プロは回収に時間を掛ける。
「鈴木誠一です。よろしくお願いいたします」
一緒によく呑みに行く主任クラスの職人さんから、入社して3ヶ月経ったし、仕事もある程度できるのがわかってきたんで、開発部さんと会わせてもいいだろう、と紹介されたのが彼でした。
彼は職人組としては珍しい大卒でしたが、特にイケメンでもイケオジでもありませんでしたし、背もそれほどの高さでもなく、「へー、新しい人、入ってるんだ」くらいの印象でした。
清潔感はありましたが、これも社長命令で工事部も清潔感ある格好をしろってのが最初から出ていて、そのころにはすっかり浸透していたので、特段の差別化にはなってませんでした。
まあ、会話の端々や、エロ発言のときにさりげなく話の方向性を変えたりするところには、「あー、高卒と大卒の差ってこういうところなのか」と一瞬思ったりもしました。
でも、社員の毎年の研修の中で、そういう言い方は差別に当たるから気をつけるように、という項目もあり、それは覚えていました。
また、賄賂条項ではあるものの、ある意味苛烈に『諭旨免職を叩き付けている社長』も見ているので、私がそれを口にすることはありませんでした。
私の仕事は相変わらず地味で、「綺麗になるように」と、言われてもねぇ・・・と思うほど顔も地味、まあ、学生・助教時代から比べれば、それなりに美人にはなっているものの、激変組からすると、美人度が少なめなのは自分でもわかってました。
研究を続けているメンバーとは違い、私の場合は、ほぼ、自分の研究は無しで、会社の研究のうち、今の仕事には直接関係ないけど、将来的に面白そうな派生型を、時間外に少しやっている程度でした。
なので、会社泊り込みの連中とは違い、普通に一人暮らしのアパートを借りて通ってました。まあ、派生研究が面白くなって泊まってしまうことはありましたが。
國本が怯えたように「・・・火無瀬さんって、ちょっと変わってますよね・・・」とか呟くように言われたことありますが、月曜から金曜まで会社に住んで、週末はシェアハウスで爆睡しているきみらのほうが世間的にはよっぽど変人だから。
と、返していたと思います。
見た目で言えば、國本も激変組に所属してますね。
おどおどした態度は当初は変化ありませんでしたが、船ができてから急変。
明るい女子にクラスチェンジしました。
しかも婚活どころか妊活!!ぶっとびまくりです。
で、無理に言えばジョニーデップに似てるような似てないような、まあ、西洋人顔で、かつ海の男、というところは本物のアレックス船長を捕まえて、あっというまに妊娠、出産、職場復帰からの絶賛子育て中です。
あの國本がねぇ・・・まあ、あっちのほうがよっぽどの変人なのは確定だよね。あのころの返し通り・・・なんて心の中で思ってます。
妊活する時間的余裕が無いっていう言い分も二学年上の私のほうが切実だよ、と思いはしたものの、それほど子供が欲しい、という欲求もありませんでした。
鈴木さんも、普通に呑みにいくだけの同僚という感じで、毎週お店・・・安い居酒屋です・・・には行ってはいたものの、そもそも四~五人くらいだと女子は私一人に男子三~四人という感じですから、まったく進展はありませんでした。
初めて紹介されてから一年くらい経ったころでしょうか、金曜夜、さて、行くかと思ったら、ほぼ誰もいない・・・うーん・・・久々に牛丼とビールかな?
そんなタイミングで
「火無瀬さん、皆さんいらっしゃらないようですね」
ですね。今日はパスにする? 男女で一人ずつだとデートみたいだけど二人に行く?
なんて冗談めかして話し掛けたところ
「デートなら夢のようですね。まあ、そんな勘違いはしないよう心掛けますので、もし、よろしければ、少しいいところに行きませんか?もちろん奢りますよ?」
なんて言われて、つい、行ってしまいました。その日は食事をしただけで何もありませんでした。
その後、会社が本格的に拡大方向一直線で職人たちもあちこちの現場に出かけまくりになりました。
開発部は、全社宴会だったころは夕食だったし、実質強制参加みたいなところもあったのでみんな参加していましたが、今の形態になると、呑まないやつは来ない。当たり前ですけど。
職人は酒好きというのはステレオタイプな偏見かもしれませんが、少なくとも呑むと言えば、「しかたねぇなぁ」などと口では言うもののニコニコして店に行くほうが工事部では一般的でした。
開発部でも実践部隊は現地に行きますが、私たちのようなバックエンド部隊は現地にいく必然性がありません。
なのであぶれることも多く、自然と二人で行くことが増えました。
引き抜き行為には注意するように、というのは通達でも出てましたし、開発部には全員に行われる社長との 1 on 1 でも毎回、「しつこくてゴメンね」と前置きされて要請されてました。
この時点ではもう社長が全員に 1 on 1 するのは無理で、開発部には例外的に全員、その他ではマネージャーだけになっていました。といっても月に数分という短いものです。
それでも社長との距離が近いというのは開発部の誇りに繋がっていましたし、今も繋がっているでしょう。
半年毎にそれなりに昇給する好待遇にも慣れはじめてはいましたが、長すぎる学生時代を就職失敗の連続とそれに伴う貧乏で過したことによる怯え、こんな好待遇なんて他には無いよなという自覚、そして、仕事自体が非常に面白いという興味と好奇心もあり、転職を考えているメンツは私も含めて、少なくとも開発部には誰もいなかったと思います。
それでもやはり、まだそのころの私には警戒心もありました。
なぜ、工事部のメンバーが出払っていても鈴木さんだけはこっちにいるのか。
なので聞いてみました。
「ああ、僕は一応大卒・・・開発部の皆さんとは違って、適当に書いた卒論で卒業できる程度の四卒ですが・・・というのもあって、今は工事手順の標準化とか、抜けてる工程の補完業務をやってるんですよ。現場のほうがいいなあ、と思うこともありますが、これはこれでやりがいのある仕事だと思って励んでいます」
ああ、なるほど・・・似たような業務が工事部にもあるのね、という感じで、私も似たような仕事をしているの。CTO の指示なんて、発想が鋭すぎて、工程的には抜けだらけだから、足してあげないとなのよー
なんて話をした記憶があります。開発部の仕事の内容は例え総務部長相手どころか、相手が社長であっても軽々に漏らしてはいけない、という『掟』があるのですが、抜けていた、気が緩んでいた、知り合ってからもうすぐ二年だし、ずっと会社にいる人だろうと思っていた、言い訳はいろいろできますが、私のミスでした。
それで態度が変わったわけでもありませんでしたし、鈴木さん、転職したりする?と、軽く聞いてみても
「こんな待遇、他社じゃありませんよ!!私も本当か?と思って来たくらいですよ?!転職するわけないですよ。それに仕事も抜群に面白いじゃないですか!」
まあ、そうだよな、と思い、流してしまいました。
その後、飲み友達から男女関係になるまでの時間は・・・短かったです。




