ゆかい丸、進行
さて、ドックはこのへんのはずなんだが・・・
これか、表札だけ変えてある古い工場だな・・・JSH船舶。
すみません、アレックスと言いますが、社長に言われて来ました。
「はい、ただいま伺います」
と、ドアを開けて出てきた人が
「ハロー、ジスイズフネヤ・・・えーとなんだっけな・・・」
日本語で大丈夫ですよ。少しガイジンぽい発音だと思いますが聞きとれますか?
「え、あ、日本語でいいんですね。助かります。船屋と申します」
アレックスです。ここが造船所でいいんですよね。
「まあ、造船所というか、ドックですね。あなたが船長さんですね」
はい、そうです。船長兼航海士兼操縦士ですが。
「ああ、ここには通常の航路は無いので目視で出れますよ?」
え、ワッチも無しで大丈夫ですか。
「書類的には大丈夫です。まだ、昼前ですし、天気予報もいいですしね」
始めて動かす船なんですが・・・
「素直ないい子ですよ。ゆかい丸は」
ゆかい丸というのですか。
「はい、本社から来た構造と音響担当の女性技師のかたがお付けになりました」
ゆかい、というのは日本語の楽しい、とか、気持ちのよい、ゆかい、でいいんでしょうか。
「そう聞いています」
ドンドンドンドン!!
ドアが叩かれている・・・なんだろう?
「はいはい、少々お待ち下さい・・・えーと、神崎さんでしたっけ?」
「はい! 神崎です! 社長に言われまして、ワッチ要員として行ってこい、とのことでした!」
ああ、なるほど、まあ、一人でも動かせるだろうけどワッチは立ててやるってことか
あー、神崎さん、私はアレックスです。船乗りの経験はありますか?
「ございません!公園にある池の手漕ぎボートやサイクルボートくらいです!」
・・・まあ、いないよりマシか。
船屋さん?離岸のときは見ててもらえますか?
「もちろんです。出航報告までは私の仕事です」
で、ゆかい丸ですね。神崎さんも聞いてください。今からは船長なので、船員のあなたには、部下に対する口調になりますがよいですか?
「承知いたしました!」
では、神崎、私と一緒に船屋氏からゆかい丸について聞くように。
「承知いたしました!」
船屋さん、ウォータージェット推進と聞いていますが、スラスターを個々に扱うような船ですか?
「いえ、自動操縦です。基本はジョイスティックで操船します。船長席と操舵士席がありますが、正副操舵士に近く、基本は一人で操船です」
なるほど・・・話は変わりますが、結構な船歴と聞いていますが、新品のような見た目ですね。
「そうですね。正直、船籍的には元のままで『改造』という扱いになってますが、相当な改造ですね。だれが見ても元の船がどうだったか判らないです」
そこまでですか。
「正直、私にはわからない技術がてんこ盛りに使われていて、自動操縦にしてもコンピュータにしても理解の外です。まあ、湾内を動かすくらいならできますが」
特徴的な動きとかはありますか?バウスラスターは無いようですが。
「バウスラスターはないですが、ウォータージェットのノズルが結構動きますのでその場での回転もできます」
なんと、それは凄い!
「それから、フロントのウォータージェット、面倒なのでスラスターと言いますが、こちらもリアと同程度の馬力があるので、障害物を発見した際には全速後退減速が可能です」
理解不能ですね・・・いや、わかりますが。
「手動航行時も航図に従っての自動航行時もノズルが上下にも動きますので、旋回時に内側を下げて外側を上げて航行できます」
それは・・・水中翼船じゃないですか?
「水中翼も自動で出ます。が、出なくてもノズルだけでもある程度できるようです」
「船長、すみません、それはどのように凄いことなのですか?」
ああ、基本、バスとかに乗っていて、カーブを曲がると外側に傾くだろう?船もそうなんだ。
で、これは乗り心地が悪かったり酔ったりしやすい。
固定していないモノもふっとんでいく。
「それが無い、ということですか?」
それだけじゃない。基本的に速い、速くできるということだ。
車でもカーブは減速するだろう?
船もそうなんだが、これだとあまり減速しなくてもいい。
あと、全速後退もかなり凄い。
公園のボート同士なら大したことは無いだろうが、船というのはブレーキがない。
船着場や他のボートに当たったりしたことはないか?
「はい、ありますね。大きな船だと悲惨な事故になるということですね」
そうだ。基本はこっちに向かってくる船が見えたら右に舵を切って避けるきまりだ。
ただ、霧やなんかで発見が遅かったときは舵を切って当らないように祈るくらいしかできない。
その辺の漁船なんかと比べれば大きな船だが、コンテナ船や原油タンカーに比べたら小船だからな。
非常時の回避ができるというのはありがたい。
ちなみに、船屋さん、回避パターンもある程度自動でやってくれたりするのかな?
「はい、目視だけでなく赤外線カメラ、LiDAR、レーダー、ソナーとてんこ盛りです。なので、ワッチ無しでも、一人で航行できる・・・と考えてしまいます」
うーん。そうかもしれないが、ワッチ無しはさすがに気持ちが悪いんだ。
水や食料、資材は満載しているのかい?
「乗組員用は、はい。一応認められている 12人 の旅客用は、一応、という量です。まあ、乗組員は40人計算ですが、精々10人くらいの筈なのでまったく問題ありません。食材、缶詰、冷蔵庫も冷凍庫もそれなりに一杯です。酒類も缶ですが、結構な量を積みました。それから例の移動販売車も積んでます」
・・・丸投げが過ぎるぜ、社長。
まあ、丸投げには丸投げで誰かに振るしかないな。
そうか、キッチンもあったな。神崎、料理はできるか?
「はい。味付けは『料理のモト』がある前提なら、大抵のものは。でなければ塩と醤油くらいです。自炊はしていましたし、会社では調理班だったのでなんとかというレベルですが」
わかった。ま、それでいいよ。
あと、酒だが、交代要員が来るまでは残念ながら禁止だ。いいな!
「承知いたしました!!」




