることに安堵し、二人は立ち尽くしているミカドを見上げた。


「驚いたよね、でも、これで完全に信じてもらえたかな?」

ミカドは、崩れ落ちるように膝をつき、ああなんてこと、こんなことがあるのか・・・とブツブツ言った後、何かが吹っ切れたのか、両手を広げて手招きした。

「さあおいで、コリーちゃん。一緒に研究しましょうね」

「えっと?この子の名前は、ボンなんだけど」愛犬の名前を間違えられた。

「あらやだ。奏斗ちゃんったら、この犬の犬種よ、犬種。ボーダーコリーに間違いないわね。知らないで飼っていたの?」

まさかの犬種情報だった。

「その、気にする余裕がなくて」

「まあ、特殊な状況だったみたいだし、仕方ないわね。でも本当に不思議ね、奏斗ちゃんも犬から人になってまた犬になるのは今初めて見たわけね?」

「そう、ボン自身も、変化するのは初めてみたい」

「分かったわ。とりあえずはまた何かのきっかけで人の姿に戻るのかどうか、様子を見つつ、そもそもの原因を調査する、という方向でいいわね?」

「よろしくお願いします」


ミカドは奏斗とボンともう一度奏斗を上から下まで見て、言った。

「オーケー。それで、せっかくだし、やっぱり今日はこの部屋でみんな一緒に寝ましょうか♡生態観察させて頂戴」


危険を察知し、ボンが全力で首を振る。狙いはオレじゃない気がするが…。

奏斗は腕の中で嫌がるそぶりを全身で示す(殺気立って毛が逆立っている)ボンをなだめて落ち着かせる。

「ボンを可愛がりたい気持ちはとても良く分かるけど、そんなに慌てないで。色々あったし、まずはゆっくり休ませる方がいいと思うので、今日は部屋に戻るよ。ミカドも、長旅だったわけだし、疲れを取るといいよ。おやすみなさい。ボン、行こう」


ミカドは、やっぱり駄目よね、と肩を落とすが、まだ初日だし、チャンスはまたあるわね、と納得する。

「それもそうね、じゃあ、今日のところは引き下がってあげるわ。今度こそ、お休みね」


ボンは奏斗の身の安全が確保できたことにほっとし、ミカドを一瞥してから、後をついて出た。


「やれやれ、あれじゃあまるで“番犬”そのものじゃない」

彼にその自覚があるのかないのか、おそらくは無意識だろう。

好敵手(ライバル)としては、あの姿は反則よねえ。中身があの男って分かっていても、つやつやの毛並みにキリッとした顔つきは、うっかり可愛くて落ちそうだ。

それに、奏斗の慌てようも。ちょっと嫉妬しちゃうわ。


でも、動物をこよなく愛する身としては、このイヌ化の問題を目撃できたなんて、とんでもない幸運かもしれない。

明日からまた忙しくなりそうだが、ひとまずは温泉を堪能することにした。


一方、奏斗は自分とボンの部屋に帰り、ベッドに並んで腰かける。

ボンの首を無意識に撫でて、濃い一日を振り返った。


「お前が、あいつのことを何となく詳しく説明できなかった理由(ワケ)が分かったわ」

「うん、あれは、何と言ったらいいか難しいでしょう?」

「でも、昔っからってわけじゃないんだよな?」

「そうだね、最初からあのテンションだったら、ちょっとスルーしていたと思う」

「だな」フンっと鼻が鳴った。


「十代の後半だったか、日本に戻ったと久しぶりにやって来たと思ったら、派手なピンクの髪色になっていて、言葉使いも個性が爆発していて、ちょっとだけ動揺しました」

「ちょっとで済まないだろ、なんであんなピンクなんだよな」

「うーん、なんて言っていたかな。向こうでは、自己表現が当たり前だ、とか、好きな人に感化された、とか言っていた気がする。

「好きな奴いんのかよ…」なにが私の奏斗チャンだよ…と内心で切れた。

「でも、それから大分経つし、大人になったから少しは落ち着いているかも、とか、期待してみてはいたけれど、さらに元気になっていたみたい」

「あれが大人しくなる日はなさそうだ」

「でも、今日はソーヤにも会えて、君がボーダーコリーだってことも分かった。ミカドがただの堅物な人間だったら、呼ぶこともなかったけれど、彼はボンが人に戻る瞬間も、犬になる瞬間も立ち会ったわけだし、何かと持っていそうだね」

「だといいけど。急に実験とか言って解剖してきそうで怖えな」

「ボンが切り刻まれないように注意しておくよ」

たわいもない会話をしながら、そろそろ寝ようと、布団の中に潜り込んで揃って眠りに落ちた。



翌朝。

隣で丸まっていたはずのふわふわした感触が手を伸ばしてもなく、ハッと起き上がると、窓際で水を飲む姿を見つけて安堵した。

正直、昨日はボンが消えてしまったのではないかとあの一瞬、胸に氷が差すような痛みが走った。

小さく、犬になった姿を見つけたときは、ソーヤには申し訳ないが、ああ、まだ僕のそばにいてくれると思いホッとし、どうか消えないでと思いを込めて抱きしめていた。


「おはよう。よく眠れた?」

「おう。おそようさん。ちょっと思ったんだが、あいつに、俺らの話を口外しないように言っておかなくて大丈夫か?」

「あ、、それもそうだね。ここにいる相川たちも、ボンが普通に賢い犬だとしか、思っていないからね。ちょっと伝えてこようかな」

寝ぼけたまま、はだけた浴衣を引きずりそうになり、ボンが駆け寄ってきた。

「慌てるなって。まだ上から誰か来た気配はないから、着替えてからにしろ」

むしろ、こんな姿見せたら、朝から大興奮になるだろうから、絶対に避けなければ。


「うん。ありがとう。着替えるね」

朝の身支度を簡単に済ませて、朝食の誘いに隣の部屋を訪れた。


コンコン、と扉をノックすると、どうぞ、開いているわ、と以外にも普通のトーンの声が返ってきた。

コーヒーの香りを充満させた部屋で、窓辺のデスクにPCを広げて何か作業をしていた。


「おはよう、ミカド。朝から仕事中だった?」

「おはよう奏斗ちゃん、ええ、少し学会でのレポートをまとめる必要があって。アメリカとは時差があるから、朝の方が効率いいのよね」

「邪魔してごめんね。終わるまでここで待っていても?」


「ええ、構わないわ。もう少しで片付くから、コーヒーでも飲んで待っていて」

ポットの方を見ると、ミカドが持参したらしいドリップコーヒーの箱が置いてあった。

奏斗も作業中はよくコーヒーを淹れるが、旅先までお気に入りを持ち歩くほどのこだわりはない。


「ありがとう、せっかくだから、一つ頂こうかな」

コーヒーのパックを開くと老舗の喫茶店のような香りが漂った。

飲むのも好きだが、この香りを楽しめるのも贅沢な時間だ。

ポトポトとドリップされるのを眺めていると、ミカドが話しかけてきた。


「それで、これから朝食かしら?」

「うん、もしよければ、ここに一緒に持ってきてもらってもいいし、食堂でも大丈夫」

「じゃあ食堂へご一緒しようかしら。普段あんまり朝は食べないんだけど、これも旅の醍醐味よねぇ」

「そうだね、それで、昨日ボンに起こったことだけど、ほかの人には伝えていないので、できれば黙っておいてもらえるかな?」

「それはそうね、いきなりこの子が人間で、言葉も理解して、奏斗チャンとは意思疎通もできています。なんていくらなんでも、私だってそこまでお喋りじゃないわよ」

「ふふ。ミカドが言ったら余計冗談にしか聞こえないね」

「ひっどーい。あなた昨日私には信じないなら絶交だ的なことを言ってきたのに」

「絶交するとは言っていないでしょう」

「そうだった?私はてっきりそう…まあいいわ。とにかく、あの真面目の執事が知ったら、たぶん腰抜かして、寿命縮めても可哀そうだし、確実に黙っておくのが一番ね」

「その確認ができただけでも、助かるよ。ありがとう」

「どういたしましてっと。よし、送信。さーて、あんたのこと話してたんだよ~分かってる?」

顔をわしゃわしゃ触りに来た。

「ああ。聞いてたよ。って伝えても、こいつには直接聞こえないのか?まどろっこしいな」

奏斗の方を見ると、奏斗も眉を下げて頷く。

「ボンが、聞いてる、って言っているけど、ミカドにはボンの声は聞こえてる?」

「そうなのね、いや、私にはこの子がクンって言っているようにしか、分からないわね。なんであんた達だけ会話成立しているのかしらねえ、何かきっかけとかなかったの?」


きっかけ、と言われても、最初に話せたのはお風呂に入れて、乾かしている時だった。

その時は単純に親密度が上がったからかと思ったが、そんなことを言ったら、よく考えたら他の愛犬家たちから猛攻撃を受けそうだ。皆自分こそ一番愛犬を溺愛していると思っているからだ。返答に困りボンに助けを求めるも、首を傾げられ、特に思い当たる理由を見つけることはできなかった。

「今はまだ分からないけれど、この理由が分かれば、もしかしたらミカドとボンも話せるようになるかもしれない?」

「そうね、可能性としたらゼロではないと思うわ。ただの純粋な犬ではない以上、何が起こっても不思議ではないわね」


秘密の話しもひと段落したので、ご飯を食べに食堂へ行くことにした。

普段奏斗が起きるのが遅いことを相川はじめ旅館の面々に知られているため、こちらから声をかけるまでは朝食は準備しなくていいと伝えている。朝と昼が一緒になる日も珍しくない為、今日はまだ朝と言われる時間帯にそろって顔を出すと少し驚かれた。

「奏斗様とお連れ様も皆さんご一緒で、今日はどこかへお出かけになられますか?」

出会い頭に女将に尋ねられた。

「そうですね、せっかくだし、朝食を頂いたら少し出かけようと思います」

「それは良いですね。では、お出かけの間に1Fの清掃を手配させていただきますね」


テーブルに着くと、手際よく和定食の準備が進められた。お盆に乗った小鉢の数を数えるだけでも自分で作ったら大変だ。ボンにはもちろんワンチャン用に料理人が手をかけた手作りの食事を用意してくれている。

「日本ではホテルに泊まることはあっても、朝食はビュッフェかルームサービスで、アメリカンブレックファーストだからどこにいても、大体同じようなメニューになるのよね。こういうのは珍しいわ。たまには旅館って良いわねぇ」

「ホテルでも和食はあるでしょう?」

「確かに、日本料理屋の朝食は大体あるけど、食べ慣れないし、自分からは選ばないわねえ、食わず嫌いっているのかしら。今度から挑戦してみようかしらね」

「ここの朝食には負けるかもしれないけどね」奏斗はひいき目に見ても、ここの料理人が一流だと思っている。

「犬連れですべてのエリアOKなんて融通が利くのも、ホスピタリティよねぇ」

出された食事を器用に口に運んで平らげていくボンを不思議そうに眺める。

「それで、今日はお出かけするのね?」

「実は、僕もまだこの旅館に来て1週間ちょっとだけど、まだ一度も外に出ていなくて」

「はい?一週間も引きこもっていたの?それはダメね、そんなんじゃインスピレーションもわいてこないわよォ、この辺りは詳しくないけど、色々観光地らしくお土産屋さんとかもあるみたいじゃない?」

「ボンは相川夫婦とこの辺を毎日散歩していたから、今日はボンに案内してもらおうと思います」

「任せておけ」(ウオウ)

「今のは何言っているか私でも分かるわ」

両音声で聞こえている奏斗がくすっと笑って、よろしくね、とボンの体を撫ぜた。


奏斗はボンが買ってきてくれたキャップの出番がようやく来たと、嬉しそうにミカドに見せて被った。

色素の薄い髪が黒いキャップにすっぽりと隠れ、少しは変装になったが、その隣にこいつが歩いていたら、目立ってしょうがないのでは?とボンは呆れる。

「やあねえ、私も奏斗ちゃんにプレゼント選んであげる、何がいいかしらって、ちょっとォ」

ボンのリードを奏斗ではなくミカドが持っているため、開始ボンはミカドを早々振り回して遊んでいるようだ。


(僕と歩くときは、そんな力で引っ張って進むとか、ギザギザ進んだことないのに---そうだったか?)

ボンと奏斗は声に出さずに会話を続ける。

(そうだよ。あ、でも僕よりミカドの方がタッパもあるし、楽しそうだからいいか---だろ)

(久しぶりに外に出たから日差しが眩しくて、帽子があって助かったよ---そりゃどうも)

(この先進むと、神社があったから、とりあえずそこまで行くか? --- いいね、お願い)


ミカドにも、ボンについていけば神社が見えてくるからそこでお参りしようと伝えてあげた。

「ヒイィーちょっと待ちなさいよ、足がもつれちゃうじゃない、お参りと休憩もするわよ!走らないで~」

行ってしまった。


観光地と言えど、比較的地元の人の多い午前中はまだ見通しもよく、離れても二人の姿はしっかり目視できる。こっちから見えているくらいだから、ボンの方がもっとしっかり自分のことを認知出来ているのだろう。ポツポツと営業を始めている出店や、まだモーニングの看板の出ているカフェを横目に追いかける。


「お待たせ。どうしたの?」

満足げなボンとは対照的に、ゼーゼー言っているミカドに声をかけると、すんごい力で引っ張られたんだけど、あんたどうやっていつも散歩してるのよ、と詰め寄られた。

「大幹を鍛えるとか??」

「ボーダーコリーってのを舐めてたわ…牧羊犬さすがだわ」

なぜかふざけてみただけなのに、褒められたとキョトンとしていると、それを察知したのか、褒めてないわよ。とすかさず言い捨てられた。


少し路地にはいると、木陰になっており、少しひんやりとした空気が火照った体に心地いい。

立派な社が見えたので、ここだね、と言葉を交わす。

「こういうところって、お祭りとかやりそうじゃない?来てみたいわ」

「地元の方たちで賑わいそうだね。あとで相川の奥さんに聞いてみようか。地元の方でね。女将の娘さんなんだ」

「へえ、それなら色々話も聞けそうね、特に温泉の効能についても、聞いてみたかったのよ。奏斗ちゃんも最初に言っていたじゃない?“治癒“したみたいだって」

「なるほど、温泉の横の効能書きでそう思ったけど、詳しく聞いてみるのはいいアイディアだね」


そのあとは日米のお祭りについて、綿あめとか、りんご飴があるらしいとか、アメリカでは、カラフルすぎて日本人には理解できないような激甘なカップケーキとかとにかく揚げ物が定番だとか言い合っていた。

こいつら、二人ともほとんど本で得た知識でしゃべっていやがるな、と唯一祭りを実体験で知っている男が犬だから、仕方のない組み合わせだ。


神社の前でお賽銭を入れて、手を合わせ、それぞれお参りを済ませ、来た道を戻ろうとした時のこと、ボンが何かに反応した。

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