極端に振ったことで戻る日常もあるようです
実際の国土交通省の様子を描いているわけではありません。
吉岡です・・・なんと自宅から霞が関に通うことになりました。十年以上振りだと思います。
その際、妻と会話をしました。
本省に戻ることになったよ。久し振りにウチから通うよ。出張は減ると思うけど、編成の時期とかに遅くなるのは変わらないと思う。
「おめでとう?で、いいのかしら?」
まあ、いいと思うよ。キミは大丈夫かな?
「なにがですか?」
ほら、僕のぶんの食事や洗濯とか、夜に帰ってくると起されちゃうとか、よく聞く亭主元気で留守がいい、とか。
「まあ・・・無くはないですけど、私ってそんなに薄情に思われているんですか?」
そんなことはないけど・・・正直、今まで地方回りをしている時にキミや子供のほうに何か問題のある問い合わせなどが行っていないかずっと気になっていた。
「それはあれは帰省というんでしょうか?お盆とか正月にここに戻ってくるときにもしきりにおっしゃってましたが、特にありませんよ?子供からも聞いてません」
それはなによりだよ・・・今後も少しは気をつけてほしい。まあ、気をつけると言っても特にできることはないんだけどな。
「はいはい。でも少し顔色が良くなりましたね。なにか理由があって全国を回っていたんでしょうけど、理由が無くなったか減ったかしたんですか?」
いや、増えた。かなり増えた。増えすぎて地方に置いておけなくなったんだろう。
「それは・・・危なくないのですか」
却って危なくない。しかし、なぜ危ないとか考えるんだい?
「まあ、ヒマはありますから・・・思い起こしてみると、一時期凄い技術に触れた、といって興奮されていた時期がありましたよね。そのあと、急に無口になり、そして地方巡業?に出られたので、その凄い技術が原因なんだろう、くらいは私でも分かりますよ?」
ああ、僕はキミに何か話してしまったのかい?
「いいえ、すごく言いたそうでしたが話さないように気をつけられていましたよ。小声で呟いていることもありましたが、聞かないようにしてましたし、聞いてしまったこともありました。でも、数学っぽいことをおっしゃってたので私には理解できませんでしたよ(笑)」
それはよかった。知らなければ話しようがないからね。
「・・・また凄い技術に触れたんですね」
わかるかい?でも話せることはないよ。
「はいはい、慣れてますよ。このスマホみたいに、とんでもない技術なのにいつのまにか社会に浸透してしまうんですよね・・・今では私達よりずっと上の世代、80歳、90歳過ぎでも使える人が普通にいらっしゃいますからね」
・・・そうだな。それは近いかもしれない・・・
「でかけるときには『行ってきます』くらいはおっしゃってください」
それはおっしゃるとおり、では、行ってきます。
「いってらっしゃいませ。帰ってくる時間がおわかりなら、会社を出るときにメッセを送ってくださいませ」
・・・
話し方でわかると思うが、うちの妻は比較的お嬢様だった。公務員の妻など金銭的には魅力がないはずだが、なぜか妻になってくれた。
僕もそれなりには努力をして、官舎⇒分譲マンション⇒郊外の一戸建てと、一応グレードアップをしてきたつもりだ。
習い事や趣味のために家計費とは別に妻のお小遣いもちゃんと考えて渡してはいる。
だが、僕の誠意はその程度が精々だったのだ。
なので、熟年離婚を言い渡されても、みたいな話もしたわけだ。
・・・
「吉岡技官!噂では新設される課に課長待遇で入られるとか!!おめでとうございます!!」
やれやれ・・・面倒なことだ・・・まあ、給与が上がるのはありがたいが・・・
一般社会なら、定年間近で課長待遇など窓際だと思うかもしれませんが、ここではちょっと違います。
世間の会社では、課の上に部があって本部や事業部だと思いますが、ここでは課の上は局になります。
ここでは部長という職務はオプショナル、必須ではないのです。
似た課がいくつかある場合、かつ、その統合を実施する時、例えば2000年過ぎにあった省庁再編、そんな時に作られます。
そんな大きな組織変更、課の統合が行われるとき以外は課が、最大の実行単位です。
なので課長や課長待遇は民間企業では部長、部門長、本部長やその代行に相当します。
要は実務部門のトップ、ということです。
課の下は何か?というと室、です。なので私が出先機関で名乗っていた室長は、民間企業で言うところの、支社の課長。
今度は本社の部長か本部長待遇、ということです。
なので周囲からみると、地方の室長⇒本省の室長⇒本省の課長待遇と、二階級特進、とまでは行きませんが、1.5階級くらいの出世に見えるはずです。
因みに局長の上はもう事務次官、事務方トップです。まあ、審議官とか技監とかもおりますがね。
よって、挨拶をしてくれた方・・・見覚えがないわけではない、が、誰か思い出せない・・・は、こう考えたんだと思います。
「この人はそれなりの会社か外郭団体か何かを捕まえたか自力で身内にして、天下り先を確保したんだろう。その上で、上司に話を付けて、たぶん年下の上司の天下り先も確保するから、自分を課長待遇にしてくれるように説得できたんだろう。自分もおこぼれが欲しいものだ」
さもしいと思われるかもしれませんがこんなもんです。
技官は基本政治ベタが多いので、この歳になると上司は年下になるのが普通です。
その年下の上司も課長止まりで退官が見えてくる歳であれば、あちこちで現場、実務に関わっている私から天下り先を紹介される、というのは珍しい話ではありません。
例えばその課長が5歳年下だったとしたら、私が5年間天下り先で勤めたポストを5年後に譲り受ける、は当然有り得ます。
その場合、私は天下り先から、省の少なくともその課に関してはごく太いパイプを持つことになります。
違法なことはできませんが、省内の噂話的なものを、あちらがぽろっと漏らすこともあるかもしれません。
退官時には「課長」対「課長待遇」ですから同格ながら僅かに下、という感じではありますが、私がしっかり働くことで天下り先を確保できるのであれば、僅かに下の私から同格扱いされても特に嫌がらないものです。
もし、自分でもっといい天下り先を見つけられた場合でも、信用できる同期に恩を売るチャンスにもなりますから、確保しておくのが普通の考えです。
最近はそういうのにも本当にウルサくなりましたからね。
なおも追い縋ってくる彼を、局長に呼ばれているから、と躱して、局長室に入りました。
予定の行動なので彼を振り切るためにウソをついたわけでもありませんよ。
・・・
局長かと思っておりましたが、あなたにお目に掛かれるとは思ってもおりませんでした。
「まあ、掛けたまえ。場合によってはそれなりの長さの話になる」
部屋の中には局長はおらず、事務次官が一人で座っていました。
・・・そう来るか。




