「重力式インターロックドセグメント工法」
俺はうなずいて言った。
「まぁ、わからないのが普通だ。正直、俺も全部はわかってない。だけどな、技術というのは、何がやれるかと、その限界がわかっていれば運用できるんだ。」
清水さんは小さくうなずいた。俺は続ける。
「今、開発部が試しているのが――重力式インターロックドセグメント工法ってやつだ。」
「……なんですか、それ?」
「名前の通りだよ。まず、重力波を使って現場で鉄筋石板を製造する。で、それをセグメント、つまりトンネル構造を構成するブロックとして、シールドマシンの直径と同じ内径になるように“噛み合わせて”いくんだ。」
「現場で作って、その場で組む……ってことですか?」
「ああ。従来のシールド工法では、工場であらかじめ作ったセグメントを現場に運んで、それを組みたてる。だが、うちの方式では、現場で“資材を作る”ところから始める。残土と鉄筋から鉄筋石板を作って、その場で必要な形に加工し、それでトンネルの内壁を形成しながら、シールドマシンが後退する。」
「後退するって……進むんじゃなくて?」
「進むのは当然だ。だが、今回の肝は“戻れる”ことなんだ。従来のシールドマシンは基本的に使い捨てだった。戻れないからな。けど、もし戻れるようになれば、マシンを回収して次の現場でも使える。これはとんでもないコストカットになる。」
「それが、“噛み合わせながら戻る”って話だったんですね……」
「ああ。普通に作っただけじゃ、ブロックをはめた時点でマシンは閉じ込められて終わりだ。だから、重力波を調整しながらトンネルを少し膨張させ、セグメントブロック同士を噛み合わせる“インターロック”を行い、その上でマシンが後退していく。これを成立させるための構造計算と調整を、今、あいつらがやってる。」
「……すごいですね。想像の外です。」
「そう、すごい話だ。だけど、すごいだけで終わらせない。実現するんだ。」
・・・
大会議室に集合し、あいつと開発部とのミーティングを行った。一般人代表として俺と清水さんも出席している。
そこであいつが言ったのは、
「違う違う、そうじゃないよ。まあ、だいたい合ってなくもないんだけど、ちょっと違う。」
「それはどういうことだ?」と俺は返した。
「シールドマシンはその場で後退しないんだよ。そこでやるのは“はめ込み”だけ。」
「……なぜそれができるんだ?」
「この重力式シールド工法のデメリットをメリットに変えるってこと。」
「それはどういうことだ? 今日は清水さんもいるんだ。もう少しわかりやすく話してくれると助かる。」
「そうね――」と、あいつは少し考えるそぶりを見せてから、説明を始めた。
「重力式シールドマシンの欠点っていうのは、“重力子ビット”にある。これは普通のシールドマシンについてるビットとは違って、重力波で岩盤や地層を破砕するためのビットなんだけど、これが外周にも存在してる、というか配置せざるを得ない。そのため、掘削後の周囲の地層が柔らかくなってしまう。」
「うん、シールドセグメントの外の土が安定していないと問題が発生するというのは事例でも見ている」
「そう。だからこそ、それを“逆用”する。柔らかくなっているということは、“押し込める”ということでもあるんだよ。たとえば、仮に一つのセグメントブロックを6分割で構成しているとするだろ? そのとき、まず1、3、5の位置のパーツを押し付けて、壁をわずかに広げる。地層が柔らかいからこそ、それが可能になる。その隙間に、2、4、6のパーツを“パチリ”とはめ込むんだ。まるでパズルのピースみたいにね。これをインターロッキングって呼んでる。」
「なるほど……。それでトンネルの内壁全体を構成していくわけか。」
「インターロッキング……」
「その時、シールドマシンの後端で地山を支える部分にセグメントを押し込むとき、一部の部品が出たり引っ込んだりする。そうでないと外径を変えられないからね。社長はそこを後退すると思っちゃったんじゃないか?」
「うん、それなら俺が誤解していたこと、清水さんに誤った説明をしたことはお詫びしよう」
「いえ、とんでもないです。でも本当にパズルのような工法なんですね」
「そう。地山に膨らむ方向で押し込まれるセグメントというパズルのピースは、一周全部が組みあわさったら、シールドマシンから離れ、今度は地山の圧力で縮む、つまり押しもどされる。その結果、最終的にはお互いを支え合いながら、全体としての構造安定性を生む。セグメントが組み合わさることで一気に“構造物”に変わるということ。」
「それは……なんとなくわかる。しかし、それだと“周囲の土壌が柔らかい”という問題は残るんじゃないか?」
「うん、そうとも言える。でも問題ない」
「何がどう“問題ない”んだ?」と俺は言った。
すると、あいつはこう答えた。
「トンネル施工のニュースとかでさ、地山に“セメント注入”とか“薬液注入”って出てくることがあるだろ? それと同じことを、俺たちは“重力針”でやるんだよ。」
「重力針……?」
「ああ、見た目はただの針なんだけどな、先端に重力子を発生させる機構がついてる。で、これを2本使う。楕円の二つの焦点、つまり芯の位置にそれぞれ針を挿し込む。すると、その二点を焦点とした楕円を円状に積分した、いわば“回転楕円体”のような石材が構成されるんだ。」
「……楕円を円積分? ドーナツみたいな形か?」
「方向が逆、というか軸が違う。進行方向を軸にしての円積分ね。かなり縦長のラグビーボールみたい感じだね。」
清水さんが首をかしげて「地面の中に?」
なんかカワいいな。
「そう。これをブロックごとに繰り返していく。結果、ぐにゃぐにゃじゃないや……えーと、古代ローマとかで真ん中がふくらんだ柱あるじゃん、あれが連続した石柱、それが地山の中に浮いてるかたちになる。引き延したラグビーボールの端は隣りとくっついて連続した石柱になるんだ」
「それが、トンネルを支える柱になる……と?」
「いや、支えない。重力針を仮に16本とするとシールドセグメントを囲んで地山の中に16本の柱が並行して走ることになる。これがあることで、あいだにある土砂も含めて地盤が安定する。」
トンネルはある意味地層の中に浮いているパイプだ。それを取り囲むように連続的に柱を形成するということか。
「……となると、柱を形成して、そのあとセグメントをガッチャンこするわけだ。より押し込みやすくなっているはずだしな」
「ああ。すでに3メートル級の実験機で成功してる。普通の土砂地盤だけじゃなくて、岩盤を削っても問題なかった。まあ、水は出るけどな。」
「岩盤でも水が出るのか?」
「出るよ。日本なら、どこ掘ってもだいたい水は出る。」
俺は言った。
「水は拝み勾配にするか、もしくはそもそも片勾配で掘れば、下に落ちるから問題ないよな?」
「そうね。概ね問題ない。どうせ実際に使うときには敷板が必要だから、その下に排水パイプなんかは埋め込めるし。」
「この工法で曲がったトンネルを掘るのは得意か?まだ予定はないがループトンネルは有り得るだろう」
あいつはうなずいて、
「シールドセグメント自体の長さがあまり長くないんだ。しかも、セグメント同士ってのは見た目の印象とは違って、完全にカッチリとはまるんじゃなくて、多少ずれても大丈夫なように設計されてる。」
「それはなぜ?」
「地震があっても問題ないようにさ。ずれてもいずれ戻る」
「そうか。地震対策か」
「結果としてそうなっているだけで、地震対策だけってわけじゃないけどさ。そもそも形状として、単純な円柱の一部ではなくて、パズルのピースみたいに、複数箇所で“かみ合う”ようになってる。ジグソーパズルほど複雑な形じゃないけど、そんな感じ。で、その接合部の凹凸が、90度、直角じゃなくて、120度と60度的な角度にすることで ある程度のズレを許容をできるし、『パキっ』とハメこめるようになっている。それにそもそも忘れちゃいけないのは、我々の工法は鉄筋こそ買ってくるけど、石板そのものは現場に工場があるようなものじゃないか?必要があれば曲線用セグメントを作ればいいだけだよ」
「ということは……」
「そう。つまり、曲がったトンネル、ループトンネルも作れるってわけ。社長が言ってた拝み勾配だって地図上で仮に直線だったとしても、真ん中は曲線トンネルだよ。型枠も曲線用に何段階か調整できるようになっている。まー、その段階を超えるようなRがキツいのは無理だけど」
なるほど、中央リニアのシールドセグメントも見たことあるが、まぁ、あんな形なんだろうな、しかも曲線用も現地で作れる。まぁ俺が失念していただけで、原理的に当然のことだった。しかし3M級をもう試作して、試行していたのは初耳だ。以前から用途も聞かずにぽんと資金を渡してたからかもしれないが、事後承諾でもいいから稟議が上がってくるようにしないとな。
「出社していないのも現在の居場所がわからないのも最初からだからそれはいいとするが、俺のとこまで稟議も報告も上がってないのは問題だな」
「まーいーじゃんっていいたいとこだけど、会社もちゃんとしてきたし、やっぱもうダメ?だよね。なるべく上げるようにするよ」
なるべくではなく、必ず上げるのが普通の会社だが、まぁ、多少はいいだろう。
「一部が事後承諾になってもいいから必ず全部上げろ。お前だけ特別扱いは良くないんだ」
「そうですよ!社長がすごい資本金入れてくれたのでしばらくお金の心配はないとは言え、CTOの金使いは荒すぎです!報告書も遅いし、勘定項目もテキトーすぎです!」
「わー、本日、おこられデー開催中?社内のAIサーバ使ってなんとかする方式を今度考えるからカンベンして?」
まったくあいつは・・・まぁ「いかに楽をするか、特に定型業務においては。」、はエンジニアの基本なので方向性としてはいいんだが。
で、聞いてみた。
「清水さん、ふんわりでもいいのでわかった?」
「・・・なんとなく大丈夫そうなのと、日本はどこ掘っても水が出る、は、わかりました」
うん。それだけわかれば大丈夫だな。