郡崎秋斗
僕の記憶障害は、後天的なものだった。
中学三年生のときに交通事故に遭い、その時の頭の打ちどころが悪かったらしく、脳が傷つき、事故前後一ヶ月の記憶を失った。
だかそれだけでは終わらなかった。
僕の記憶は、眠ると消えてしまうようになった。
朝、目を覚ますと、自分のことや部屋に飾ってあるもののことは分かるが、昨日何をして何を食べて何処に行ったか、そういうことは一切覚えていないのだ。
だから日記をつけることにした。母がどうせ書くならね、と上等な革の表紙の日記帳を買ってくれた。
一ページ目には、
『僕は記憶障害です。朝起きたらこの日記を読むこと。』
と書いた。
その一文を書いた日、僕は事故に遭ってから初めて涙を流した。
ああ、僕はもう今まで通りには生きられないんだ。どこにでもいる、普通の学生とは違う人間になったんだと。
夕方まで子供みたいに声を上げて泣き続け、次の日はまぶたが重く、頭が割れるように痛かった。
でも、それも僕にとっては記憶にない出来事だ。
嫌なことやつらかったことは日記には書かないようにしていた。記憶障害という重すぎる枷をはめられたのだから、そのぐらいは許してもいいだろうと思った。
ところが、夕凪と出会った日はどうやら日記を書かなかったらしい。
夕凪に聞いた話だとその日は山に登ったそうなので、疲れて眠ってしまったのだろうか。
あるいは、夕凪とはもう二度と会うことはないと考えて、思い出さないためにあえて書かなかったのか────
それすらも本当のことは分からない。
僕は何も覚えていられないから。
ただ、夕凪のことを覚えていたいと思っていたことだけは分かった。昨日、夕凪と────おそらく二回目であろう────出会いを果たした瞬間に。