第二話
今日もまた、私は返却された本を丁寧に棚に戻しながら、横目で鉢呂先輩のことを気にしていた。
彼の手元には一冊の文庫本がある。表紙をそっとなぞるように指先で触れ、静かにページをめくる。
光の加減で、その横顔がほんのり柔らかく見えた。
時折、彼はふと顔を上げて窓の外を見る。
それは疲れから、というよりも、物語の続きを静かに胸の中で転がしているような、そんな眼差しだった。
読書の邪魔をしてはいけない気がして、私は声も立てずそっと本を並べ続ける。
でも、その日はいつもと少しだけ違った。
本をめくる彼の指が滑って、しおりがひらりと床に落ちてしまったのだ。
細長い紙片が、棚の下に入り込む。
「あっ……」と、鉢呂先輩が小さく呟く。
私は思わずそちらへ歩み寄って、しゃがみこんだ。
「これ……、落ちましたよ」
しおりを拾ってそっと差し出すと、鉢呂さんは一瞬きょとんとした顔で私を見て、それから小さく微笑んだ。
「ありがとう」
それだけ。
でも私の胸の奥で、何かがふっと灯るのがわかった。
たぶん、彼も私の名前までは知らない。ただの「図書委員」と「利用者」。
それでも――目と目が合った短い瞬間、時計の針が静かに時を刻む音が、やけに大きく感じられた