最初はお金にならなくてもと思ったが単体では大黒字。でも投資の元はまだ取れない。
「さすがだね」
リモートからの通話がいきなりそれか。えーと、何がだ?
「いやー、ね。どうやって話を成立させてのかは追求しないけど、下水道だけでなく、並行在来線の会社に話を付けてくるってのは流石だよ、本当にさすが。社長」
あれから早くも3年が過ぎた。
まぁ、やるなら最終的には鉄道トンネルが向いていると思っていた。道路でもかまわないが、カーボンなんちゃら的な考え方から言えば鉄道に優位性がある。
ただ、初めから鉄道トンネルは、実績がモノを言う業界だけに難しい。なので最初は下水道から始めた。
下水道ごときにシールドトンネルというのは普通は考えない。だがウチの方式なら開削より安く、期間も短くできるのはわかっていたからだ。
下水道は、ちょっと前に交差点が崩落してトラック運転手が呑み込まれた事象があった。その要因は昔の下水道のコンクリか煉瓦かはわからないが、トンネルの素材が実質的に崩壊していまっているのが原因だ。
そういう事例もあり、重力式シールドはうろんな目で見られながらも地方都市の下水道更新などで受注を重ねていた。秘密があるので、どうしても一箇所ずつしかできないのが難点だが、数年かけて行なう事業なので、まぁ、並行稼動も可能だ。
何故一箇所ずつしかできないのに並行稼動が可能かというと、はっきり言えばズルだ。従来型の工事会社の8割ほどの価格で落札しているが、工期、費用とも従来型工法、つまり開削工法からすると1/10~1/100で工事ができてしまう。
県や市町村からしても、そんなに早くできるとは思えないし、担当者が理解してもくれないので、無駄に人を立てて工事しているように見せかけたり、発電機を無意味に回したりしている。その過程でその地方の中堅・中小警備会社にも仕事を回すようにして地域にも貢献している。
それをやりながらあちこちの現場にシールドマシンを運んでいるのだ。
ウチの方式の何がすごいかというと、工期が短いのはもちろんのこと、工事による通行止めがものすごく少ない。シールド発進基地さえあれば道路を封鎖しなくてもよいからだ。
栄えている地方都市であっても、10m四方くらいの空き地は最悪公園をつぶすなどすれば確保できる。
10m×10mで何ができるって?おわかりの通り、シールド発進基地ができる。
まあ、我々も土地の権利は欲しいので、買えるときには土地を買うようにしている。建屋を立てて、立坑を完全に隠してしまいたいからだ。建蔽率などで問題になる場合は市町村に工事許可を取ろうと思うが、今まで問題になったことはない。精々住宅隣接地域だから騒音に注意しろ、くらい話だ。
何故建屋が必要かと言うと、立坑を掘るので物理的に危険なためだ。あと、立坑分は一時的に残土が発生するので置いておく場所も必要になる。
下水道工事のとき、立坑は5m機で掘る。最終的にはクレーンで釣り上げる・・・バックもできるシールドマシンと言えど、垂直に登る場合は補助が必要・・・ためだ。街の規模にもよるが、10~15mも掘れば既存の埋設物はほぼなくなる。東京や大阪のように縦横無尽に地下鉄が通っているというなら話は複雑になるが、そんな街は地方にはない。
次にセグメントマシン、何といったらいいか難しいが、シールドマシンの後端でセグメントブロックを嵌め込む機構だけのマシンを降ろして、シールドセグメントが入っていない下の部分にセグメントを嵌めていく。重力子エンジンは載っているので、その場で底面に平底セグメント、とでもいえばいいのか、無筋だが、岩石底板を作ってしまう。重いシールドマシンに耐えられるよう、普通のセグメントより厚く、稠密な岩石にするようだ。
そして、3m機をクレーンで底まで降ろす。
セグメントブロックは底までしっかり嵌っているが、お構いなしに掘りはじめられる。重力子ビットのおかげだ。
便宜上、3m、5mと言っているが、実際には完全にその直径というわけではない、サイズ的には3, 5, 7, 10, 14と5サイズの名称を用いているが、実際には1.4倍、正確には√2倍強ずつになっている。
3mは実際には3mちょいあるし、5mは、実際のところ4.5m程度で、7mは7mぴったり、10mもぴったりで、14mは14.7mだ。
トンネルが完成したとしても、少なくとも底は円弧のままでは使いづらい。なので、それに内接する四角柱を通すと考えると、2m強、3m強、5m、 7m、10mとなる。
道路トンネルの建築限界はもう少し大きかったかな、と思い、あいつにどこまで大きくできるのかと、少し前に聞いたときは、「今、初号機作成中の14m級が限界。反応炉からの距離が重要。それ以上大きくするのは今は無理。14mっていっててもほぼ15mに近いし、中央リニアのシールドマシンが14mだったらしいから、鉄道トンネルはだいたい大丈夫じゃない? だいたいさぁ、工期は抜群に短いんだから最悪二本掘ればなんとでもなるでしょ」とのことだった。
一応、道路用の図面も考えてみたが、14m級一本で上下二段だと非常時の避難経路に問題がある。作れることは作れるが、どちからはトンネル本線から避難路に行くのに階段を登る作りになってしまう。また、4m, 4m, 2m と、高速道路としてはやや手狭な幅になる(2mは路側帯)。高さはお約束の4.7mをなんとか取れるんだが。ま、あいつの言うとおり、二本掘ればいいか。
話を戻して、シールドマシンが水平方向に動き出したら、セグメント工場・・・といっても見た目はシールドマシンっぽい・・・を降ろす。シールドマシンから一定距離を保って残土と鉄筋からシールドセグメントを作り、シールドマシン後端に送る装置だ。その後ろに残土を地上と行き来させる装置やら水ポンプやらは付くが、以上、というところだ。ほとんど自動で、人がやる作業は極めて少ない。
ガンさん曰く「動くまではてぇへんだが、動いちまえばヒマでヒマでしょうがねぇ」とのことで、偽装のためのホースやらケーブルをばらまいたり、束ねなおしたりして時間をつぶしている・・・実際にはちゃんと手順書があって、それっぽいことをしているように現場の作業員には思わせている。
現場では下請けの作業員、職人というのがどうしても発生するので、必要な工程だ。
正直、建設残土の全量をセグメント作成で使いきるのは難しいので残土運搬の仕事は残る。そういうところでその地方で顔役……というとヤクザのようだが、地域に根差している中堅建設会社と仲良しになっておくのは重要だ。あくまで全国の大手と比較すると中堅企業と言わざるを得ないだけで、地域、その都市においては中心的存在だからだ。
残土の用途はいろいろあり、今後新しいビジネスを展開しようと思っている。これについてはまた今度話せることもあると思う。
ぶっちゃけ、おつきあいにより、談合情報が手に入るようになる。当然、こちらから先に協力会社としてお付き合いください、とご挨拶に行き、相場より割高と知りつつ一部の工事を発注することで、あらかじめ利益を渡しておく、ということが必要だ。
下水道工事などでは地域の知識、既存配管の知識などもこちらには無いので、新規配管を深めのところに掘ったとしても、元の配管を埋めたり、下水道処理場などへの接続など、既存の配管との接続が必要になる。そのあたりはマルっと投げて、完成図書の作成までしてもらう。そこで接待費を使って少し仲良くなり、いろいろなノウハウをいただくわけだ。
「そのリバースエンジニアリングまで開発部に投げるこたないでしょ」
そうはいっても、そこは頭のいいやつに任せたいしな。まぁ、いい仕事をしてくれた。
「どうせ多めに払って、おたくの取り分は大丈夫ですか?くらいの心配までさせたんじゃないの」
よくおわかりで。と言えばいいのか?うちは現場粗利が80%とか建設業では考えられない数字だからな。
「ま、さんざん投資させたんで、回収に協力するのはやぶさかじゃないしね。でも、まぁ、正直意外だったよ」
なにがだ?
「もっと、気味悪がられるとか、前例がないとか言われてなかなか仕事が取れないことも想像してたからさぁ」
君たちの学歴や論文数、プレプリント提出数なんかを最大限に利用した。君ら、日本でもいい大学のしかも大学院で修士、博士ばかりだからな。その上海外の大学院なんかの実績もあるしな。それに日本のいわば「元」所属の研究室でもどんどん論文出していたろう?
「あー、自分の研究自由はそこにつながってたんだ。ちゃんとモトを取るね。さすが経営者だ。まぁ、教授の名前も入れていい、ってことになれば元研究室はまず断わらないね。オーバードクターなんてザラに居るもんだし。プレプリントなんて、意味通じたのかい?」
営業曰く、特許出願中みたいなもんです、で、通じたらしい。まぁ、それが一杯あると。今、日本は論文提出数ではアメリカを言うに及ばず中国の足元にも及ばない状況になっていることを説明してから、でも、ウチはすごいの一杯かかえてるんですよ。と、畳みかけたそうだ。英語もペラペラの連中だと。
「英語できてもあまり関係ないけどね。しかも読み書きできてもコミュ障もあって会話苦手って連中もいるんだけど、まぁ、いいか。しかしゆかりもなにも無い地方都市にどうやって浸透できたんだい?」
そこは、いつもの地元企業買収で市とずぶずぶの役員部長課長あたりを手に入れたからな。
「そして、受注して完成させたあと懲戒かい?」
クロいのはいつまでも抱えておけない。ちゃんと倫理研修をして、贈収賄を疑われることはしません、というのに同意してもらったあとに諭旨退職にしたんだから、自己都合退職の退職金すら出ている。懲戒解雇じゃないな。
「でも、有無を言わざず退職にはしてるじゃん。で、市の職員まで脅した、と?」
それはしていない。贈賄をしたという自己申告があったのでやめてもらいました、と後任の営業と一緒に挨拶に行ったが、俺からは、相手方は聞いてませんし、追求することもありません、と申入れておいたよ。
「それなー、いざとなったら追求するぞ、と脅されてるように感じんじゃないの」
相手がクロならそうなんだろうな。本当に追求はしていないんだ。
「でも一連托生だとおもってゲロったんじゃないの?」
いや、止めた。俺はウソはつかない主義なんだ。あの連中には、相手の名は言うな、と説得したんだ。言ったら市だけじゃなく他社も巻き込む、そうなるとこの街だとそれなりの報復も考慮しないといけない。うちの会社だけなら俺がなんとかする。あなたたちは、なんならウチの競合に転職してもいいし、この街を出てもいいけど、相手の名は絶対に誰にも言うな。
そうすれば自己都合退職ということにできる。相手の名が出たら刑事告発になるからな。と、な。
まぁ、その後20通くらいいきなり退職届が連続したのは苦笑せざるを得なかったな。
「まとめてヤバい連中捌けたのはいいにしろ、ずいぶんひでー説得だな。ほぼ、退職金は出すから絶対言うなよって脅迫じゃん。それで地域のボス会社から談合情報もらってるってなんだよ」
こちらからは求めていない。会費いくらくらいでこういう研究会がありますが参加しませんか?と言われただけだ。
「まぁ、研究会名目の談合相談会か、マンガや小説ではよく聞くね。しかしそこから並行在来線の話まで繋ったのかい?」
いや、3セクではあるが並行在来線ではない。将来的には並行在来線への、というか、JRFへの売り込みはしたいと思っているが。
「貨物会社か。旅客列車は眺望もウリかもしれないからそっちね。意図はわかる。でも、投資余力が無いと思うけど?」
ま、JRFは国土強靭化あたりの補助金頼みかもな。今回取ってきたのも補助金ありきだ。激甚災害復旧といいうやつだな。
「へー、どこだい?」
平戸鉄道だな。