死に際の記憶
結局彼の甲斐甲斐しい看病の結果聖南が快復した後に行われた話し合いにより、聖南は恋人を失うことになった。聖南は何とかして説得しようと泣き落としを試みたものの、彼が終始一貫した態度で聞く耳を持ってくれなかったのだ。
「下手な言い訳は聞きたくない。その過程や背景にどういう事情があろうと、聖南が意図的に飼い猫を虐待したことは覆ることのない事実だろ?俺はそんな人と今後交際を続けていきたいとは思わないし、結婚なんて以ての外だよね」
別れ話の際に彼の言い放ったこの言葉は今も一言一句覚えている。病気が治ってからの聖南に対し、彼は容赦がなかった。
弁明の余地も与えられずに彼と破局した聖南はさらなる失意に飲まれ、仕事も休み家に引き篭る毎日が続いた。
そうしていると、自分と同居している猫の存在に自然と目がいく。
「みゃう?」
動物病院での入院を経てすっかり元気になったリリスがあざとく鳴く姿を見て、聖南は無性に腹が立った。
自分は今、こんなにも辛い思いをしているのに。
自分は恋人と別れる羽目になったのに、どうしてこの猫はかつての恋人に同情し病院に搬送されこうしてのうのうと生きていられるのか。
一度発現したネガティブな感情を抑えることができず、聖南は激情のあまりかつてリリスのエサに混ぜていた薬の瓶を手にした。
そしてリリスを亡きものにした後は彼氏と別れた末飼い猫まで失った惨めな女として周囲からの同情を誘っていたのだが、その報復として聖南はかつての飼い猫に爪を突き立てられる始末になってしまった。
「前に飼われていた家庭が崩壊してシェルターに居た所を引き取ってもらった時は聖南ちゃんが女神様のように思えたけど、まさかその本性が悪魔だった上にとんでもない地雷女だったなんて知った時には驚いたわ。今あなたは恋人と別れた時以上に辛くて痛いでしょうけど、この程度で私への贖罪になるなんて思わないことね。せいぜいあの世で自分の行いを後悔するといいわ」
そう宣告して高い声で笑うリリスは、もうかつての弱々しい愛猫の面影を完全に掻き消していた。
聖南の背中に改めてリリスの爪が深く食い込まれ、ボタボタとフローリングに口から流した血が模様を作っていく。
じわりと股の辺りも濡れて、我慢していた尿も排出されていった。
肺を傷つけられ呼吸困難に陥っているはずなのに、息をしているという感覚がまるでない。その癖思考だけは普段よりも冴えていて、自分はどこで選択肢を間違ってしまったのかなんて考えている。
きっと全て間違いだったのだろう、と聖南は諦念した。
そうして虫の息同然でブラックアウトしていく聖南の視界に、一瞬だけ先端が二つに割けた尻尾が捉えられる。
ああ、確か幼い頃によく読んでいた妖怪の辞典で同じ特徴を持つものを目にしたことがあった。
あれは、猫又ーーー。
血の気が徐々に引いていき人としての身体機能をも段々と失っていく、聖南の最後の記憶だった。




