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11.旅先①

食後に近くの温泉街でもブラブラするか、相川たちに聞かれたが、しばらくは宿から出るつもりはない。

どこで誰にみられるか分からない以上、数日は大人しくしているつもりだ。

幸い、仕事としてやる作業も多く、インドア派なので部屋に全て揃っている環境で言うことがない。

ただ自宅やアトリエならボンに一人で好きに外出させられるけれど、ここではそうするわけにもいかず、かと言って閉じ込めておくのは不自由させてしまう。それなら、と一つお願いしてみることにした。

「もしよければですが、ボンだけ連れて歩いてもらえると助かるのですが」

相川の奥さんも願ったりかなったりで、喜んでと了承してくれた。


「じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」

散歩の支度をして、二人にボンの綱を渡す。

「命を懸けて全力でお散歩してきます!」

「普通にいい子なので、リラックスしてくれて大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます。楽しんで来てください」

いってきま~す!と元気に挨拶して出発した。


ボンは嫌がるかと思ったが、街並みや周辺を把握し、見回りしてくると言ってくれたので、悪い提案ではなかったようで安心だ。

静かになった部屋の中で、ここまでくる過程を思い返した。


毎年父親の誕生日や会社の創立記念日には盛大なパーティーが催される。

実家が特殊なことは仕方がないが、そこに息子として出席して後を継がないのかと質問攻めにされ、政略結婚の道具として扱い続けられてきたことへ子供のころはまだしも、適齢期である以上、曖昧な態度や覚悟で顔を出して乗り切れるほど甘くないことも知っていた。

20代も後半になってからは、そんなことがあり、参加を辞退し続けている。

だが、易々と周りも黙っていないのだろう。お義母様だけは僕が来ない方が好都合だろうけど。

昨日追跡してきた2人が誰の差し金で来たのかによっても意味合いが違ってくる。

もし母君側であれば不意打ちを嫌う人だから、実家や会場の方へ来ないことを確認させるための見張りだっただけかもしれないし、それ以上の悪意があったのかは分からないが、ボン曰く素人とのことなので、脅威はないだろう。

一方父君の指示であれば、僕の行動を監視していることを示したかったのか、逃げ続ける事への警告といったところか。父は自分が現役から遠ざかるつもりは甚だなく、世間体として、理想の家族、いい父親、自慢の息子、後継ぎがいる事を公の場で示し、地盤の強化を図りたいだけで、そのまま僕が従ってお人形のように結婚し、父の部下としてその椅子に座ってさえいれば満足するだろうが、年々、父親の思惑以外にも女性からのアプローチや実力派の反対勢力など血縁を良しとしないものも現れており、事態がより政治的になってきている。


父からしたら、息子を外で社会人経験を積ませている、とすることで体裁は保てるのだろうが、“外”の分野が大方問題なのだろう。なんせ、芸術家として活動しているのだから一般企業とは程遠い。

しかし、実際のところ、普通の会社員と比較したら、自分の出来はそこまで悪くはないとも思っている。

幼少期から独自に経済・経営、マネジメントについてはすでに学び、それなりの資産価値を築き上げているのだから、要は肩書の問題だ。心機一転、コンサルタントや収益をあげるための経済指南書でも出版して成功者として名でもあげれば、十分な実績になる。それを分かっているので、あえて自由にさせているのかもしれない。

父君は自分や会社が一番の人だから息子や他人の気持ちより、自分への不利益リスク対策で物事を考えるはずだ。両親ともあるはずの相手に対して、冷静に分析して対処しているあたり、自分にも似た気質があるのかもしれないと思うと、少し寒気がする。

ボンたちが戻ってきたら、体洗うついでに大浴場の方にも行ってみようかな。

それまで、今日の分の作業をやってしまおう、と編集者からの依頼事項に目を通していった。


2時間ほどして、散歩組が戻ってきた。

ゆっくり町を散策してきたようだが、行きより明らかに手荷物が増えている。

「おかえりなさい。散歩代わっていただきありがとうございました。問題ありませんでしたか?」ボンの頭についた落ち葉が可愛いが、それをボンに言うと機嫌を損ねそうなのでそっと取ってやる。

「戻りました~。楽しかったですよ!でも、行く先々で、数歩ごとに地元の昔の知り合いに声かけられ、全然進まなくて。むしろボンちゃんにこっちに突き合わさせちゃった感じよね~ごめんね」

「奥様はお店をやられているご友人が多いですか?」

「そうなんですよ。私の同級生、お土産屋さんの息子とか娘が多くて、2代目、3代目として一緒に店を手伝っているもんで、こっちに戻ってくるたびに必ず見つかる…いえ、声かけられるのよね。今回も犬飼い始めたの?とかいつまでいるの?とか、おかげで話題には事欠かなかったけどね」

「そういえば、坊ちゃんにも一つお土産があるんですよ」

相川が大半は妻の知人から分けられたであろう、お裾分けの品の中から、包みを取り出した。

手渡されたのは軽い何かだ。食べ物ではなさそうだ。

「ありがとうございます。なんだろう?開けても構いませんか?」

「ええ、もちろんです」

では早速、と中身を確認すると、出てきたのは黒のキャップだった。


「私が漬物屋の店先で立ち話に花を咲かせすぎていたら、ボンちゃんが引っ張るので、長くなって飽きたのかな?と思ったら隣の店に興味を持ったみたいで、隣の店舗を見たら観光向けのTシャツとかが売っているお店で。

食べ物屋さんに食いつくワンチャンは見たことあるけど、何かあるのかなと近くに行ってみると、この帽子が飾ってあるところから動かなくなったのよ。それで、主人が、ボンさんが奏斗さんに買っていきたいのでは?と言うから、そんなことあるのかなと思いつつ、手に取ってこれ?って聞いたら頷いたのよ。ねえ、あなた。ほんとに賢いのね」


「それで、色違いで種類があったのですが、黒だったら“おそろい”感が出ると思って、色はこちらで決めてしまいました」そういって相川はボンの毛並みを撫でながら微笑んできた。

「そんなことが。わざわざありがとうございます。ボンも、ありがとう。今週末過ぎたらここから出ても問題はないと思ってはいましたが、念のため、散策時はこれを使わせていただきますね」


二人はそのあと旅館を手伝ってくると言っていたので、大浴場は今のところ誰もいないだろう。

ボンと二人になり、さて、ともらったキャップを被ってみる。

「どうかな?」

「似合わねえな」

「ボンが選んでくれたのに、、でも、日差しもよけられるし、うれしいよ」

「そりゃよかった」


そうえいば、と昨日の道中でコソコソと買っていたお土産のキーホルダーを取り出した。

小さなビニールから2つ出てきたそれはお揃いのようで、色違いでBest friendと長方形のプレートに刻印されていた。

「これ1つボンの首輪につけていい?1個は僕のカギにつけるつもり」

聞きながらもすでに手は動いており(強制)、首輪にはすでに奏斗の連絡先の書かれたプレートがぶら下がっているが、その横に仲間入りだ。


「相川は良くボンの希望を理解してくれたね、さすがだね。話は大体言っていた通り?」

「まあな。老舗旅館の娘なだけあって、あちこちに知り合いがいたぞ。お前関連の不審なものは特に見られなかった。俺の因縁では一つだけ気になることはあったな。まあ、どこの観光地でもあるはあるんだが」

「ボンの因縁というと?」

「捜査の関係だな」

「気になる?」

「まあちょっとは。でも別に今更首を突っ込むつもりもねえから安心しろ」

「そっか。話聞くくらいはするから、話したくなったら言ってね」

「おう。風呂行くか?」

「そうしよう」

とっくに朝風呂といえる時間ではないが、大浴場へ行ってみることにした。


広々とした脱衣所はきれいに清掃されており(貸し切りなので他に使う人もいないが)、ボンと一緒に奥へと進む。

服を抜いてかごに入れ、タオルを腰に巻いて浴室へと続くガラス戸をスライドすると、黙々とした湯けむりと大きな浴槽、個別のシャワーブースがあった。簡単に体を洗い流してから、浴槽に入ると、横の壁にはまた効能について書かれたプレートが飾られていた。

「お湯、気持ちいいね。大浴場にはサウナもあるみたい。あ、外にも露天があるね」

「部屋のとは、効能がまた違うのか?」

「どうだろう、でも見た感じ、ここの内風呂と部屋の温泉は同じみたい。開放感の違いかな。でも、外のやつはまた違うみたい。濁り湯って書いてあるし」

「白いやつだな」

あんまり長時間入るとのぼせてしまうので、適度に体が温まった頃、外に出てみた。

「うわー、やっぱり少し寒いね。朝の散歩も寒くなかった?」

「まあ、毛皮着ているもんで」

「それもそうか。ほら、すこし白っぽいお湯で、こっちも風情があっていいね」

「外だからか、少し熱めのお湯はまた心地よく、老舗の高級旅館を堪能した」

翌日も同じようにのんびりと室内で過ごし、夕飯を相川夫婦も一緒に旅館内の食事処で取っていると、

相川の携帯が鳴った。失礼します、と席を外し、一人で廊下に出て行ってしまった。

「食事中にすみません、全く」子供を叱るような口調でドアの方を目線で追いかけている。

「いえ、きっとあれ、僕の依頼していた結果を受ける電話です」


数分して戻って来た相川は、いつもと変わらず、すみません、とだけ言い、会話の相手や内容については何も言わない。僕からの依頼事項を他人、家族にすら僕の許可なしに話題にすることはしない人だ。


「電話の内容、伺っても?」

「はい、先日ご依頼いただいておりました、例のご友人の件ですが、お話ししても?」

「ええ、お願いします」


奏斗には幼少期に親のパーティーで出会った一人の少年がいた。

「小田木様は現在、海外を拠点に生活されておりましたが、今週末学会で帰国の予定があり、週明けにお時間を頂けることになりました。こちらの旅館をご案内済みでございます」

「そう、すごいタイミングで驚いたよ。でもなんとなく、帰国の用がなくても、来てくれそうな気はしていたけど」

20代前半までは時々パーティーで交流があったが、今回は相当久しぶりに、そして初めてこちらから連絡した。

「そうですね、先方へ連絡を取りたいと奏斗様のお名前を伝えたところ、すぐにご本人に代わっていただきましたので、話もとんとん拍子に進みました」

「あはは、なんとなく想像できるよ」


部屋に戻り、ボンと二人になったのを確認すると、さて、と向かい合って座った。

「ここに来る前に、少し話したと思うけど、ボンに会わせたい人がいてね、ここの旅館の人たちがメインではあったけど、もう一人というのが、小田木(おだき)という男なんだ。周りからは(ミカド)と呼ばれていてね、下の名前は雅史(まさし)なのに、変だよね。」

彼とのことを話すと、少し長くなるけどいいかな?と前置きしつつ、奏斗とミカドの出会いについて教えてくれた。

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