12.旅先② ―奏斗の幼少期時代編①―
奏斗は3歳までに英才教育と呼ばれるものは全て施されその年代の3倍ほどの知識や技術を習得していたため、5歳になった年から、厳かな会社の催しには出席させられた。
それまで、奏斗の教育はメイド長・執事らに一任されており、両親とまともに顔を合わせる機会もほとんどなく過ごしてきたため、パーティーへ招待されたときは久しぶりに家族に会えると期待し、当日の迎えをとても心待ちにしていた。だが、朝になっても父が迎えに来るはずもなく、義母も自分には一切関心がないため、奏斗は使用人たちにされるがまま身支度を済ませ、会場に連れていかれた。
そこでようやく両親と再開できるわけだが、あくまで仕事の道具として自分が呼ばれたと自覚するのもその時だった。一瞬こちらを向いたと思ったが、存在の確認だけで、父と目が合うということはなかったからだ。
それでも、両親からの期待に応えようと、初めての参加でにこにこと笑顔で大人に混ざって挨拶し、来客の対応をした。一通り声をかけてくる人も落ち着くと、隣に立つ父は、よくやった。とだけ言って中央へ去って行ってしまった。ぽつんと置いて行かれたら、急に心許なくなり、壁側に移動して、休憩することにした。
椅子に腰かけ、ふう、疲れたな。とようやく全体を見渡すと、衣装を着飾った老若男女がドリンクを片手にあちこちで歓談している。
持ってきた本でも読もうかなとメイドに声をかけようとするも、反対の入り口側で待機させられていることを思い出し、人をよけながら入り口まで移動して目当てのものを入手して戻るほどの体力は残っておらず、諦めた。
大人しく席に座りながら遠くにいる父親の姿を眺める。
「よくやった、って言われた」…直接自分にかけられた一瞬の賛美で、思い返さなければ消えてしまいそうな儚い出来事だが、奏斗にとっては一人で黙々と生きてきた時間が無駄ではなく、間違っていなかったと肯定された気がして嬉しかったのだ。
そんな息子の些細な“両親と過ごしたい”願いも虚しく、身振り手振りで重役やお得意様方と盛大に盛り上がっており、一向に戻ってくる様子はないが。
義母君はというと、周りに男性を侍らせて足を組み、こちらも上機嫌で何かをひそひそと顔を寄せて話している。
ほんとうの母上は、きっともっと優しくて絶対あんなしぐさや態度はとらないのに。わかんないけど…。
奏斗が生まれて間もなく、元々病弱だったという奏斗の母は息を引き取ったそうだ。父が若かりし頃、たまたま夕食で訪れた定食店で働いていた彼女は、月並みだが美しく、健気で、とても心根の優しい人だったが貧しく生活のために朝から晩まで働いていたという。父は出会ったその日にプロポーズをすることを決め、それから足しげく通っては、彼女の人生に関わろうとした。その根気に負けて、彼女の方も、彼に一生付いていくと誓ったそうだ。
だが、父方の家系は厳格で、学歴も教養もない彼女との婚約を快く思わず、父は家から勘当されたが、彼女を絶対に幸せにすると、心に決め、一代で今の会社を立ち上げ大きくしていった。
母も献身的に支えていたこともあるだろうが、その経営手腕は唯々見事なものだ。
しかし、結婚して5年、奏斗が生まれて幸せの絶頂だっただろうに、父は妻を失うことになった。
誰も責められるはずもないが、ふさぎ込み、怒り、悲しみ、はたまた医者や弁護士など有力者をどんどんと抱え込み、原因究明へとのめりこんで行った。
大切な息子という存在を見ることもなく、いや、直視するには辛すぎたのかもしれない。
調査の結果、のちに母は妊娠中に不調があり、リスクを承知のうえで、夫にも自分にもこの子が必要だと医師に告げ、病気の件は家族にも誰にも伝えないように頼みこんでいたことが分かった。
自分の不甲斐なさで妻を追い詰めたのか、もしくは相談もできないほどに頼りなかったのか、なぜ子供より自分との未来を大事にしてくれなかったのか、もっとほかに選択肢はなかったのか。
いくら考えても答えは出ないし妻も戻ってこない。
分かっているが、現実を受け入れることも一生できないだろう。
そうして、自分の家族は終わったものとして目を背けるようになり、生まれたばかりにもかかわらず、奏斗には必要最低限しか会わず、いつのまにか別の女とも結婚していた。自分に残されたのは、あの頃妻を幸せにすると誓った時の情熱で築いたこの会社だけなのだから。
生物学的な両親の幸せだった頃もあるというエピソードを後妻がいる状況で、幼い子供にしてくれる人もいるわけもなく、奏斗はずっと孤独だった。
しかし奏斗は周りには自分をお世話してくれる人もいるし、いい子にしていれば、きっとお空のお母様は見守っていてくれると信じてもいたから穏やかに日々を送れていた。
会場内には、大人に連れられて、自分より少しだけ大きい子供の姿もあった。
どの子も、お父さんやお母さんと、一緒に回っているなあ…。
ぼんやりと光景を眺めていると、突然、声がかかった。
「おい、人形」
「?」声のする方を向くと、奏斗の座っている椅子の隣の席をメガネの男の子が指さしていた。
「ええっと、こんにちは?」
「おう、となり座ってもいいか?」
「はい。あの、ぼく、いえ私はしらいし…」
「かなとだろ?主催の息子のことくらい知っている。こっちは小田木 雅史だ。親があれだと疲れるよな」
話を聞けば、彼は父が懇意にしている医者の息子らしい。
「お前年はいくつだ?」
「5歳です」
「ふうん。オレは7歳。日本って退屈だよな」
「どういう意味ですか?」
「そのままだよ。いい大人たちが狭い世界で縄張り争いしているのを見せられて、俺ら何しているんだろうな」
「狭い世界ですか?」
「そう、ちっぽけだよ。オレはでっかくなったら海外に行って、もっともっと色んなすっげー人たちと会うんだ!お前も人形みたいにしていないで、もっと自由になれよ」
「僕、お家からはあまり出たことがなくて」
「は?なんで?」
「どうして、でしょうか。先生はいつもお家まで来てくれるからお勉強もできるし、お買い物も、欲しいものがあれば持ってきてもらえるし。ご飯はメイドさんたちが用意してくれます」
「まじかよ、ある意味すげえな」
「小田木くんも、すごいと思います。世界ってどんなところでしょうね、僕も大きくなったらお家から出られるでしょうか」
「近場だったら、いつだって出かければいいと思うけど…。まあ、自分のこと私なんていう必要もあるくらいだから、お前も苦労してんのな」
苦労とはあまりピンとこないので、黙っておく。
「勉強は何が好きだ?」
「そうですね、本は好きです。後は数字も好きです」
「じゃあさ、外国語もしっかりやっておけよ。いつか役に立つから。英語は教わってるか?」
「はい。でもまだ簡単なことしか分からないです」
「それでいい。お前は頭がよさそうだから、すぐしゃべれるようになりそうだな。将来海外で一緒に使おうぜ!」
奏斗は勉強することが嫌いではない。むしろ、有り余る時間、何かに没頭しているととても気持ちが楽だ。だから積極的に自分の将来の目標のために勉強をするというイメージを持ったことがなかった。キラキラと、でも真面目にこうなりたいと宣言する、隣の男の子がとても大人びて見えた。
「がんばります。あの、また会えるということでしょうか」
「おう。最初は白状すると、親に仲良くなって来いって、むりやり送り込まれたんだけど、ほら、あっちの角のテーブルのところにいるのがうちの親父。医者でさ。仕事も忙しいくせにいつも家でも研究してるんだぜ」
「大人になっても、お勉強するんですね」
「な。まあ、オレはどっちかっていうと、人間以外に興味があるんだけどね」
「人間以外…」
「お前意外と見どころあるし、落ち着いた感じ、嫌いじゃないぜ。また会おう。じゃあ元気でな」
奏斗にとって、初めてできたお友達だった。
その翌年も、父のパーティで父の隣に立ち客先への挨拶を済ませていると、会場内に見覚えのある姿を見つけた。
「あの、お父様。少々席を外してもよろしいでしょうか?あちらに小田木様のご子息がいらしたようなので、お話しをしてきても?」
息子が自分から何かを提案してくる姿と、いつの間にかに人脈を築いたのかと、驚いたが、そのために同席させているのだから断る理由はない。
「ああ、構わない。こちらは落ち着いてきたから、よろしく伝えてくれ」
「はい、ありがとうございます。失礼いたします」
奏斗6歳、雅史は8歳のことだ。
奏斗が近づくが、人よりもまだ小柄なため、あちら側は気が付いた様子がない。
久しぶりに会うの、少し緊張するな、僕のこと、覚えているかな…。そう思いながら足を進めると、雅史の他にも子供の姿が見えた。
「おいこの女帝、また変な本持ってるぞ、こんなところまで来てガリ勉かよ、一人で優等生ぶって、貸せよ」
「お前みたいな馬鹿には読んでも分からないと思うが」
「馬鹿にするな!お前みたいなのは男じゃない!」「女帝」「女帝」周りの子たちもはやし立てている。
雅史の手に抱えられている本を奪い取ろうとした子たちに、奏斗は思わず声をかけた。
「そこまでにしていただけますか?雅史は僕の大切な来賓です」
ここが学校か公園だと思ったのか、はっと状況に我に返ったのか、親に叱られると思ったのか、すみませんでした、もう行かないと、と言って慌てて散っていった。
「あの、余計な真似をしてすみません、その、本が、雑に扱われそうで、つい口をはさんでしまいました」
「奏斗。一年ぶりだというのに、いきなり騒がしくて悪かったな。せっかくだし、場所を変えられるか?」
近くの使用人に部屋を用意させ、飲み物と軽食も運ばせた。
「それで、さっきのやつらだが、俺の方からも騒ぎの詳細は報告をしておく。場を乱したこと、正式に謝罪するよ」
…。
なんだか、1年前の奏斗を初めて人形扱いしてきた人物と、同一人物とは思えない、大人のような物言いだ。
「いえ、君が謝ることではないよ。ただ、何があったのか聞かせてもらえるかな?」
「ああ、実は、昨年も言ったかもしれないが、オレは私学の小学校に通いながらも、ほぼ登校はせず、交換留学の準備に励んでいてな。たまにテストだけ受けに登校しているもんだから、先生方から贔屓されているだとか、親の金の力だとか、さっきみたいに勉強ばかりしていて、他のやつみたいに、サッカーとかバスケとか分かりスポーツもやっていないから、女々しいやつで、さらに偉そうだとかいって、いつからか女帝扱いだよ」
「なるほど、それなら僕も、運動はほとんどしていないから、女ってことだね」
「ふっ、なんでそうなるんだよ。」
「でも、僕は君のことをまったくそう思わなかったよ。少し話しただけだったけど、むしろ、自分の世界を持っていて、努力を惜しまない、尊敬できる人だと伝わってきた。だから、こうしてまた会えることを期待して、僕自身も高みを目指そうと日々過ごすことができました。言葉を借りるなら、きっと、君は立派な帝にはなると思うよ」
「ハハハ!ほんと、お前ってやつは。参ったよ。」
「おれ、実は今年の終わりに、留学が決まってさ、しばらくは日本にも戻ってこないつもりだから、今日はしばらくのお別れを言いに来たんだ。でも、しっかり勉強して、お前さんのご所望通り、立派になるから、そしたらまた会おうぜ」
「…。すごい、夢をかなえるんですね」
「まあ、まだ最初の一歩だけどな」
「…。でも、正直ちょっと悲しいです」
「おいおい、どうしたんだよ」
今にも泣きだしそうな顔をした奏斗に、さっきのいじめっ子たちを整然と追い払った姿はない。
「初めてだったんです」
「え、なにが?怒ったのが初めでだったのか?おまえ、やっぱり怖かったのか??」
「怒ったのもですけど、友達がです」
「うん?」
「初めてできた友達が、君で。その君にやっとまた会えたのに、もう会えないんでしょう?でも、君は夢を叶えるのだから、おう、応援したいのに…ううう。時々、手紙を書いて送ってもいいですか?」
「なんだ、そんなことか、びびった。」
「そんなことじゃないです」
「いいよ。お前なら、いつでも遊びに来てもいいし、テレビ電話もあるし、連絡とり続ける方法なんて、何でもあるだろ」
「そうなんですか?」
「そうだよ、なに?お前何時代に生きてるんだよ?手紙もいいけどよ、メールとかなんでもあるし、心配するなよな」
そういって、落ち着くまで背中をトントンしてくれた。
「恥ずかしいところをお見せしました」
「いいよ。かわいい奏斗ちゃんの一面が知れて嬉しかったぞ」
「…可愛くないです」
「俺、向こうでミカドって名乗るわ。あっちは自分の名前をニックネームで紹介するのが普通だからな」
ニコッと笑って、お前もそう呼べよ!連絡先、無くすなよ、とカラカラ笑いながら去っていった。
その後も、宣言通り、お互いに定期的に近況報告をして、連絡を取り合い続けること数年、実際に次に会うことになるのは、まだ少し先のお話だ。




