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重力波を用いた工法

俺は言った。


「今までは、工事に対して仕入れというものが必ずあったはずだ。仕入れは費用であり、工事の代金からそれを引いたものが利益になる。これは説明するまでもないよな。現場粗利、グロマだ。」


「はい、そうですね。おっしゃる通りです」


 俺はさらに続ける。


「これからは、すべての項目において利益を得ようと思う。もちろん、重機のレンタル代などどうしようもないものは今後も費用でいいんだが、今まで経費項目だと思っていたものを、なるべく多く利益を出す項目に変えていきたい。」


「そんなことが可能なんですか?」


 これは当然の疑問だ。


「可能か不可能かでいえば、なるべく可能な項目にしたい。まずは“不可能”と決めつけないということが大切だと思う。」


「そういうものなんですね。」


「そういうものにしていきたい。」


 俺はさらに続ける。


「あいつの考えた重力波、これを工法に応用する。今まで買っていたコンクリート、RC板材、これを内製化する。ざっくり説明すると・・・」


 無茶なことを言っているようだが、不可能ではなくなったのだ。これが、奇妙キテレツかつ破天荒な開発部の連中を抱えている成果である。理論的な細かい説明はあいつらに任せるとして、簡単に言うと、RC――鉄筋コンクリートの板材が、鉄筋はともかくとして、あとはその辺の砂、多少岩が混じっていても構わない、から作れるということになる。


 これはどういうことか。


 いわゆる「建設残土」というものを聞いたことがあるだろう。例えば、地下鉄の工事をする場合、まず土を掘る。そこに箱型断面のコンクリート板を底板⇒側面と組み上げて、最後にコンクリートの板でフタをして、最終的に舗装を行う。これが箱型断面トンネルの地下鉄工事だ。地下鉄でなく道路工事でもよい。


 この場合、掘った土はどこかに持っていかなければいけない。これが建設残土になる。ほとんどの場合、海岸の埋め立てや山間部の起伏を平滑にするぐらいに使われる。これは普通の建設工事だけでなく、トンネル等の工事においても非常に大きな要素だ。かつ、そこからヒ素などの有害物質が発見されたりすると、非常に始末に困る代物になってしまう。


 ヒ素はともかくとして、建設残土というのは要は“土”なので、普通に重く容積がある。つまり、持っていくだけで費用がかかる。ダンプに山盛りに積まれているアレだ。当然、地球温暖化にも優しくない。


 あいつの考えた重力波による工法というのは、この建設残土の資源化――これに尽きる。


 これができれば、今まで持って行ってもらうために必要だったダンプの業者さんも呼ばなくて済むようになるし、部材としてPRCやRCコンクリート板を運んでいた運送会社も不要になる。……まあ、すべてが不要になるわけでははないが、減る――というだけで産業構造に大きな変化が生じる。


 実際には我々が作るのは、鉄筋コンクリートというよりも鉄筋岩、鉄筋石、何と言っていいかわからないので、とりあえず鉄筋石板と言っておくが、石板である。


 我々の会社も建設工事だけでなく、鉄筋コンクリート板を作る工場を持っていい。トレーラー的に移動できる鉄筋石板現場工場も計画中だ。


 これが、あいつの考えた重力波工法を実用化する一つのアイデアであり、今、開発部で開発に成功しつつある技術である。


 単なる岩、石板であれば、歪み方向の破壊に弱くなってしまう。なので、単なる岩よりは柔らかい岩という謎概念でこれを作る。伸び方向への抵抗はいわゆる異形鉄筋がこれを受けおう。


 それによって作られた石板というのは、コンクリートブロックと同様に扱うことができる。必要があれば表面の平滑化も可能であり、逆に荒く仕上げることも可能である。これにより、現場でコンクリート工場どころかRC板の工場ができてしまうことになる。


 ということで、鉄筋だけは今後も買い続けなければいけないようだが、費用項目が減る。さらに、この現場工場を派遣するという仕事も生まれる。


 うちの会社はこれを基盤の技術にしていく。そしてこれを売っていくのだ。


 今までの建設工事の常識から極めて外れた方式なので、最初から理解を得るのはかなり難しいと思っているが、何なら押し売りしてでもやってみるくらいの精神でやるしかない。


 これに付随した技術も開発している。それが、重力波シールドによるシールドトンネル建設方式だ。


 シールドトンネルというのは、ご存知の方も多いと思うが、円柱の一部の形状のコンクリートブロック、シールド業界ではセグメントと言うが、それを用いて、シールドマシンで地中に掘った穴を確保してトンネルにするという方式だ。あまりにも端折りすぎだが。


 シールドマシンというのは、円筒形の先頭にカッターがついた巨大な機械であり、非常に高価なものだが、恐ろしいことに使い捨てだ。これは非常にもったいない。


 なので、重力波シールド工法で石や岩を崩し、砂、土と水を分離する。どうやって分離できるかの説明は正直理解できなかったが、できてしまうらしい。この時に、無機化合物と有機化合物をなるべく分けるというのが、重力波ふるい効果というもので得られるらしい。


 ふるいになるの? 重力波が。


 と思ったが、なるそうだ。


 鉄筋をどのように配置するのか、ここにまだ課題はあるものの、無筋石板であればすでに作れているとのことだ。これも有機化合物を分離できるのであれば、鉄と酸化シリコンに対しての別の重力波の掛け方ができるんじゃないかなと素人としては勝手に思う。


 そう簡単ではないが、不可能でもないとのことだ。だが、それはしなくていい工法のほうが実現可能性が高いという当座の結論で納得した。


 シールドトンネルというのはセグメントを組み合わせて作るので、いわゆる地震などの歪みに対して強い。セグメント一枚一枚は地震という巨大エネルギーと比較すれば小さい存在で、その継ぎ目が揺れを逃してくれる。

 今でも無理やり無筋の断面を作ることはできるが、一枚の板というか、岩になってしまう。正確に言えばホースのような一本の石板というか中空石柱になってしまうので、地震のような歪みに非常に弱い。簡単に崩壊してしまうだろう。これはその場で砂から岩を作る方式だと、鉄筋を入れることができないため、かつ継ぎ目もないためである。


 しかし、一旦鉄筋石板として作り上げた後、これをセグメントとしてはめていけば、その継ぎ目が歪みを吸収してくれる。これはRCセグメントで作られている今のシールドトンネルと同じである。


 地震大国日本においては、無筋石板は無謀であり、鉄筋石板ブロックを用いたシールドトンネルの方が需要が高いと思われる。


 懸念は、先頭に立つシールドマシン――重力波シールドマシン――これの大型化だ。2乗3乗の法則により、重力波シールドマシンを大きくするには課題がある。今は、人が立つのが精一杯の半径一・五メートル、直径三メートルの試作機を作っている。


 次の課題は、シールドマシンの後退である。バックできなければ、やはり使い捨てには変わりない。どこかに掘り抜くにしても、シールドマシンはかなりの重量があるので、事前にそこへ受け入れるための何らかの措置、つまりは大規模工事を施さなければいけない。これは非常に非現実的だ。


 そうなると、土を後送して、それを現場工場で鉄筋石板のセグメントして加工し、それをシールドマシンの後端へ送り戻すことが必要になる。


 そしてここが最大の課題である。普通にセグメントを組み上げてしまうとトンネル径がマシンより小さくなり、シールドマシンがそのままでは絶対に後退できないというのはお分かりいただけると思う。


 だからこそ、これを解決するためには、シールドマシンの直径プラス、シールドブロックの厚み分+αだけ押し抜ける機構を付けるしかない。つまり、トンネルをわずかに膨らませながらシールドブロックをはめ込んでいく工程を追加する必要がある。


 そこまでして、ようやくバックできるシールドマシンというものが完成するわけだ。


 ――聞いたときは、はっきり言って無茶な話だとしか思えなかったが、技術的な目処は立っているそうだ。


 俺は言った。


「清水さん、わかった?」


 彼女は素直に答えた。


「うちの会社、道路工事の下請けくらいで……今までそんな大規模工事やってないんで……正直、わかりません。」


 素直なのは悪くない。


「清水さん、案件のグロマの把握はしているよね。」


「それはモチロンですっ」


「もし、同等の工事で残土の費用、RCの費用がゼロになるとしたらどうなると思う?」


「え・・・建設工事にあるまじきGM%になるのは間違いないとは思うんですが・・・できるんですか?」


それをやるためのあいつの技術とこの会社なのよ。

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